第3話 クリストは名前を問うた
洞穴の深奥部。
闇深き穴の奥底には、自然の要害に不釣り合いな人工物が鎮座していた。
「行き止まり……いや、最終地点か」
木の扉。
土と岩肌が露出する洞穴内部を漆喰で塗り固め、建てつけられた立派な木製の開き戸が行く手を遮っている。
居住性を上げるためだろう、様々な手を加えられた跡のあるアジトの中でも極め付け。扉本体の意匠を重視したような左右分けの豪奢な造りは盗賊の王を気取っているのか。
(『王』らしく、か──姫の告げられた通りだな)
姫の『魔王を討て』との言葉は一見具体性を欠きながら、その実重要かつ的確なヒントとなる文言を含めたものだったと実感する。
そして姫が『魔王』を討つ事を我が身に求めたのであれば、中にいるのが人だろうが魔の者であろうが関係ない。我が宝剣の前に露と消える運命を甘受してもらうとしよう。
「この先にオオヅナがいるなれば」
そんな私の決意に、多少の水が差し込まれる。
「未だ恩を返せぬこの身なれど貴殿の敵になる。その事は予め繰り言として言わせていただきますぞ、クリス殿」
「承知しているよ」
傍らに立つ少女、黒装束の少女が誇りにかけて騙し討ちなどしないと宣言した。
──そう、オオヅナの首を狙っていると公言していた少女、アジトへの乱入で些か我々の予定を突き崩した例の黒装束がここまで私と同道していたのだ。
何故そんな事になったのか、それを語るには少し刻を巻き戻す必要があった。
******
結果的に背後から不意を打つ形となった事実もあり、賊の殲滅に左程時間はかからなかった。或いは姫の意に沿う戦いだった故に天の加護を得られたのかもしれない。
これで巣穴の掃除が終わったとは思えないが、アジトに潜む兵隊アリは随分と数を減らしたはずだ。それだけの人数を倒してきたとの自負はある。
ひとまず賊との戦闘は終わったのだが。
私は黒装束の少女から剣先を向けられていた。
この少女と初めて接触した時の再現としては良く出来ている──狙ったわけでもないだろうに、そんな感想が浮かんで少し苦笑が浮かびそうになる。
「貴様、どういうつもりか!」
黒の衣装と対照的に白い顔の少女は頬を紅潮させて私に怒りを向けていた。ただし怒りの種類は憎悪の類ではなく、おそらく憤慨。
少なくとも今すぐ斬りかかられる事はない、そう思い構えを解いて剣を下げる。流石に鞘に納めるまではいかないが。
「貴様の話を信ずれば、貴様もオオヅナを狙っておるのだろう!?」
「無論」
初対面時の短いやり取りで疎通させた意思の内容。お互いが素性どころか顔を隠しての出会いに目的だけを告げた時の話だ。
あの会話で少女の素性におおよその見当を付けたのだが、男言葉とも取れる硬い物言いは推測の正しさを補足してくれた。
「同じ首を狙う者に助太刀する理由がどこにある!」
「私なりの理由があったと納得してもらいたい」
この怒りの元も武門の名誉や流派の誇りによる気位の高さとすれば納得できる。おそらくは助太刀を受けた事、情けを掛けられたと思うのに抵抗があるのだろう。
私の見た限り、彼女と盗賊達の戦況は彼女が優勢だった。
しかし盗賊達は彼女の背後を取るべく隙を窺っており、それを許せば一挙に形勢は逆転していた──思えば私が何度も刃を交え、殲滅してきた賊も半包囲から包囲戦術を使う素振りを見せていた。あれは彼らが得意とする集団戦法だったのだろう。
「競争相手に助太刀する理由とは何だ!?」
「話す理由は無いな」
「貴様ー!!」
そしておそらく、彼女もそれを理解している。
自分が窮状を救われた、それを分かっているから怒り、恥じ、窮地を脱した事の安堵による高揚を抑えられないのだ。
剣の腕は確かだがこの少女、やはり実戦経験は少ないのかもしれない。
「さて、私はそろそろ先に行かせてもらう。ここの賊は包囲戦術を得意とするようだ、それを念頭に戦うといい」
「な──」
とりあえず姫に恥じない行いは出来た、ならばこの場に用はない。
本来の試練に立ち向かうべく、本道と思われる広い道に足を向け
「そ、そうはいかぬ!」
少女に行く手を阻まれた。いや、それだけなら驚きの量は少なかっただろう。
少女は両手を広げて立ち塞がった──剣を鞘に納めた状態で。少なくとも先まで示されていた威嚇の意図は見受けられない。
「一体何を──」
「そ、某は助力を請うたわけではないが、一度ならず二度までも助太刀を受けたのは事実。その恩を返さねば家門の恥となる」
家門。
少女の素性、推測が確定に上がった。やはり彼女はお家に関わる大事でオオヅナを討つ使命を背負う者なのだ。
なればこそ、彼女は他者にお役目を奪われるのを由とせず、私とは相容れない立場ではあるまいか。
「オオヅナはこの手で討つ、そこを譲ろうとは思わぬ……だがそれ以外の事で貴様に危難が訪れた時、某が貴様に二度恩を返す。その機会を得るまでは同道させてもらうぞ」
「……は?」
「だから! 貴様がオオヅナ以外の賊に斬られそうな時は助けてやると言っているのだ!」
そう一方的に言い放ったかと思うと、少女は3歩ほどの距離を開けて私の後ろに下がった。その姿勢はまるで従者。
(恩を感じる必要はないと言ったはずなのだが)
困惑を抱えて少女を見つめる。すると少女は怒りか屈辱か、一層顔を赤らめて私を怒鳴りつけてきた。
「な、何をしておる! オオヅナの奴を追い詰めるのであろう!? ならば早く行かぬか!!」
「うむ……」
おかしな事になった、というのが素直な感想である。
これも鬼道師殿が言ったような、星の定めた運命の交錯という物なのだろうか。星見の知識に欠ける私には分からないが、この少女と無闇に敵対する必要がなくなったのは歓迎すべきだと思う事にした。
「道行を共にするなら名前を聞いておこう。私はクリストと言う」
「……某はイヌイ。ワシュウのイヌイと申す」
「ではイヌイ殿、アリハマの闇を祓いに行くとしよう」
妙な伴連れを得て私は洞穴の深奥を目指した。
そこがおそらく『魔王』の待つ、決戦の場。
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