第4話 カグヤ、火花を見る
午前中の面会2人を手早く片付け、わたしは部屋に引っ込んだ。
特筆すべき所もない、美辞麗句を並べ立てるだけの人達だったので早々に難題を与えてお帰り願ったが、態度から察してただの冷やかしだったと思う。
しかし今では分かり易い態度が面倒なくて好ましい。立ち去った彼らを気に掛けずに済むからだ。
机の引き出し、3番目を開けて収めていたそれを取り出す。
顔の上半分を覆う形の、つるりと眉目を欠いた平らな
本格的な鬼道に用いる面である。
「視鬼同調──」
面をつけ、印を結んで意識を集中する。
クリストさんを見張らせた視鬼を同調し、彼の動向を探るためである。
朝に軽く確認した時は、トナアリの町で朝食中だったのだけど。
(ここは……廃村?)
正確な位置は分からないが、視覚に届くのは壊れた建物が並ぶ風景。
寂れ具合から昔に放棄された集落だと思うが、町の発展に合わせて周辺の人が移動するのは珍しくもない。
(……見っけ)
見覚えのある広い背中に鞘を背負った金髪男性の姿を捉える。
ユマトには珍しい直剣を構え、数匹の化け物を相手取り戦っていた。やせ細った小さな体に腹だけ異常に膨らんだ異形。
(あれは、餓鬼?)
天地の澱みから生じるとされる化生、
その中でも満たされぬ飢餓に囚われ、あらゆる生物を食らい尽くそうとするモノを餓鬼と呼ぶ。
強い妖怪ではないが集団で活動する性質があり、並の武芸者がひとりで相手取ると苦戦は免れないと聞いているけど
(って思ったそばから!)
餓鬼が一斉に彼に襲い掛かる。
数の暴力は多少の質など蹂躙するのが節理であり
『だが甘い!』
──結果だけを見れば、クリストさんが餓鬼を一掃した。
(強っ!!)
事ここに至り、理解する。
あの公子様は伊達にひとりで旅人などをやっているのではないと。
腕に覚えあり、少なくとも武芸者としても一流の域に達していると思っていいだろう。決して平穏とは言えないユマトを一人旅していた以上、多少の心得はあると予想していたけれどまさかここまでとは。
(でもクリストさん、何故こんな所で餓鬼と戦ってたのかしら?)
偶然か、武芸者として仕事を受けたからか。
その辺りも探ろうと、彼にほど近い藪の中に『視鬼』を移動させ
視界に何かが映り込んだと思
「あ痛ぁ!?!?」
額を抑えてのたうち回る。
『目から火花が散る』という言い回しの意味を実感、貴重な体験と痛みを噛み締め、しばらくプルプル震えながら何が起きたのかを考察する。
『使鬼神』と術者は五感をある程度繋げているため、精神を同調させたままで使鬼神に攻撃を受けると痛みも伝わってくる。
クリストさんの観察に『視鬼』を近づけすぎた結果、『視鬼』の気配に気付いた彼が投擲武器で『視鬼』を攻撃した──そういう事だろう。
『視鬼』は元々が紙だが、魔力を付与された事で人の気配を纏っている。
「あいたたた……で、でも、『視鬼』は『使鬼神』の中でも小物の類。気配だって小さいのにそれを察知するなんて」
くわんくわんする視界の揺れに耐えながら評価を訂正する。
武芸者として、彼は一流以上の域に達していると見てもよさそうだった。この評価が一流とどれくらい差を広げたのもなのかは、学校で習った以上に武術の事が分からないわたしの物差しでは測れない。
「あっさり破壊されて……念のため『2枚重ね』にしておいてよかった」
痛みが引いた後、破壊された『視鬼』を復活させた。
『視鬼』を作る時に紙を2枚重ねているのは『
言霊とは韻を踏む言葉で存在の意味に手を加える『鬼道』の秘術。不測の事態に備えての措置だったが、まさか撃破されるとは思わなかった。
「もう壊されないよう遠巻きに監視する事にしましょう」
不用意に近付けない、たんこぶをさすりさすりしながら心に誓う。
クリストさんは餓鬼を倒した後、町にとんぼ返りをして役場の神社庁支部に足を向けていた。
神社庁とは武芸者向けの仕事を斡旋する窓口だと思えばいい。
化生怪異の退治などはその代表格、窓口で彼は受付の巫女から小判を受け取っていた。
(餓鬼退治は仕事だったのね。仕事に打ち込んでるって事は、『魔王』退治はちゃっちゃと諦めてくれてたのかしら)
そんな希望を抱いたのだけど、『視鬼』の耳は彼の呟きをわたしの元に届けてくれた。
『『魔王』に『囚われの姫』……それらしき物は無いか』
(ヒィィィあきらめてないぃぃぃ!!!)
控え目にいって確定した確認した確信した。
彼は、クリスト公子はわたしの妄言を真に受け、その上でわたしを諦めず『魔王』に挑もうとしているのだ。
「どど、どうしよう……!?」
『あれは無かった事にしてください』と言えれば簡単だが、それが叶う状況ではない。
何故ならそれを誰かに言い出すと、他の求婚者達からも課題の再考を求められるのは必至だからだ。
「なんとかして諦めてもらわないと!!」
この時のわたしは彼に課題を放棄してもらう方向に考えていたのだけど、とある出来事を経て発想を転換させるに至る。
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