第3話 転校生。

 成実は、自分の部屋で寝ていた。


 体を乗せているのは、巨大ロボットのパイロットシートではなく、長年愛用しているベッドだった。


 「また・・・・・・見たんだ」

 そう呟き、机に置かれている時計を見ると、毎朝起きる時間を指していた。


 大きな欠伸をして、体を伸ばし、ベッドから出て通っている平坂高校の制服に着替え、鏡を見ながら長い黒髪を念入りにとかし、身だしなみを整えていって、問題が無いことを確認し、鞄を持って一階に降りて行った。


 「お母さん、おはよう」

 台所に居る母親の真紀まきに挨拶をした。

 「おはよう。成実」

 返事を聞きながら食卓に入ると、朝食が用意されていて、おいしそうな湯気を上げていた。


 成実が席に座ると、真紀が入ってきて、それに続いて弟のゆずるが席に着き、最後にジョギングから帰ってきた父のひとしが両手に持っている瓶牛乳を配りながら席に座った。


 「いただきます」

 家族全員で、食事前に挨拶をして、各々のタイミングで食べ始めた。

 会話は食卓に置かれているテレビが流す情報番組を中心に行われ、政治経済の話題では仁と真紀があれこれと言い、芸能関係になると成実と譲ががやがやと言って、仁が質問を挟むと「どうせ、分からないでしょ」の一言で片付けられてしまうのだった。


 「いってきます」

 瓶牛乳を飲み終えた成実は、鞄を持って家を出た。


 「はあ~」

 家を出て通学路に差し掛かったところで、ため息が漏れた。

 原因は巨大ロボットの夢にあった。


 夢のなので、内容は敵のロボットと戦ったことくらいしか覚えておらず、自分が乗っていた巨大ロボットの名前も姿形さえ思い出せなかった。

 それとは反対にシートの座り心地にスティックの感触といった感覚はしっかりと体に刻まれていて、一戦を終えた疲労感さえあり、寝ていた筈なのに体がだるく重いという普通の夢を見た時には考えられない症状が出ているのだった。


 体も重いが心も重かった。

 花の女子高生が、巨大ロボットに乗る夢を見ているからにほかならない。

 自分で思い返しても見ても、巨大ロボットとは無縁の人生を送ってきたからだ。


 子供の頃は女の子ということもあって、魔法少女アニメを見ていて、なりたいという憧れさえ抱いていたほどだったが、もちろん今ではそんな感情は微塵も抱いていない。

 強いて接点を上げるのなら、譲が幼稚園に上がる頃、巨大ロボットが出てくる特撮ヒーロー番組を見ていたくらいだが、興味が無かったので一緒に見たのは一回くらいで、祖父母が買い与えた豪華仕様の玩具も一度として触れたことは無かった。


 巨大ロボットの夢を見るようになったのはここ数か月の間で、週に一回の割合で見ていて、夢だと思えばそれまでだが、こう何度も見てしまうと何か原因があるのではないかと疑うのも無理は無い。

 

 それとは別にで気になっているのが、巨大ロボットに同乗しているパイロットの存在だった。

 顔は思い出せないが、声だけははっきりと覚えていて、毎回同じ声質であることから同一人物だと思われるが、どうして夢なのに同じ人間が登場するのか、さっぱり分からなかった。

 

 内容が内容だけに家族や友人に相談することもできず、悶々とした気持ちを抱えることになってしまい、体と頭のみならず、心まで重くなってきそうな感じだった。


 「成実、おはよう」

 声を掛けられて振り返えると友人の香里かおりが立っていた。

 「おはよう」

 友人の顔を見ると、さっきまでの悩みは影を潜め、最近流行の芸能人やスィーツなど、女子高生らしい話題に花を咲かせながら登校した。


 「今日は、このクラスに転校生が来る」

 HRの時間になり、教室に入ってきた担任の立花たちばなが開口一番に切り出してきた。


 転校生という言葉に、クラスの男子は美少女を女子は美男子を熱望する声を上げ、教室中が大きなざわめきに包まれた。無論成実は、美男子を熱望した。


 「入ってきなさい」

 立花の呼びかけで入ってきたのは、背はやや低めで、全体的に華奢に見える少年だった。

 少年の登場に、男子は落胆し、女子はさらにざわめいた。


 「中原凪なかはらなぎです。よろしく」 

 立花が、黒板に漢字で名前を書く中、自己紹介した。


 「っ!」

 その第一声に成実の心臓は大きく波打った。


 凪の声が、夢で聞く声にそっくりだったからである。

 この瞬間から、成実の中で、凪はただの転校生ではなく、気になる男子に変化したのだった。


 「中原の席はそこだ」

 「はい」

 凪が座ったのは、廊下側から数えて二番目の前から三番目の席で、成実の隣の席というドラマに有りがちな展開にはならなかった。

 この展開に窓際の席の成実は、少々残念な気持ちになった。

 

 「彼、けっこういい感じじゃない」

 隣の席の香里が、おもしろうそうに言った。

 「そうかもね」 

 素っ気ない返事をしつつ、凪の背中から視線を外すことができなかった。


 「ねえ、中原君にはいつ告白するの?」

 放課後、HR終わりに香里が、白い歯を自慢でもするようなニヤけ顔をしながら聞いてきた。

 「告白なんてしないよ。どうしてそうなるわけ?」

 「だって、今日中原君のことずっと見ていたじゃない」

 「なんで分かったの?」

 友人の鋭さに、驚きを隠せなかった。


 「親友のあたしの目を誤魔化せるとでも思ったの?」

 自身の目を指さしながら言った。

 「別にそんな気は無いよ。ただ転校生だから気になっただけ」

 「それなら声くらいかけなさいよね。まあ、周りにあ~も余計な虫がたかられたんじゃ、それも無理だけど。青春は短いんだからしっかり楽しみなさいよ」

 「おばさんみたいなこと言わないで」

 「じゃあ、部活に行くから」

 「がんばってね。ばいばい」

 手を振って、香里と別れた。


 成実は、鞄を持って昇降口に向かった。

 「あ」

 そこで靴を履き替えている最中の凪と出くわした。

 思わぬ遭遇に言葉が出てこなかった。

 「えっと・・・・・・」

 凪自身も気まずく思っているのか言葉を詰まらせ、二人の間に沈黙が走った。


 「同じクラスの天野成実だよ。挨拶きちんとしていなかったね」

 言葉を出したのは、成実からだった。

 「そっか、天野さんね。よろしく」

 凪は、緊張が解けたのか、表情を和らげて返事をした。

 「うん、よろしく」

 「それじゃあ僕は、帰るから」

 「ばいばい」

 手を振って、凪を見送った。


 凪の姿が見えなくなると、成実はため息を漏らした。予想外の遭遇によって、引き起こされた緊張が一気に解けたからである。

 突然の事態に何一つ聞くことはできなかった。

 

 靴に履き替えた成実は、校舎の東端にある建物へ向かった。

 「こんにちは。天野さん」

 中に居る白髪頭の教師が、入ってきた成実に挨拶をした。

 「こんにちは。東山先生、今日は何をするんですか?」

 「西側の花壇の整備をしよう」

 「もうすぐ芽が出る頃ですよね」

 「いい花が咲くといいね」

 「はい、がんばって植えたですから絶対にいい花になりますよ」

 返事をした成実はロッカーへ行き、髪を束ね、作業着に着替え、スコップなどの道具を持って花壇へ向かった。


 「濃厚ガール、今日もご精が出ますね~」

 男子からのからかいを無視して、成実は花壇の整備を行った。


 「はあ~」

 成実は、ノートとぶ厚い医学書を前に大きなため息を漏らした。

 勉強に詰まって出たものではなく、凪のことを考えている内に出てきてしまったのだった。


 夢で聞く声とそっくりな声を持つ転校生、言うだけならミステリアスなムード漂いドラマチックな感じもするが、その夢というのが巨大ロボットに一緒に乗って戦うという内容だけに、どう捉えていいものやら分からなくなり、自身の勉強も手付かずになってしまったのだった。


 「集中集中!」

 成実は、左右のほっぺを叩いて気合を入れて、勉強を再開したが、思った以上には捗らなかった。


 それから数日が過ぎた。

 成実は、凪とは挨拶を交わすクラスメイト止まりで、肝心な質問をできずにいて、香里にからかわれていた。

 その凪は、勉強もでき、見た目に反してスポーツも万能と絵に描いたような優等生振りを発揮し、クラスでも一目置かれる存在になっていて、友達もできつつあった。

 

 凪とまともな会話ができたのは、ある日の放課後だった。

 「天野さん、何をしているの?」

 部活の最中に声を掛けられたのだ。

 「花壇の整備だよ。中原君はどうしてここに居るの?」

 「部活選びだよ。立花先生から、そろそろ決めろって言われているんだ」

 「そうだったんだ。だったら園芸部に入らない? 今なら副部長の席が空いているよ」

 成実は、ダメ元で誘ってみた。


 「園芸部ね。検討しておくよ。そうか、それでクラスの連中が君のことを濃厚ガールって言っていたかが分かったよ」

 「全然嬉しくないあだ名だけどね」

 「花が好きなの?」

 「花だけじゃなくて、生き物も好きだよ。わたしにとって命は大事なものだから」

 「それじゃあ、そこの雑草の命はどうなの?」

 花壇の隅に積み上げられた雑草の束を指さした。


 「こうしないと花が咲かないから、気の毒だとは思うけどね」

 「それならヘビにカエル、ダニやゴキブリの命は?」

 「いじわるなこと言うね。好きではないけど、殺すようなことはしないよ」

 「悪かったよ。それでさ、僕に話があるんじゃないの?」

 凪が、切り出してきた。


 「なんで、そんなこと言うの?」

 成実は、心臓が口から飛び出しそうになるくらいに高鳴っていた。

 「だって、僕のこといつも見ているじゃないか。初めの内は気付かなかったけど、クラスの連中から言われて知ったんだ」

 「そんなことはないよ。気のせいじゃない」

 「ほんとに?」

 「ほんとだよ」

 何故か頑なに否定してしまった。

 

 「そうか、僕はそろそろ行くよ。そうそう」

 言いながら近付いて来た凪は

 「今夜の戦いもお互いにうまくやろうね」と言った。


 成実は、顔を上げたが、その時には凪の姿はどこにも無く、しばらくその場から動くことができなかった。

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