第3話  カグヤ、ようやく気付く

 わたしは困っていた。

 そりゃもう困っていた。


『……魔王を倒し、囚われの姫を助け出してください』


 苦し紛れの一言、読んでた幻想小説のノリでつい口走った不用意な一言。

 今思い出しても自分にツッコミを入れざるを得ない。

 しかし問題はもはやそこではないのだ。


『貴女の心を射止めるべく、必ずや果たしてご覧にいれましょう』


 この阿呆な妄言に、あのクリストというお人は自信満々に受けて立った。

 自身の馬鹿げた発言をどう取り繕うか必死に考えていた状態で、さらに予想を上回る、或いは下回る訳の分からない返事をされてしまったわたしには、かの人を留める言葉を用意する暇もなく、広間を立ち去るたくましい背中を見送るしかなかったのだった。


「……何をしでかすつもりかしら、あの人」


 勿論わたしの試練を悪ふざけの類だと思い、同じような悪ふざけで返した冗談の可能性もある。むしろそう捉える方が自然な気もするが、


「冗談の気配が無かったのよね」


 だから判断に困る。


「まあいいや、考えて分かる事でもないし……っと」


 机に置かれた紙の束から2枚を引き抜き、用紙の端っこをすずりに溶いた墨に浸す。


「溶きし墨解かれ隅、言霊を以て『視鬼しき』と変じよ」


 呪言と共に宙へと放り投げた紙は小さな破裂音を立て、その形と姿を変える。

 コウモリのような被膜の翼を持った目玉の怪物。


 ユマト国に伝わる魔術『鬼道』で使役する使い魔・『使鬼神しきがみ』の一種『視鬼』である。ある程度わたしと五感を共有し、手駒として操る事が出来る。


「それ、飛んでけ」


 とりあえずクリストさんについては『視鬼』を見張りに付けて様子を見る、そう決めたのだった。


******


 3日後。

 彼は村を離れ、最寄りの町トナアリに立ち寄っていた。この行動がわたしのトンデモ試練を果たす気でいるからか、それとも放棄して気ままな旅を続けているのかは分からない。


「おはようございます、おじい様、おばあ様」

「おおカグヤ、おはよう」


 家族3人揃っての朝食を済ませ、今日の予定を立てる。


「カグヤ、今日お前に面会を求めておる殿方は3人じゃな」

「あらあら、やっと数が落ち着いてきたのかしら?」


 手元の名簿を眺めながら人数を数えたおじい様に、どこか微笑ましくおばあ様が感想を漏らす。最盛期だと優に2桁を超えていたから減っているのは確かである。


「無理難題を押し付けてるわけだし、減ってくれないと困るわよ」

「あらあら」


 おばあ様は変わらぬ笑顔でわたしの本音を受け止める。面と向かって問いただした事はないのだけど、男のおじい様と違ってわたしが求婚してきた殿方に難題を課している根っこの理由を分かってくれているのかもしれない。

 確かおばあ様はおじい様と恋愛の末に結ばれたと聞いていたし。


「カグヤ、これが今日の分の面談名簿じゃ」

「うん、ありが──おっと」


 受け取り損ねた名簿が散らばった。慌てて拾い集め、


「……うん?」


 名簿の中に普段馴染みのない文字を見た。

 仮名文字をルビとして添えてあったのはエスタリア文字。

 西方大陸で用いられる公用語のひとつ、ユマトで使う事は滅多にない文字だ。


 何故こんな文字がという疑問を推測が追い越していく。


「ああ、これってクリストさんの──」


 その推測のスピードを理解が凍らせた。


「であ、ふぁるでん……?」


 記名、クリスト・デア・ファルデン。

 わたしの記憶が確かなら、クリストさんはファルデン公国出身だった。

 わたしの知識が確かなら、ファルデン公国でファルデン姓を名乗れるのは公王家の人間だけだったはず。


 そして私の認識が確かなら、『デア』の称号はに与えられ


(だいいちこうしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?)


 叫びださなかっただけ、わたしは自分の自制心を褒めていいと思った。

 第1公子、ユマト風にいえば皇太子。

 控え目にいって国の大事な跡取り。


(なんでそんな人がこんな所に居たのぉぉぉぉぉ!!)


「どうしたね、カグヤ?」

「い、いえ、なんでも。とりあえず面談の支度をしてきますね」


 努めて早足にならないよう部屋に戻り、半ば無意識に正装の支度をしつつも頭の中では今更判明した驚愕の事実にてんやわんやだった。


(ちょっと待ってちょっと待って)


 誰に待てと言ってるのか、冷静に考えれば意味が分からないが冷静ではいられないのだから心情としては実に正しい。

 何故わたしがここまで焦るのか。

 求婚者の中に異国の偉い人、それも次期公王がいた──これも結構な大事だけど、問題はそこではない。

 そんな偉い立場の人に、わたしは何をしたのか。


(よりによって、『強い化け物と戦ってこい』だなんて!!)


 そう。

 はっきりと、明確に、ずばり、控え目にいっても。

 『命を危険に晒してこい』と命じているのに等しいのである。


 馬鹿馬鹿しいと一蹴してくれたならいい、けれどあのお人は真顔で受けると言ったのだ。


(万一、この事をファルデン公国に報告なんかしてて、それでクリストさんに何かあったらどうするのぉぉぉぉぉ!!)


 たとえあれが冗談の類だったとしても、真偽を確認せず放置できない案件と化していた。

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