第5話 クリストは『魔王』を討つ
鋼の打ち合う音を立て。
鬼面の男オオヅナが持つ刀は宝剣の破砕撃を食い止めた。
「その得物、やはり魔剣か」
『フン……俺に妖刀を使わせるとは、不甲斐ない部下どもだ』
しゃらん、鋼の擦れた音がする。
宝剣を受け止め、流した勢いで加速する刀を半歩下がって避ける。半瞬遅れで通り抜けた反身の刃からは濃密な死の匂い。
立ち昇るのは怨念と見紛う黒い魔力。
『ジャッ!!』
半歩開いた間合いにオオヅナが強引に踏み込む、伴ったのは力任せの振り下ろし。凶悪な刃を反らせてやり過ごし、腕の力のみで突きの一撃を放つ。
速度のある尖撃をオオヅナは機敏に飛びずさり、間合いを外して構えを取った。
『思ったよりは出来るな、異人』
「そちらは変わった魔剣を使っているな」
剣を交えて分かった事が少しある。
彼の粗暴な心を占めているのは陶酔と万能感。その矢印が向かっている先は彼の手にする異様な魔力を放つ刀だ。
『フン、貴様のような異人には想像もつかぬ来歴の逸品よ』
「何を言う! この恥知らずの盗人が!」
自らが揮う得物について自慢げに語るオオヅナをイヌイの怒声が殴りつけた。声の主・イヌイは未だオオヅナの精鋭と剣を戦わせている。
「破門された逆恨みに、封印された『鬼の
鬼の剣、それがオオヅナの揮う奇妙な魔剣の名前らしい。
そして彼女の一言で、両者に横たわる凡その事情も理解できた。
古代魔法文明の遺物、力持つ魔剣や様々な武具道具は世界各地で発掘され使用運用されている。我が公国の宝剣シュルトナーグのように。
しかし中には用途や能力が危険視され、封印措置を受けている物品も少なくないのだ。彼女のお家はそういった封印武具を管理する家系、そしてオオヅナは追放された門下の者といったところだろうか。
『刀は振るってこそ刀なんだぜぇ? ワシュウ家の箱入り娘にゃ分かんねえだろ、この刀が使われて悦んでるのがよ!』
オオヅナの喜声に呼応するように刃を走る黒い魔力が脈動する。
人の生き血を欲する武器と、非道を為し強殺を繰り返す男の組み合わせ。
男の言い分が正しいかはともかく、あの刀に関しては本質を突いていると私の勘が囁いた。
「だが『鬼の剣』君、君の選択は本当に正しかったのかね?」
『なんだと?』
「なに、そろそろ決着をつけようという話だよ」
『吼えたな、異人。いいだろう、望み通りに死をくれてやる』
私の言葉は正しいニュアンスで伝わったらしい。猛烈な殺意の元、オオヅナは音がする程に刀の柄を強く握りしめた。
『ワシュウ家に長らく封印された妖刀の2振り、異人の血を吸った事はなかろうよ。存分に味わうといい』
「今まで無かったのであれば、今後もあり得ない事を知るといい」
にらみ合いは一瞬。
『死ねェェ!!』
獰猛な叫びを引き連れての強打を放つオオヅナ。
私は剣を打ち合わせる事もせず、ただ大きく踏み込む。
彼の速さ、打ち込みの速度、刀の間合い、その全てをただの一歩で狂わせて。
暴力に酔った男の脇腹を抉り切った。
『グボォッ!?』
オオヅナは苦鳴を上げ、どうと音を立てて倒れ込んだ。
彼からすればあまりに呆気ない結末。
広がる血の絨毯は彼に刻まれた肉体の苦痛を訴えるが、今の決着は自尊心をも大きく傷つけたようだ。
乱れた呼気を押す呻き声は嘆き。
『ば、バカな……こ、この俺が一撃で!? バカな……!』
「武器の強さに酔い過ぎだ、オオヅナ」
『な、何……ッ!?』
「最初の手合わせで分かった。お前の太刀筋は、相手を武器ごと断ち切る事に酔った動きだった」
彼の持つ武器が魔剣かどうかを確かめた数合の剣戟。
ことさらに異質な魔力を見せつけ相手の萎縮を誘い、守りに入った武器ごと断ち切る雑な剣術の片鱗。
「それが武器の力に過ぎない事を忘れ、萎縮した相手を斬り殺す事に慣れ──お前は他ならぬ自身の鍛錬を怠った。だから最初に言ったのだ、『変わった魔剣を使っているな』と」
暴虐の王オオヅナにも剣術の心得はあったのだろう。彼の動きは武門出身の少女イヌイの太刀筋と似ていたのだ、かつての同門なら当然ともいえるが。
しかし剣鋼をも両断する魔剣を手に入れた事で彼の技量は成長を止めた。技術は磨かれる事なく錆びついた。
魔剣の威力に頼り、頼り切り、自身の技で敵を討つ事を止めていた。
私とてまだまだ修行中の身であるが、少なくとも彼の剣腕に脅威を見出す事は無かったのだ。
「オオヅナ、先の宣言通りにお前の首を貰い受ける」
「ま……待て……!!」
身を起こし、後ずさりながら命乞いを口にしようとする盗賊の王。
「待たぬ」
男の首が鬼面と共に舞い上がり、鮮血が終戦の狼煙代わりに噴き上がる。
振り抜いた宝剣が僅かな手ごたえを残し、『魔王』を討ち取った事を告げた。
──そのはずだったのだが。
オオヅナの精鋭、イヌイと交戦中も頭目の戦いに注視していたのだろう。
頭目が討たれた事を理解し、既に逃げ腰になっている彼らが口々に叫び喚いた。
「ガ、ガセン様!?」
「ガセン様が討たれた!? まさか、そんな!」
そして意外な事に同行者イヌイも例外ではなく、驚きの声を上げていた。
「馬鹿な! あれはガセンだというのか!?」
彼女の驚愕に乗じ、戦いを止めてこの場から逃げ去る精鋭達。『魔王』の手足たる彼らも残らず討つべき──私は逃亡者の追跡を始める。
その場に確認すべき重要事を残して。
(ガセン……聞き覚えの無い名だな)
盗賊達とイヌイは認識を共にするらしい。後に彼女から詳しい事情は聞けるだろう、その点に不安や問題は無い。
──もっとも、彼らの口走った文脈からひとつの推論が成り立つのだが。
あの者は、私の討ったあの男はオオヅナではなかったのか、と。
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