第8話 カグヤ、聞き込みをする
アリハマの町からオオヅナ団の本拠地に防人が大挙したのは、あの日の戦いから3日ほど経ってからだった。
『鬼鶴』を使って町までひとっ飛びしたのはクリストさん。町役場の役人達と一番の面識があったからというのが理由。盗賊退治と捕縛に協力した実績もあり、割とすぐに動いてくれたという話だ。物証としてオオヅナ改めガセンの被っていた鬼の面を持って行ったのだけど、あれだけで説得できるのだから凄いや公子様。
──本来ならもっと楽に説得する手段もあったはずなのだ。
少女イヌイの家名を使えばあらゆる手続きをすっ飛ばせただろう。ワシュウ家の名前にはそれだけの力があるはずなのだから。
しかし彼女は協力を拒み、クリストさん出動の運びとなっていた。
そこまでこの件にワシュウ家が関わっている事を知らしめたくないのか、という深い闇を覗いた気分である。
(彼女に2度ほど恩を返すと言われていたクリストさんが頼めば要求を飲んだかもしれないのに)
それをする人じゃないのは聞くまでもなく分かっていたし、謎めいた鬼道師がそんな俗な事を言うと印象がおかしくなるので黙っておいた。
そして3日後。
「皆さん、本当に、本当にありがとうございました!」
オオヅナ団の僅かな生き残りと女衆を引き連れて、防人の皆さんは帰路につく事となった。まだ巣穴の調査に残っている役人もいるようだけど、もはやわたし達が望むような情報は無いだろう。
役人が到着するまでの間、わたしとクリストさん、そして彼女で為した会話。
そこに含まれていた以上の情報は。
******
オオヅナ団、壊滅。
この報告を持ってアリハマに跳んだクリストさんは、役所に話をつけた後で『鬼鶴』を駆りトンボ返りをしてきた。
巣穴に籠っていた分の賊は討伐しきったと思うが、他所に出張っていた者がいないとも限らないからだとか。その判断はありがたかった。
「お待ちしておりました、クリスト殿」
ふわりと降り立つ『鬼鶴』を出迎える。
この時点でわたしは洞穴の前に移動していた。内部の賊が一掃され、安全が確認できたからだ。
「カルラ殿、そちらの状況は?」
「
さて、この時のわたしは平然と受け答えしているように見せているが、実は非常に疲れている。大量に魔力を消費した上でのとどめに『鬼鶴』の強行軍である、そりゃもうひじょおおおおおに疲れていた。
その素振りを堪えているのは謎めいた雰囲気の保持のため。表面上に村娘カグヤの要素を漏らさないため。白鳥は見えない水面下で足をばたばたさせているのだ──いや別に面鬼面を被った状態で美しさを強調するつもりはないんだけど。
しかし一度は自宅に戻り、消費した紙束や丸薬の補充などをしなければならない。どちらも鬼道の使用には不可欠なのだ。
ああ、ああ、それと叶うなら着替えも詰め替えて、あったかいお風呂に浸かって頭巾で蒸れてきた髪の毛をずざざと洗い流して──
「それで、町の防人は何と?」
「どうにか納得して貰えた。3、4日のうちに」
正気を取り戻して回答した。これでアリハマの町を絶望に追いやっていたオオヅナ団に関しての問題は片が付くだろう。
──そう、オオヅナ団に関しては、だけど。
もはやわたし達の関心事はオオヅナ団そのものには向けられていない。
「それで、例の件は?」
「先ずは当事者に聞く方がよかろう」
視線の先には洞穴近くの大きな木に背中を預けて座り込み、瞑目している少女がひとり。その姿は眠っているのか精神統一しているのか区別がつかない程に静かだった。
色んな情報を統合して導き出した答えによれば、ユマト国将軍家指南役ワシュウ家末娘、イヌイという名の少女。
彼女は最初から自分で振るっていた刀の大小揃えを脇に控え、布に包まれた長物を手前に置いている。長物の正体は鬼面の男が使っていた刀である。
ちなみにクリストさんが町に行ってる間、わたしと彼女はほとんど会話らしい会話はしなかった。こっちは謎めいた鬼道師を演じているし、向こうはなんだか他人を寄せ付けない硬い気配を発しているのだから仕方ない。
「イヌイ殿」
「──戻ったか。待っていたぞ、クリス殿」
頷いたクリストさんが話しかけると途端に目を見開いた。どうやら眠っていた節は否定されたらしい。
「イヌイ殿、貴女に伺いたい事がある」
「分かっている」
クリストさんに最後まで言わせず。
イヌイはオオヅナ団討伐で残った最後の、そして最大の問題を口にした。
「貴様──貴殿が斬った男がオオヅナではなかった件だろう。構わぬ、某も色々整理したいところだったしな」
彼女は再びはっきりそう告げた。クリストさんが首を刎ねた男、あれがオオヅナではなかったと。
「あの男はガセン、オオヅナの弟分だった男だ。ワシュウの家が行状身に余るとオオヅナを破門にした際、奴に付き従ったのだと思う」
「ふむ……それでガセンとやらは何故兄貴分の名を騙り、賊を率いるような真似をしていたのかね」
「某にも分からぬ。このような事になっていると想像もしなかった」
あっさりしていた。まあ正直なところ、この一点について彼女の解答は期待していなかった。彼女自身が鬼面の男の正体に驚きの声を上げていたのだし。
なのでわたしから補足しておく事にする。
「クリスト殿。騙りというのは誤りである」
「カルラ殿?」
「賊の精鋭、ガセンとやらが討たれた後に逃走を図った者の幾人かは捕えておるだろう」
そう。
頭目の部屋から逃げ出した彼らのうち、3人ほどは生きている。追走したクリストさんに追いつかれた何人かは抵抗の意志を見せて斬り捨てられたのだけど、武器を捨てて降参した3人はそのまま捕縛したのだ。
無抵抗な相手を斬るのは忍びない、いかにもクリストさんらしい判断である。
まあ役所に引き渡せば結局は処刑されるだろうけど、それは因果応報というもの。甘んじて受けてもらう事になる。
「彼奴らが役立った。其方がアリハマに出向いた間に少々協力を仰いだのだ」
オオヅナ団の頭目を『ガセン様』と呼んだ人達だ、当然その辺りの事情は知っている発言なわけで。鬼道を用いて散々脅した挙句、色々聞き出す事が出来ていた。
「彼奴らは鬼面の男がガセンである事を承知した上で配下となっていた。それは騙された所以ではない」
「つまり?」
「オオヅナに命じられていた──という事である」
彼らはオオヅナに命じられ、砂金景気に湧くアリハマ周辺で略奪行為と人集めを並行して行っていた──引き出した情報を合わせた結果である。
そして彼らの証言はこう言い換える事も出来る。
オオヅナは留守をガセンに任せて組織作りをしていた、と。
ワシュウ家が関わる厄介事なのは気付いていた。
気付いていたけど。
クリストさんの『魔王』退治を完結させるためにした聞き込みを後悔する事になろうとは。
(控え目でなくても猛烈に知りたくなかった事情に踏み込んだ気がするっ……!)
ただの盗賊騒ぎだと思っていたのに、後悔とは先に立たないものである。
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