第4話 クリストは勘を信じる
ただのほら穴と『魔王』が待つ決戦の場を隔てる扉に手をかける。
「覚悟はいいな?」
「無論だ! 某は常在戦場、いかなる時も覚悟を決めておる」
奇縁で得た同道者が硬い表情で頷いたのを確認し、豪華な扉の引き手を掴んだ。扉に鍵などはついておらず、引き開けると湿気が高いせいか蝶番が錆びて軋んだ音を立てる。
(見かけにはこだわる割に手入れは行き届いていないか)
表面を取り繕い他者への威圧感は欲するが、細やかな対処を怠る粗野な一面が垣間見える──住まう者の人柄が分かるというものだ。
開け放った扉の向こうは洞穴の暗がりとは対照的な明かりに包まれていた。
扉の先にあったのは広々とした空間。人が寛ぐには余分な広さ、おそらくは元から奥部はこれだけの広がりを持った天然洞穴だったのだろう。
内装はユマトの調度品が大半だが、大陸伝来の品もそこかしこに置かれている。雑多な趣味というより他者から奪った戦利品をそのまま積んでいる、そんな印象だった。或いは無駄に広い空間を宝物庫代わりにしているのかもしれない。
そして。
『貴様らか、我が根城を荒らす愚か者は』
玉座めいた高い床に片膝を立て、剣を抱くようにしてこちらを睥睨する鬼面の男がいた。
カルラ殿のそれと異なり顔全体を覆う仮面越しの語りは些か不明瞭だが、聴き取れぬ程ではない。そこに滲む憎悪と共に耳を打った。
「オオヅナ! ようやっと追い詰めたぞ」
『……ワシュウの末娘か。辺境くんだりご苦労な事だ』
詰問口調のイヌイに対し、うるさげに応じる鬼面の男オオヅナ。2人の短いやり取りは両者に面識がある事を告げていた。
(やはり家門、お家にまつわる因縁めいたものがあるのだろう)
そんな彼の傍に仕えるのは完全武装の男達。身なりだけ見れば盗賊よりも軍属の軽装兵、ユマト風にいえば鎧武者然とした一団だ。
情勢が不確かだった外での侵入者騒ぎはともかく、洞穴に侵入を許した後でも迎撃に出ず、リーダーの元で待機をしていたという事か。
「なっ!? 某達があれほど斬り伏せたというのに、まだこれ程の兵が!?」
「……成程」
弱者から奪う戦い方だけではない。武芸者に対する包囲戦術などを見るに、ここまで斬り伏せてきた賊はどこか対人戦闘に通じた雰囲気は感じていたが、洗練されていたとは言い難かった。
(彼らに戦法を仕込んだ傭兵崩れか零落した武門の者がいるとは予想したが、そういった訳有りは自分の手元に置いていたというわけだ)
『賊あがりの連中にネズミ狩りをさせてみたが、まさかネズミに齧り殺されるとはな。使い物にならないにも程がある』
鬼面の男は大物然としてこちらを見下ろしている。
『また人手を集めねばならん。ネズミの掃除を終えた後で、な』
「貴様、某をネズミと──」
「ネズミに負ける軍勢を率いている。どんな無能な将かと思えば、まさか自分の無能に気付けずにいる男とは存外の驚きだ」
『……よくぞ吼えた、異人如きが』
仮面から覗く両眼が憤怒に染まる。
表面上は余裕ぶっていたものの、内心は怒りに煮えたぎっていたのは読み取れていた。そこに小石を投げつけただけで男の心は決壊したようだ。
偽りの玉座からゆっくり立ち上がり、配下に命令を下した。
『お前達、その小うるさいネズミどもを始末しろ』
周囲の男達が武器を構える。刀を持つ者と後ろに控えて短槍を向ける者、役割分担を理解しての並びだ。
それぞれが10名程度、二手に分かれて私とイヌイを牽制している。
「オオヅナ、その首は某が貰い受ける!!」
もっとも早く戦端を開いたのはイヌイだった。血気はやった彼女は刀を鞘走り、敵の群れに飛び込もうとする。
迎え撃ったのは3本の槍、彼女を突き殺そうと放たれた連撃を跳ね上げた一閃で打ち払う。しかし控えていた2本の槍はその隙を狙って追撃をかける。
「くっ!?」
慌てて横に跳び、穂先を避けるイヌイの元に殺到する刀5本。不自然な回避姿勢の彼女はそれを受けれる体勢にない、地面を転がってどうにか逃れる。
そこで刀持ちの5人がさらなる追撃をかければイヌイに手傷を負わせる程度は可能だったかもしれない、にもかかわらず男達は深追いしなかった。
役割を心得た動き、そして相手の疲弊を待つ持久戦の構えだ。
「……成程」
数の優位を活かして敵に攻撃をさせない、付け込まれない、付け込ませず弱らせて倒す。理にかなった戦術ではある──それで抑え込める敵相手であれば。
私も剣を腕を磨いた者として、強敵との戦いに心躍る事はある。
しかし眼前にいる者達はただの倒すべき相手。
アリハマに生きる者が渇望し、姫が討つべしと望んだ『魔王』とその眷属。
なればこそ。
「おのれ、こうなれば秘剣を──」
「イヌイ殿」
私は傍らにて乱れた息を整える少女剣士に宣言する。
「オオヅナは私が討つ。悪く思わないでくれ」
返事を聞かず、私は敵陣への一歩を踏み出した。
彼らの迎撃戦術は変わらない。私を警戒していた10人のうち、3人が繰り出す鋭い尖撃はタイミングを外す事なくこの身を貫こうとする。
だがその牙が折れればどうなるか。
「シュルトナーグ」
携えた剣に吹き荒れる力が集まる。属性が刃に与える能力は切り刻む風。
「斬!」
空気の淀んだ空間に人工魔道の風が流れた。剣の届かない、槍すら届かない位置から放たれた突風は待ち構える3人の槍使いの間に飛び込み、
「グワッ」
「ギャッ!」
先槍の担い手は風に嬲られ落命した。
迎撃戦術といえば聞こえはいいが、敵が間合いに踏み込むまでの待ち姿勢。状況を見ず一所に留まる姿勢は飛び道具を持つ相手から一方的に撃たれるしかない。
敵対者を剣士のみと侮った結果がここにある。
「な!?」
追撃をかける役目の槍手2人が驚きに固まる。彼らは槍の間合いで手が止まった敵の隙を突くもの。その一点に集中するが故、基本戦術が崩され役割を見失ったのだ。
そのまま第2射を──と続けるのを止めて突撃を選ぶ。
放射型の風刃は魔力の消耗が激しい、出鼻を挫いて使うまでもない状況なのもあるが、とある予感が私を押しとどめた。
代わりに用いるのは土の力、性能は非生物の破壊力増大。
魔道兵器を薙ぎ払うための魔刃が槍の穂先を優しく撫で上げる。それだけで2本の刺突武器は爆発したように裂け、破砕した。
「お、おりゃあああ!!」
太刀持ちの5人が揃って、しかしバラバラのタイミングで斬りかかってくる。
槍の2人と同じく必勝の戦術が壊された彼らに他の有効な反撃を思いつく判断力は無かったのだ。
不揃いな刀の林に剣を打ち込む。唸りを上げた剣閃は金属を打ち合わせた音を響かせ、後に砕けた鋼の欠片をばら撒いた。
「か、刀が折れ──」
男達が驚愕を飲み込む刻を待つ意味はない。槍や刀と同様、彼らの着込んだ立派な鎧をも粉砕し、立ち塞がった賊を残らず斬り伏せた。
こうしてイヌイ殿に宣言した通り、
「その首、貰い受ける」
もはや私と鬼面の男の間を遮るものはない。
10歩ばかりの距離を一挙に駆け抜け、踏み込み様に首筋を狙った私の一撃。
男は鞘に収まった刀を盾に宝剣の切れ味を止めようとする。刃の纏う大地の魔力、本来ならば刀ごと男を打ち据える斬撃足りえるのだが。
ギィン
鞘は砕け散る、しかし鋼が噛み合う音を立て、男の刀は大地の殴打を受け止めた。
動揺はない、やはりという思いが脳裏を過ぎる。
鞘を失った刀から立ち昇るのは魔力。非生物を破壊する刃の威力、刀身を覆う魔力が防いだのだ。
嫌な予感ほど当たるとは誰に言葉だったか、遠目で見た時から疑っていたが
「その得物、やはり魔剣か」
『フン……俺に妖刀を使わせるとは、不甲斐ない部下どもだ』
男の怒りはどこか強大な力に酔った愉悦を孕んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます