第3章 『魔王』は賊を率いるか

第1話  クリストはアリハマに辿り着く

 キントキンの町で怪しげな鬼道師から託宣を受け、旅すること4日ほど。私は目的の町、アリハマへと辿り着いた。

 道すがら話は聞いていたが、あえてアリハマを見た私の感想を述べるなら「とても町とは思えない」というものだった。


 寂れているのではない。

 むしろ活気の有無でいえば有る方、人の賑わいは外からでも感じられる程なのだが、問題は。


「町として機能しているか、だな」


 活気といえば聞こえもいいが要するに雑多。

 まとまりを欠き、人が溢れ、建物も新旧入り乱れ、理路整然とした様からは遠い配置。無理に拡張させている様子が透けて見える。


「行商の話では、砂金が採れて一挙に人が集まったせいだと言っていたか」


 ファルデン公国も宝石類の取り扱いが主な産業のひとつであるため、この町に降って湧いた事象には馴染みがあった。

 少量でも村人町人の懐を潤すに充分な貴金属。

 国が管理する以前であれば、一攫千金の夢を追う人々が集うのは当然の流れといえる。


 しかしその結果生まれるのは無秩序。

 自治体は急激に膨れ上がった人口に対処できず、自らが成り上がろうとする採掘者が他人を蹴落とし、または他人の成果を奪おうと強奪者に堕する。

 それとは別に人の集まる所は商売人が経済を大きく動かし、砂金以外の金の匂いに惹かれた悪党がやってくる。


 この町に秩序がもたらされるのは当分先だろう。

 国の手が入った後か、砂金の量と人が減った後かは分からない。


「今の私が気に掛ける事ではないな」


 ついでに言えば砂金にも用はない。

 謎の鬼道師が告げた言葉、この町にあるはずの『魔王』の手がかりを求めて役所を探す事にした。


 ──したのだが。


「嫌、やめてください!」

「……訂正しよう、私の目に入る程度は気に掛けるべきなのだろうな」


 目の前の喧騒を無視する程の急ぎでもない、私は女性の悲鳴が聞こえた方に駆け出した。


******


「やめて、離してください!」

「いいじゃねえか、金ならたんまりあるんだ。酒の一杯にでも付き合えよ」

「酒だけで済みゃいいんですがね! ヒャハハ!」


 こういった手合いは何処にでもいる、おそらく文化風俗を超えた万国共通の存在なのだろう。或いは時代も超越するかもしれない。

 若い女性に絡む男とその取り巻き。

 弱者が虐げられる光景に他者が介入しないのは雑多で不穏な町で珍しくない出来事だからか、それとも男たちの風体が気になるのか。

 どう見ても町人とは思えない物々しい武器を携えた集団。


「そこまでにしたまえ、引き際を知らない男は嫌われると相場は決まっているだろう?」

「アアン? なんだてめぇ」


 おそらくは無駄な忠告だが、一応は筋を通しておく。後はあちらの対応で私も取るべき手を変えればいい。


「異人かよ。おれっちがオオヅナ様の配下だって知っての事か、ああ?」


 『オオヅナ様』という名の出た所で周囲がざわめいた、しかし残念な事に私が知るはずもないのだ。


「生憎旅人なものでな」

「けっ、なら余所者の異人が口出ししてくんじゃねえ!!」


 殊更に威嚇する形で男が殴りかかってきた。荒くれ者らしい短気な行動だがこちらが殴られてやる理由もない、拳を避けながら軸足を引っ掛ける。


「ぶぎっ!!」


 男は自分の放ったパンチの勢いと体重を乗せて地面とキスをした。鼻を強かに打ち付けたのか、意外と多く噴き出した血が赤い水たまりを作る。


「おや、大丈夫かね」

「野郎……!」


 痙攣し、地面に伏せたまま動かない男に変わって気色ばんだのは男の取り巻き達。各々に武器を持ち出し、殺気まじりの視線を投げて寄越す。

 正直にいえば、私は多少の困惑を抱えていた。


(さて、困った。彼らをここで斬り倒していいのか判別できない)


 見た所素人集団、戦力としての脅威は無い。しかし魑魅魍魎と異なり町中で問答無用に斬り捨てていいのかどうか。


(先に役所に寄って確認すべきだったな)


 迫る集団から一定の間合いを図るべく動かした足が何かを踏みつけた。

 硬い感触。僅かに視線を向けた先には


「……竹の箒か」


 ユマトではありふれた掃除道具。或いは男たちに絡まれていた少女がこれで店先を掃除していたのかもしれない。


「掃除道具、成程、彼らを相手取るにはちょうどいい」

「な、てめぇ、馬鹿にしてんのか!」


 竹箒を拾い上げ剣のように構えたところ、男達のひとりが激高した。彼らからすれば武器を使う必要もないと侮辱されたような気分だったのだろう。

 しかしそれは誤解というものだ、この場で斬り捨てていいのか分からなかったのと、


「『魔王』の手がかりを探す先で『竹』を得る、縁起がいいとは思わないかね?」

「竹ぇ!? 訳の分かんねえ事を! やっちまえ!!」


 彼らは竹を軽んじた、その報いを受けさせる事にする。


******


「覚えてやがれ!」

「具体的には何をだね?」

「お、覚えてやがれぇぇ!」


 私に覚えてもらいたい事例を告げる事なく、無頼漢達は最初に気絶した男と竹箒の前に敗れ去った仲間を担いで逃げて行った。

 ああいった連中でも仲間の面倒は見るものだと妙に感心する。


「さて、とんだ寄り道をしてしまった。改めて役所に──」

「あのっ!!」

「……ん?」


 振り返った先には頬を紅潮させた少女の姿。そういえばこの子がならず者どもに絡まれていたのが寄り道のきっかけだった事を思い出す。


「ふむ、無事で何よりだ。では私はこれで」


 特にたいした事をしたわけではない、礼は不要と立ち去るつもりだったのだが。


「逃げてください!」

「……何?」

「助けてくれてありがとうございます、でも、逃げてください!」


 目元に涙を滲ませ、まるで懇願するように詰め寄ってきた。

 いや、実際そうなのだろう。少女はならず者に捕まっていた時かそれ以上の必死さで私に訴えていた。

 少なくとも彼女は私の身を案じている。

 そしてそれが先の諍いに関係しているのも間違いないだろう。


「ふむ……何をそんなに慌てているのか、少し話を聞かせてくれないか」


 ゴールドラッシュに湧く喧騒の町アリハマ。

 或いは役所に立ち寄る前に、この町についての現状を知る事が出来るかもしれない。


「で、でも」

「ついでに食事が出来る場所に案内してくれると助かる。逃げるにせよ腹ごしらえは必要だからな」

「は……はい」


 私の呑気な態度に毒気を抜かれたか、呆気にとられたか、ぼんやりした表情で少女は頷いてくれた。


「じゃ、じゃあこちらに」


 慣れない町を先導してくれる少女についていこうとして、握りしめていた竹箒の存在を思い出す。


「……やはり『竹』は私の運命を導くアイテムだったか」


 口元の笑みを自覚しつつ、遥か竹取村に住まう姫君の姿を脳裏に浮かべた。

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