第2話 クリストは手がかりを示される
都への旅路は決して楽な道ではない。
人気のない山道や森林、町と町の間に位置する平地ですら金品目当ての野盗や山賊、
ユマトも大陸の各国と同じく決して平穏に満ちた世界ではない。だからこそ修行の場として相応しく、こうして海を渡ってやってきたのだが。
そこで妃に迎えたい女性に巡り合えたのは運命の気まぐれという奴だろう。
「この先にある町はキントキンだったか」
都に向かう途中で立ち寄った中継都市のひとつ。
林業で栄えた山間の町で、他の町に続く行路以外は森林に囲まれた土地。
深い緑の闇に潜む妖怪変化や怪異の類は後を絶たず、また山賊どもが根城を築きやすいとも旅人の噂で聞いている。
それだけに華やかさに欠ける中継都市であるにもかかわらず、武芸者の仕事は比較的多く斡旋される町でもあった。
「いやぁ、あの山を越えれば町が見えてくる、ここまで来れば安心ってな」
キントキンへの道すがら、ついでに請け負った護衛対象が安堵の声を漏らす。
彼はキントキンに材木を運ぶ一団の棟梁で、今回は仕事の前金を受け取った帰りなのだという。
私ともうひとりの武芸者を護衛に雇っている以上、身の安全に配慮しているのは分かるのだが左程の深刻さは感じていないのだろう。
「油断は大敵だ、棟梁」
「いやぁ、クリスさんは堅苦しいねえ」
気の緩みを突く、奇襲の基本である。
それに、
「素人が落伍した野盗なら、気配を殺す技術は無いだろうしな」
「……へ?」
前を向いたまま懐のナイフを林に向かって投げつける。ギャッ、と鈍い悲鳴が木々の間から耳に届いた。
ついでに湧き立つ殺気、これはほんの身近に
「でりゃあ!」
「甘い」
ギシリと金属の噛み合う音がした。
突然私に斬りかかってきたのは棟梁が雇ったもう一人の護衛。
不意を突いたつもりだったのだろう、男の剣を受け止めた私に向ける表情には驚愕が浮かんでいる。
「目の付け所は悪くなかったが」
「な、なんだと!?」
男が驚きに身を固めた瞬間に剣を弾く。
体勢を崩した男の顔が絶望に染まる前に一閃、斬り倒した。
「な、何がどうなってるんでい!?」
目の前で起こった突然の活劇に目を剝く棟梁、まだ事態を把握できていないのだろう。荒事と無縁の人生であれば当然ではあるが。
「棟梁、下がっていて欲しい。まだ終わっていないのだから」
「な、何が」
「野盗の襲撃が、だ」
つまりはそういう事なのだろう。
キントキンから余所の町に向かう旅団が運ぶ荷物は大半が木材、金目を物を狙う山賊野盗からすれば旨みが少ない。
むしろ余所の町に材木を運んだ帰り、売り上げ金を持って戻る時を狙う方が目当てにありつけるというわけである。
成程、悪党は悪党なりに効率を重んじているのだと無駄に感心する。
「そしてこの男は棟梁が前金を受け取った町から、棟梁を獲物に定めていたというわけだ」
商家を狙った賊の場合、仲間を店で働かせて内情を調べたり中から鍵を開けさせたりする『引き込み』という内応者を仕立てる事があると聞く。護衛に扮したこの男もその手合いだったのだ。
「もう一度言うが棟梁、残りを片付けるまでは下がっていてくれ」
男を斬り伏せる前、ナイフを投げつけた林の奥から殺到する気配。
殺意と、それ以上に混乱した気配。潜んでいた事がバレたからか、内応するはずだった男が早々に倒されて動揺したのか。
いずれにせよ私のすべき事に変わりはないが。
「5~6人といった所かな」
向こうから出て来るのを待つ必要もない、私は剣を携えてそのまま林の中に飛び込んだ。
******
「ありがとよ、クリスさんのお蔭で命拾いした」
「それが請け負った仕事だ、そこまで礼を言う必要はない」
恐縮しきりの棟梁は何度も頭を下げている。
「いやぁ、護衛をケチって危うく死にかけたんだ。頭なんざ何度でも下げるってもんよ」
棟梁が護衛の依頼料を少なく済ませようとしてのは事実だろう。
正直、私とて行先が同じでなければ引き受けていたかどうかは微妙なところだったのだ。そこを付け込まれて護衛に扮した野盗の仲間が隣に居たのだから胸中や如何ばかり。
「いやぁ、それにしてもお強い! クリスさん程お強い武芸者はとんと見た事ありやせんぜ、はっはっは!」
命の危機を脱した反動で気分が高ぶっているのだろう、気持ちは分かる。その後しばらく棟梁はひたすらしゃべり続けていた。
「いやぁ、近頃キントキンじゃめっきり賊の話なんざ聞かなくなっちまっててよ、経費を削減するってんなら無駄飯ぐらいの護衛からって思うだろ? あ、いや、クリスさんの事じゃないぜ?」
個人から国に至るまで安全対策の費用が削られ易いのは事実である。
もっとも、万が一があった場合に取り返しがつかない事態に成り易いのだが。
「いやぁ、勿論警戒はしてるんですぜ? このところこっちじゃ聞かないってんで気が緩んでたんで。賊が派手に暴れてりゃ小耳に挟むもんですが──」
自分の迂闊さへの反省か、自身への言い訳か。
棟梁は町までの道すがら、長らく一人で話し続けていた。
******
棟梁と別れ、キントキンの町に滞在して2日。
この町でも2件ほど怪異の討伐をこなし、『魔王』らしき手がかりは得られていなかったため、そろそろ都に向かうべきかと思っていた頃。
「そこな御仁」
不意に声をかけられた。
昼過ぎの曇り空、役場に続く大通りには人は多く人の賑わいが雑多な音を生んでいるはずだが、私の耳に届いたのは小さな声。
か細い声のはずなのに、私の耳を震わせた不思議な声。
声を探して視線を彷徨わせる、大通りに面した建物の隙間、路地に目を留める。
「……今のは、貴女が?」
路地に佇む、いや、腰かけていたのは奇妙な人物だった。
恰好は『鳥居』の女官に似ていたが、女官が赤白の衣装であるのに比べて黒白に染めた意匠。
そして何より目を引くのは頭巾を被り、奇怪な面をつけていた事だ。
顔の上半分を覆う、目鼻を欠いた面。額に生えた2本の角がより異形の印象を強めている。
見るからに怪しい輩だが、私にはかの人物が被る異形の面に覚えがあった。
いや、正確には『あのような面を被る者達に』と言うべきか。
「鬼道師……」
『鬼道』。
ユマトに伝わる占術魔道の総称である。白布の掛けられた机に『占』の文字を掲げているのだ、おそらく辻占いの類だろう。
ただし占いと言っても軽視できない、ユマトの鬼道師が行うそれは術者の力量次第で未来予知に等しいと伝えられている。
「旅の方、あなたは探しておられますな?」
声の質、そして面から覗く口元から察するに、おそらく若い女性の鬼道師は言葉を紡ぐ。
殺気は感じない、それでも奇怪さに警戒せずにはいられない。
「鬼道師殿、貴女は何を」
「暴虐せし者と囚われし者を探しておられる」
「──ッ!!」
何者とも知れぬ鬼道師に核心の一端を突かれ、思わず動揺する私の心中を知ってか知らずか
「遥か北西の町、アリハマ。そこで求めし欠片を手にする事が出来ましょう」
言葉の意味を確かめる暇もない。鬼道師は奇妙な言葉を残し、そのまま足元の影に沈んでいった。
比喩ではない、おそらくは術を使って消え去ったのだ。
「何者か……いや、それよりも」
あの者の怪しさは再考するまでもない。
しかし私が『魔王』から『囚われの姫』を救い出そうとしている事実を知っており、その上で
「北西の町、アリハマ」
何か目的を隠した誘い、或いは罠。
それでも何ら光明なき現状で僅かな手がかりに成り得る可能性はある。
──虎の仔を得るためには虎の巣に飛び込まなけれならない。
「……行くか」
私は誘いに乗る事にした。
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