第4話 カグヤ、クエスト発行しちゃったよ
外国人と聞いて興味を持ったのは事実だった。
けれどそれは海外の珍しい話を聞けるかも、という点であって人物そのものに対する関心だったかといえば怪しかった。
広間で行儀よく座っていたのは、ユマト人には見られない金髪の男性。わたしも都で何度か見た事がなければ凝視したかもしれない。
顔立ちは整っているが、美形というより勇ましさ・精悍さが前に出ている様相。立派な体格も併せて『偉丈夫』とでも表現すればいいだろうか。
やや鋭い視線がわたしの上を滑り、
「……成程、これは美しい」
定番のお世辞を言われた。
噂で『光を放っている』だの『見ただけで病気が治った』だの出鱈目を言われているのに比べれば、控え目に言っても普通の風貌なのは分かってます。
誰が言い出したのか、要求が高すぎるのよ世間の噂。
「お初にお目にかかる、クリストと申します。此度は私のために時間を戴き、感謝申し上げる」
物腰は丁寧、身なりは上等な品ではないが、旅人であれば納得できる。
それよりも一挙手でこの人物から育ちの良さが伝わってきた。少なくとも大陸に逃れてきた無頼の類ではなさそうだった。
とりあえず話題は無難な所から始める事にする。
「カグヤと申します。失礼ですが、クリスト様は
「ユマトより西方の大陸、ファルデン公国から参りました」
「まあ、ファルデンですか」
「ファルデンをご存知で?」
「少しですが、宝石と細工の国であると」
ユマトから西の海を渡ると大陸の強国、チュウユ央国がある。
ファルデン公国はさらにその西側に位置し、地理的に古くからチュウユと国境争いをしていたのだが、正確にはファルデンとチュウユが争っていたわけではない。
「古代エスタリアの流れを組む宝石魔術の継承国。かつて猛威を振るった北方蛮族の討伐に魔術の力を示し、オクスタル王国より独立を認められたため公国としての歴史は浅いですが、公王家としての歴史は大陸でも有数だとか」
「え、ええ」
「他にも書物で読み知った事ですが──」
古代エスタリアの歴史は興味深い。
特に宝石魔術はユマトに伝わる魔と占の術式『鬼道』と関連が見られるからだ。
「ユマトでも宝石、玉は占術鬼道にも用いる術はありますが、石の封じ込めた力の運用法が宝石魔術と鬼道では異なって」
「我が国では宝石に封じられた精霊を召喚して使役するのが主ですが」
「一方ユマトの鬼道は力を加工し、用途に応じた
「成程、我が国では戦争に用いる戦場魔術として発達したが故に──」
このクリストというお人、結構話せる人だった。
旅人だからだろう、ファルデンやチュウユ央国の事情にも明るく、国内外の話題で結構盛り上がった。わたしが知るのは紙の上での世界・伝え聞いた世界であり、実情との差異を埋める会話は知的好奇心を刺激してくれた。
このままで終わってくれれば面白い話に花を咲かせたで済んだのだけど。
「カグヤ殿、まずは興味本位でこの地を訪れた非礼をお詫びしたい」
「……」
「そして改めて、貴女に求婚の申し入れを許していただきたい」
雰囲気を変えたクリストさんはわたしを見据え、彼にとっての本題を切り出してきた。
心の中で溜息をつく。
分かっていた、彼は別にわたしを楽しませる話をするためにやってきた人ではなかった事は。
「──光栄な事です。ですがわたしくも未熟者、あなた様の言葉で御心が何処にあるのかを推し量る事は出来ません」
そして求婚話を持ち出されたからには、常と変わらぬ対応をしないわけにはいかない。
何しろわたしは、今のところ恋愛結婚に憧れているのだ。
読破した多くの恋愛小説に感化されているのは否定しない。
けれど感情の問題を理屈で解決はできない、昔から決まっていた許嫁だとか、家柄だけで決められたよく知らない人と結婚だとかは考えられない、何しろ恋愛を経験してみたいのだから。
わたしは恋に恋している、だけどそれを理由に地位ある人達の求婚を却下できないのは侘しい世の中である。
「ひと時の迷い、浮ついた思いで我が身を欲したのではないと納得させて欲しいのです」
だからこそ、自身の知識を動員して達成が困難な課題を投げかける。
今までそうしてきたように、クリストさんにも同様に……。
……。
…………。
しかし誤算が生じる。
(ね、ネタが思いつかない……!)
古今東西、様々な文献に名前のみ登場する珍品遺物の類。
持ってくるよう要求しても叶わないような、存在も不確かな品々。
そんな品のひとつを告げようとして、ネタが切れている事に気づいたのだ。
(そ、そうか! 今回の席はおじい様に突然言われたから、まだネタを探してなかったんだ!!)
控え目にいって焦る。
ここまで口を開き、何も考えてませんでしたと言える空気ではない。
な、何か無かったっけ、何か達成不可能案件!
最近読んでた本とか、そう、さっきまで読んでた本からでも適当に!
(──そういえばさっき読んでたのってば)
それが何の本だったか、タイトルを思い出す前に
「……魔王を倒し、囚われの姫を助け出してください」
幻想小説『イストファン勇者伝』の冒頭に即した課題を出してしまっていた。
(わたし何言ってんのー!?)
今までは曲りなりにも冒険記や見聞録、回顧録などから実在したかもしれないネタを引っ張り出していた。
しかし今回の出まかせは、あまりといえばあまりに荒唐無稽。
いや、そもそも魔王って何、囚われの姫って何なのさ。
流石にこれは駄目だと
「貴女の心を射止めるべく、必ずや果たしてご覧にいれましょう」
(何か理解されちゃってるぅぅぅ!?!?)
かくしてわたしは自分でも達成条件の分からない課題を出してしまい、求婚者クリストさんはそれを受諾してしまったのだった。
******
これは無意味な一言を真面目に受け取った青年と、不用意な一言で要らぬ苦労を背負った少女の物語である。
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