第6章 追跡、魍魎山
第1話 クリストは同行者に思いを馳せる
タンバの町。
鬼道師カルラ殿に導かれて訪れた町は首都に近く、賑わいを見せつつもアリハマのような雑多混沌とした雰囲気はない。
人の往来や滞在の多さが常態化した町なのだろう事が窺える。
「町中に行き交う人の多さから、治安の良さも分かるというものだ」
「当然だろう、ここは
イヌイ殿が誇らしげに語る内容はおそらく真実である。
たとえ要所であろうとも、間近に戦いの気配がある場所は陰惨とするものだ。特に往来などは顕著、町人が怯えて暮らし、まともな日常を過ごせる環境ではなくなるのはアリハマの例を挙げるまでもない。
タンバの町にはそういった雰囲気はないのだ──遠くない地で魍魎が湧いているというのに。
センジョウザン、カルラ殿が託宣を得た地はタンバの町から徒歩で1日もあれば裾野に至る距離らしい。
これほどまでの近くに魑魅魍魎、化け物が湧き易い場所があるにもかかわらずこの平穏ぶり。行政が事実を隠蔽しているという可能性もあったのだが、役場を覗いてその疑いは晴れる。
「討伐隊の募集、か」
「次の討伐は3日後のようだな」
武芸者向けの依頼に『センジョウザン周辺の討伐』があるのだから隠蔽の線は完全になくなった。それも頻繁に依頼を出している様子から、普段から間引きをこなしているのだろう。
「クリス殿、討伐に興味がおありで?」
「うむ、期日までにカルラ殿が戻らなければ一度参加してみるのも悪くない」
「む……」
そう、このタンバの町に入る直前の事。
カルラ殿は一時的に別行動を取る旨を告げた。
『我は我の伝手でセンジョウザンについて色々紐解いてみるとする』
そう言い残し、『鬼鶴』を駆って何処かに飛び去ったのだ。
突然私の前に現れて『魔王』の居場所を告げ、再び現れた際には運命の名の元に同行者となった彼女。
いつまでに戻ると明確な日付は定められなかったが、また星の導きがあれば再び出会う事になるだろう。それまでは彼女の託宣に従い『魔王』の手がかりを追う予定である。
「クリス殿、それほどあの鬼道師は信用できる御仁なのですか」
「ああ、彼女ほどに信の置ける鬼道師を私は知らない」
「某にとって市井の鬼道師とは、山師に等しいものなのだが」
山師、つまりは詐欺師。偽者という事か。
確かに我が公国でも優れた術者は国が召し抱える事が多い。必然的に市井の魔術師は腕が劣るかそもそも偽者か──というケースがほとんどだろう。
どこか不満げに呟くイヌイ殿の顔はどこか子供じみていて、硬質の美貌が一挙に幼く見える。
「貴女も機会があればカルラ殿と話してみるといい。恐ろしい程に出来るお人だ」
旅人としてこの国に渡り2年。
冒険者の真似事をする間に幾人かの鬼道師、占術師とも出会う機会はあったが彼女ほどに他者の因果を読み取り、的確な託宣を為し得た者は居なかった。
姫の難題を解くべく手がかりを探していた私にとっての福音のみならず、使い魔を使役させる技量も一流の域にある。
鳥の神を冠した名を名乗り、如何なる時も面を外さない素性不詳の鬼道師。
彼女の技量については疑う余地はない。
しかし私に同行し『魔王』を狙う理由、これすら分からない事に心の中で疑っている私もいる。
(その意味では、真なる意味で全幅の信頼を置いているとは言えないか)
まさか『魔王』の手先という事もあるまいが、可能性として完全に排除できる根拠もない。根拠なき妄信は控えるべきである──
「悲しい事だがな」
「? 何か?」
「いや……ではイヌイ殿、しばらくは町中の聞き込みに回るとしよう」
「了解した!」
素性や目的が明確という点ではイヌイ殿の方が勝るだろう。
ユマトの名門ワシュウ家の息女。
家名を傷つけ、先祖伝来の品を盗み出奔した弟弟子オオヅナを討つために国元を飛び出したお転婆でもある。
──そう、彼女の行動は当主の許可を得たものではなかったらしい。アリハマで役人に名乗りたがらなかったのはそういう事情もあったとか。
『姉弟子として、弟の不始末をこの手で付けたかったのだ』
そんな彼女の直情的な性格は剣筋にも表れていた。
卓越した技術を備えた優れた剣士、しかし遊びがない剣は余裕を欠いているともいえる。また実戦経験の少なさ故か、賊の術理ない変則的な攻撃にも何度か不覚を取りそうだった点から、単身活動する危うさを感じた。
生真面目かつ融通が利かない良家の子女、とても裏表のない少女が『恩返し』と称して同行する事になったわけだが、カルラ殿とは違う意味で油断ならない事情がある。
(イヌイ殿とは『オオヅナを討つ』という目的が同じ以上、最終的には敵にならざるを得ないのだ)
オオヅナが盗んだとされる魔剣については私の関与するところではない。
しかし麗しのカグヤ姫が私に下された試練は『魔王を討つべし』と明言されている。イヌイ殿が家門の汚名を晴らしたいと願うのと同様、私にも私自身が討つべき理由がある。
この譲れない一事において、私と彼女が敵対するのは間違いない。
それがお互い斬り結ぶまでに発展するかは、現段階では分からないが。
(──成程、これがカルラ殿の言う『手助けではない同道』か)
互いの目的を果たすため、たまたま同じ歩幅で方向を歩く者。
深く頷いて一歩を踏み出す。
「では行くか、イヌイ殿。貴女が優先したい聞き込みの場所はあるかね」
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