第1章 クエストは予想の外に

第1話  クリストは興味をそそられた


「……はて、これは驚いた」


 私ことクリスト・デア・ファルデンは、己の予想が外れた事を認めざるを得なかった。


******


 ファルデン公国で公子の立場にある我が身、成人し正式に公務を執り行う立場になる前の時期である今、武者修行の旅と称して未だ魑魅魍魎が跳梁跋扈するユマトの国に足を運んで半年。

 剣一本で冒険者の真似事などを行い、路銀を得つつも気ままな旅を続けていた時、とある話を耳にした。


 この世のものとは思えない美しさをした姫君の噂である。


 曰く後光が差し夜中でも月夜のように周囲を明るく照らした、その姿を目の当たりにした者の病気が治った、川の水が綺麗になった──などなど姫君の美しさを称える百の言葉を先々で耳にした。


 いかにも噂らしく無責任でいい加減な話ばかりだったが、その噂が元で件の姫君の元には求婚者が殺到しているのだとか。

 そこまで聞くと好奇心が刺激されなかったといえば嘘になる、ここは旅先で見聞を広げるべく噂の真相を確かめておくのも悪くない──


「そう思っただけだったのだが」


 噂の元となる辺境の一角、竹取村を訪れた私は『一目見る』という思惑が容易ならざる願いであった事を知る。


 姫君が住まうのは地方領主の束ねる小領主、村長むらおさの屋敷。

 その門前には噂通りに列を為した老若男女の群れ、女性もいるのはおそらく私と同じような見物目的の者なのだろう。

 ただしそのような目的の輩は門の外に留め置かれ、噂の姫君を間近にする事は叶わないらしい。野次馬お断りというわけだ。


 さて、私の場合はここで引き下がってもよかったのだが、好奇心と悪戯心が同時に囁いたので、野次馬を監視していた門兵に話しかけ正面突破を図る事にした。


「君、噂の姫君に婚姻を申し込むにはどうすればいいのかね」

「あ、はい、こちらにどうぞ」


 私も求婚者という事にすれば野次馬とは一線を画する事が出来るという算段。

 ここは都と離れた地方領の一角、外国人は珍しかったのか多少面食らった様子で門兵は私を屋敷の一室へと通してくれた。

 書類に記名をした後、門兵から一枚の札を受け取る。


「姫様との面談は、2日後の午後からとなりまっす」

「……なんと」

「今日のお見合い時間は、もう済んでまっすしね」


 既に日が暮れ始めてもおかしくない時間。

 成程、地方であれば明かりの数も少ないためそういう事もあるだろうが、少し予定が狂ったのは事実だった。求婚者が殺到している噂は聞いていたが、まさか日を跨いで待たされるとは。

 噂の姫を一目見て、それで満足してまた旅を続けるつもりだったのだが、逗留の必要が出てきてしまった。


「門兵君、ついでにこの村落で宿泊施設の心当たりを教えてもらえないだろうか」

「へぇ、宿っすか?」

「うむ。まさか人里で野営するわけにもいかぬしな」

「そうっすね、ここは特に観光地ってわけでもないっすから……」


 純朴そうな門兵が思案を巡らせてくれていた時、


「どうしたね? 三郎」


 顔を突き合わせていた私達に声をかけてきたのは、ひとりの老人。

 いかにも好々爺といった風情の人物で、曲がった腰がより小柄な印象を与えて来るのだが。


「はい、旦那様!」


 三郎という名前らしい門兵君が旦那様と呼んだ人物に一礼する。

 この屋敷は村落領主のものだという、そこの旦那様と呼ばれているのであれば


「領主様でいらっしゃる?」

「そんな大層な身分ではないよ、領主様から竹取村を預かる村長むらおさじゃ」


 ほっほっほと朗らかに笑う村長。

 領主より村を預かる行政代行者、人によれば虎の威を借りる狐となりがちの地位であるのだが、このご老体はそんな様子を微塵も見せない。

 ──出来た人物だと思われる。


「して三郎や、こちらの方がどうされたのじゃ?」

「はい、こちらのお人が宿を探して」

「なるほどのぅ」


 彼から私の事情を聞いた村長は白い髭を撫でながら沈黙すること数秒。


「ならば、今すぐ会いますかな?」

「……なんですと?」


 思いついた悪戯に満足したような微笑みで、そのような提案をされた。

 私は余程意表を突かれた顔をしていたのだろう。村長は一層笑みを深くして、


「都よりも遠くから参られた御方をあまり待たせるのも失礼というもの。それに、異国の方と話を出来るとあればカグヤも喜びましょう」


 カグヤ。

 それがどうやら噂の姫君の名前らしい。

 ──ここまで姫君の名前を知らなかったというのも失礼な話だが、興味本位だったのだから仕方がない。


「ご息女は異国の話にご興味が?」

「本の虫でな、珍しい知識に触れる機会は嬉しかろうて」


 村長の表現、『本の虫』と言われて想像したのは小窓からの日差しで読書に耽る、病的に透き通る白肌の少女。


「深窓の令嬢というわけですかな」

「さてさて。それは会ってからのお楽しみというやつじゃて。ではカグヤに声をかけてくるでな、しばらく待っていてくだされ」


 もっとも、と村長は再び悪戯めいた顔で


「女の化粧には時間がかかるもの。一刻は覚悟していただきましょうかの?」

「……承知しました」


 一刻、つまりは2時間ほどの待ちぼうけ。

 それは女性にょしょう相手に必要な覚悟だろう、私は深々と頷いたのだった。

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