第5話 カグヤ、閃き導く
『魔王』を倒し、『囚われの姫』を救い出す。
このトンデモ試練をクリスト公子が真に受け、『魔王』を探していると知ったわたしは彼に課題を放棄してもらう方向で事態の終息を図ろうとしていた。
けれどどんな手段でそれを為せるのか、なかなか答えが出せなかった。正面から頼むわけにいかないのだから仕方ない。
迷いの中で数日が経過したある日、とある出来事がわたしに光明を与え発想を転換させるに至る。
『いやぁ、それにしてもお強い! クリスさん程お強い武芸者はとんと見た事ありやせんぜ、はっはっは!』
きっかけは彼と彼が護衛していた男性の会話。
彼らは野盗に襲われたのだが、『視鬼』すら察知するクリストさんの勘働きと冴え渡る剣技の前に事なきを得た。
『いやぁ、近頃キントキンじゃめっきり賊の話なんざ聞かなくなっちまっててよ、経費を削減するってんなら無駄飯ぐらいの護衛からって思うだろ?』
山賊野盗の話を聞かなくなった。
「そりゃキントキンはね。けどさ」
おじい様は村長、地方領主が治める一地方の行政官であるため、一般市民よりは各地域に関する情報に触れる機会が多く、秘書の真似事で仕事を手伝う事もあるわたしも色々な報告書に目を通したりする。
確かにキントキン方面での活動報告は見かけなくなったのだけど
「アリハマ方面はむしろ被害が拡大してたような」
確かそんなお触れ書が回ってきていたはずだ。
元々は村だったのが砂金が採れるという事で賑わい、数年前に町への昇格を果たしたアリハマ。一攫千金を狙った人の数が急増、それに比例して荒くれ者も流入したため治安が悪くなったと聞いている。
人が増えれば犯罪率が上がる。
それが荒くれ者であればなおの事、町としての防衛機構や治安維持が確立できていない今ならさらに倍。
ここ最近は彼らをまとめる頭目が現れたのか、ならず者達が徒党を組み、町の役人や防人だけでは手が回らず
「強盗、殺人、人攫いの3拍子、近々討伐隊を募るんじゃないかって──」
『頭目が現れて』
『人攫いを行っている』。
──ピンと来た。
「この状況、使える……?」
わたしがクリストさんに発した試練は「魔王を倒し、囚われの姫を救い出す」事なのは言うまでもない。
しかし『魔王』も『囚われの姫』も具体的に何かを指しているわけではない──むしろ指しようがないとも言えるのはさておき、このままでは試練を始めようもないだろう。
「大規模って程じゃないけど、ユマトの中で人攫いを行っている集団の頭目」
それも御伽噺や物語の出来事ではなく、おまけに竹取村からも果てしなく遠い距離でもない。
「これの討伐で、一応の辻褄が合う……!」
つまりはそういう事。
アリハマで近々募集される盗賊団の討伐にクリストさんが参加し、盗賊達を討ち果たして攫われた人々を解放する事が出来れば、わたしの出したトンデモ試練に条件に合致するのでは。
いや、他にそれらしい事例がなければ必然的にそうなるだろう。
幸いクリストさんの剣の腕前は一流以上、討伐隊の募集に申し出れば余裕で参加が叶うと思う。
が、しかし。
「問題は、クリストさんをアリハマに誘導する手段」
仮にわたしが一国のお姫様であったなら、わたしの命令を忠実にこなす優秀な執事のひとりふたりは居たかもしれない。
幻想小説に出て来るような間者や諜報機関を抱え、任務遂行を命じればそれで済んだのかもしれない。
けれど村長の娘に過ぎないわたしにそんなものがあるはずもなく。
「クリストさんは武芸者の立場で旅してるから、ひょっとすると何も干渉しなくともアリハマに向かうかもしれないけど」
控え目にいって、それは楽観が過ぎるというものだ。事を着実に運ぶにはそうなるよう仕向けるべきである。
べきであるが──
「……わたしが自分で行くしかないか」
彼の耳に情報を吹き込み、誘導し、その上で向かった先の町で遭遇した討伐任務こそがわたしの発した試練だったと思わせなければならない。
任せられる他人もいないし、そもそも他人任せだとクリストさんだけ特別扱いしている事実が漏れる可能性があるし。
「おじい様、しばらく面談の申し込みは断ってもいい?」
「別に構わんと思うぞ。試練を発した人の数も相当じゃし」
かくして3桁に到達した試練の発令はひとまず中断され、わたしはわたしの失態を補うべく暗躍を始めるのだった。
******
人は道に迷った時、案外不確かな物に運命の天秤を預ける。ユマトの国では国政に占術を頼る事も珍しくない。
そんな占術の頂点にあるのが『鬼道』、ただの迷信とは一線を画した魔術分野であり、可能な限り未来の先読みを行った助言を授ける事が出来るとされる。
そのためユマトにおいて人を導く役割を占術を扱う鬼道師が果たす事は不自然ではないのだ。
「……これでよし、と」
一目につかない裏庭の一角でわたしは空を見上げる。
出立の準備は完了した──そう、出立である。
不本意ながら、クリストさんを誘導するには自身が出向く以外にないとの結論に達したのだから仕方ない。
とはいえ長時間留守にするつもりはない、干渉を済ませてすぐに戻ってくるつもりだったため手荷物はほとんどなく、旅装というにはほど遠い。
用意したのは占術師が着るような着物、占い道具と道具を乗せる小さな机、『占いやってます』と見て分かるような吊り下げ看板。
そして
顔を隠すのと、鬼道師だと主張するのと、鬼道の力を振るうには重要な品。
髪を結い、面をつけ、これで準備万端。
「まず目指すはキントキンの町」
クリストさんが現在滞在している町。
竹取村からキントキンまでは程々に遠く、まともに歩いていけば数日、女の足では一週間以上かかるだろうけど。
わたしは筆を走らせ、呪言を記した紙を複雑に折りながら言霊を刻む。
「降りし来る折りし鶴、言霊を以て『
地面に放った紙は爆ぜ、本物と比べて二回りは大きな鶴へと姿を変えた。
『鬼鶴』、鳥を模した事から分かるように空を飛んで移動するための使鬼神である。
馬の鞍に似せた突起にすっぽりと腰を下ろし、手綱を掴む。
「ちゃっちゃと行くとしましょうか……飛!」
意気揚々とはいかないが失敗の穴埋めのため、『鬼鶴』に命令を下す。
ふわりと浮き上がった偽物の鶴は本物に勝る速度で空を駆け出した。
******
2刻後、ファルデン風に言えば4時間後。
「ぜぇ、ぜぇ。ぜぇ……」
キントキン付近に不時着したわたしは肩で息をしていた。
使鬼神の使用には魔力を消費する。小さな『視鬼』と違い、人を運べる大きさの『鬼鶴』はそれ相応にわたしを疲れさせた。
「で、でも、休んでる暇は、あまり無い、のよね」
町の外で化け物退治をしていたクリストさんが戻ってくるのに時間がないのだ。
幸いキントキンには都へ留学する途中で立ち寄った経験があり、多少の土地勘はある。門から役所に続く道の脇、路地で占い師が潜んでいられる場所を見つけなければならない。
わたしはそそくさと門を潜り、町中へと駆け込む。
(役所への道は、確か)
頭の中で地図を広げ、左右を見まわしながら潜めそうな路地を探す。
鬼面を付けた白黒衣装の人間が町中を徘徊している、事実を羅列すれば怪しさ千万だ。『隠形』の術を使っていなければ通報ものである。
(見っけ、あの辺りでいいか)
適当な場所を見つけた。『人払い』の術で他人が寄らないようにしながら占いの小道具を並べ、占い師を装う準備を整える。
『視鬼』からの情報によればクリストさんは既に町の門を潜っている。思った通り役所に向かう道を辿るようだ、あと200も数えないうちに姿を現すだろう。
少し乱れた息を落ち着かせ、標的が通りすがるのを待つ。
……5、4、3、2,1!
「そこな御仁」
わたしは多少芝居めいた口調で、声色を使って話しかけた。
どうにか一目でバレたりしませんようにと心の中で祈りながら。
******
「遥か北西の町、アリハマ。そこで求めし欠片を手にする事が出来ましょう」
言いたい事だけを告げ、わたしはクリストさんの前から『影渡り』の術を使って逃げ去った。勘のいいクリストさんの事、あまり接触をしているとわたしの正体がバレるかもしれないからだ。
それに実際『鬼道』の術を使って見せる事で、先の予言めいた言葉にも信憑性が出たはず。
彼がアリハマに出向き、そこで盗賊団の討伐に参加して成果を出してくれれば計画は完了する。
その上で討伐の成果を報告にやってきた彼に「盗賊程度で魔王だなんてちゃんちゃらおかしいですわ!」といちゃもんをつけて失格の烙印を押せばいい。
わたしは嫌われ憎まれるだろうが、元々結婚する気が無いのだからそれでいいのだ。
「控え目にいって半分は意味もなくわたしを持ち上げる世間の評判が悪いんだから、わたしを憎むのも半分くらいにして欲しいけどね」
肩をすくめ、わたしは家に帰るべく『鬼鶴』を顕現させた。
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