第2話 クリストは町の危難を知る
砂金で賑わい、混沌と化した町アリハマ。
怪しげな鬼道師の導きに従いやってきたこの町で私は女性に絡むならず者達を蹴散らした。
男達は個性を欠いた捨て台詞を残して去っていったのだが、助けた少女が私に対して「町から逃げろ」と言う。
はて、それはどうした事かと私は食事のついでに助けた少女・オマサから詳しい事情を聞く事にした。
私が案内されたのは彼女が働く小料理屋らしい。
「クリスト様、異国の人なのにお箸を器用に使いますね」
「いや、生憎まだ細かい作業には不慣れでね」
今回は話を聞く目的があるため、身を解す作業に集中する必要のある焼き魚は避けておいたのだ。
「それでオマサ、話を聞かせてもらいたい」
「は、はい。あたしに絡んできた人達がこう言ってたのを覚えてますか。『オオヅナ様の配下』だって」
オオヅナ様の配下……ああ、確かにそんな事を聞いた気がする。
「この町、元々は村だったんですけど砂金が採れる事で色んな人が急に増えて、流れ込んできて」
「ふむ」
金脈を掘り当て一攫千金を狙う採掘者、山師や開拓者が集まり、場合によっては人口比率を変動させるレベルでの移民を作り出し、入植先で先住民との諍いを引き起こす。
いわゆる『ゴールドラッシュ』と呼称される現象。
規模は様々あれど、開拓地で貴金属の鉱脈が発見される度に発生する、歴史上に幾度も繰り返された事柄である。
「このオオヅナって人は、アリハマ周辺を荒らしてる盗賊団の頭目の事なんです」
元々食い詰め者の群れが小分けに集まり、それぞれ別個で犯罪行為に手を染めていたのだが、とある頃を境にまとまって行動するようになったらしい。
「その頃からなんです、『オオヅナ団』って名前を聞くようになったのは」
誰が言い出したかは定かでない。
しかし荒くれ者達がまとまりを見せ始めた時期と符合し、何者か強力なリーダーが現れたのではと囁かれた矢先の出来事で、統率された悪事悪行に町の役人達が対処できなくなったのはそれ以降だった。
散発的な窃盗強盗ではなく、組織的な強奪強殺。
そういった経緯があり、町の住民は『オオヅナ』がならず者達を率いるリーダーの名前だと信じたとの事だ。
「それにあのゴロツキ達みたいに自分たちで言いふらしたりする人もいて」
「成程な」
それが個人名にしろ団体の看板につけた名前にしろ、自分達が個の存在ではない事をメンバーに意識・自覚させ、それを統率するリーダーの存在を打ち出し強固な集団である事を町人や採掘者達にも理解させて抵抗の意志を削ぐ手管。
少なくとも人を率いる心得を持ち、数の暴力を効果的に扱える人物が中心にいるのは間違いないだろう。
「色々参考になった、礼を言う」
食事を終え、代金を置いて席を立つ。
「あ、あの、クリスト様!」
オマサが追いすがるように悲痛な声を上げた。
理由は分かる、この優しい少女は私の身を案じてくれているのだろう。そして私がこの町から早々に立ち去る事を望んでいる。
だから私は彼女に保証する。
「心配は無用。少なくとも私がこの町で命を落とす事にはならぬと約束しよう」
嘘はついていない。
私はカグヤ姫より授かった試練を果たすまで死ぬつもりは毛頭ないのだから。
ただし私の言葉をオマサが『忠告を容れて町から立ち去る』と受け取り誤解をしたとしても、それが彼女の安寧に繋がるのならわざわざ訂正すべきではない──そういう事である。
店を出た私の足は町の外門に向かわず、本来の予定通り役所へと向かった。
彼女から聞いた『オオヅナ団』とやらの動向、それを確かめるために。
******
すっかり夜も更けた。
役所を訪れたのは昼過ぎだったから半日近くをそこで過ごした事になる。
理由は単純、窓口が混雑していたのだ。
「明らかに人手が足りていなかったな」
飛び交う怒号、クレームの嵐、詰め寄る人の波。
この町が抱えるあらゆる不満が役人に向けられていた。冷静に考える事ができれば感情をぶつけてどうにかなる問題でない事は分かるだろう、しかしそれだけこの町の住人には心の余裕がないのだ。
爆発的に増えた人口、旧住民と入植者の軋轢。
鉱脈を掘り当てようと荒らされる環境。
この2点だけでも人心が乱れるに充分なのだが、その上でこのアリハマには盗賊団の存在がある。
「いや、或いは混沌に乗じて盗賊団が跳梁していると言うべきか」
公的立場にある身から評価して、役所の仕事量は明らかに人員のそれを超えていた。あれを怠慢無能と謗るのは酷というものだろう。
ならば人手を増やせという話になるが、
「ユマトの行政は優秀な印象を受けていた」
詳細までは知る由もないが、冒険者の真似事で旅を続ける過程で幾度となく役所から討伐の仕事を受けた上での評価だ。アリハマの窓口も仕事に追われながら丁寧な対応をしてくれた。
それだけにアリハマの状況が後手後手で追いついていないのが気にかかる。
しかし、今気にすべきなのは別の事。
私は大通りを抜け、大門を潜り、町の外に出ていた。
オマサの忠告に従って町を離れる、というわけではない。
ゆったり程よく街道を進み、20分も歩いただろうか。夜の道に人気はなく、薄白い月明りだけが私を注視している。
否。
「そろそろ出てきてはどうかね、覗き見君」
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