第8話 夜。
ゴーバインは、二足歩行で進んでいた。
一歩踏む度に発せられる巨大な足音は、戦いが終わって静けさを取り戻した街の隅々に響いていた。
スクランブル交差点で止まると、アスファルトの表面ごと下降していった。
地下通路を抜けると広大な施設が見えてきて、アスファルトの台座が床と合わさって停止すると、天井からバスケットの付いたアームが二本降りてきて、一本はゴーバインの頭部に、もう一本は腹部の前で止まり、ハッチを開けて機体から出てきた二人が入ると、鋼鉄の床まで運んでいった。
パイロットの運搬の作業が終わると、ハンドパーツの付いたアームが十数本出てきて、ゴーバインを固定し、五機に分離させて、専用ハンガーに運び、各機如の整備作業に入っていった。
「ここが現実ってどういう意味?」
成実は、食い入るように尋ねた。
「天野さんは、ここが夢だと思っているんだよね」
「そうよ。巨大ロボットなんて現実に存在するわけがないじゃない」
「この夢以外の夢を見ている時はどんな感覚か分かる?」
「なんというか感覚が曖昧で、どこかぼんやりしているというか」
言葉だけでは、いまいち説明できなかった。
「じゃあ、今の状態はどう?」
「しっかりしているわ。だからってここが現実だっていうの?」
「そう思ってもらえると助かるんだけど」
「無理に決まっているでしょ。こんな巨大ロボットに乗って、敵のロボットや怪獣と戦うなんて漫画チックな方が現実だなんて信じられるわけないじゃない」
「そうだよね。言っただけじゃわかってもらえない以上、実際に見せるしかないね。ただ、今日はもう遅いから明日にしよう」
「それじゃあ、約束が違うじゃない!」
語気を強めながら、凪に詰め寄った。
「実際の現場を見てもらう為だよ。明るいところで見た方が、信憑性も沸くからね」
「今夜は、ここに泊まれってこと?」
「そうだよ。安心して。ちゃんと寝泊りできる設備は揃っているから。それにここで寝て、目が覚めて自分の部屋ならこっちが夢ってことになるだろ。まあ最終確認ってやつだよ」
どこか冷めた口調で説明した。
「分かった。中原君の誘いに乗るわ」
凪に合わせることにした。いつまでもここで議論していても埒が明かないと思ったからだ。
「ありがとう。それじゃあ、休息室に案内するよ。付いてきて」
凪の後に付いて、格納庫を後にした。
外は通路になっていて、壁は格納庫と同じく全て鋼鉄で出来ていて、照明の光を受けて鈍い光を反射していた。
音が一切無いせいか、寒いわけでもないのに、ひんやりした気分になった。
「こっちだよ」
凪に言われるまま通路を歩いて行く。
「乗って」
通路の突き当りにあるエレベーターに乗った。定員数を絞っているのか、二人でいっぱいだった。
「何階まであるの?」
「軽く二百階はあるかな。なにしろ格納庫だけじゃなくて、武器庫とか生産工場とか色々な施設があるからね」
「外にも出られる?」
「一番上まで行けば出られるよ」
「時間かかりそうだね」
「ここのエレベーターは特別だから、あっという間だよ。ここで降りて」
エレベーターから出て、通路を歩いて自動ドアの前に案内された。
「ここが君の部屋だよ。好きに使っていいから。何か分からないことがあったら。ブレスレットで連絡して」
「わかった」
「僕は行くから。また明日」
凪は、背を向け、通路を歩いてエレベーターに乗っていった。
一人になった成実は、ドアのスイッチを押して中に入った。
部屋は、自室の二倍ほど広く、ベッドに浴場など、必要なものは一通り揃っていて、ちょっとした高級ホテル並みだった。
「まあ、悪くはないわね」
部屋の感想を言いながら、ベッドに腰掛けると、見た目以上の柔らかな感触が伝わってきた。
成実は、倒れるようにベッドに背中を乗せた。けっこうな勢いがあったので、ちょっとだけバウンドした。
「夢じゃないのかな・・・・・・」
小さく呟いた。
いつもなら戦いが終わった時点で途切れるのに、今はこうして休息室に居る。凪の言っていることが正しいと思えてきた。
「・・・・・・・そんなわけないよね」
体を起こし、制服を脱いで洗濯機に入れた後、シャワーを浴びた。
浴室から出て、クローゼットにある部屋着の中から気に入った服に着替え、食事をしようと冷蔵庫に行くとプラスチックの容器に包まれた簡易型の食事が入っていて、レンジ温めて食べた。味は悪くなかったが、母の食事には遠く及ばなかった。
洗濯が済んで乾燥させた後、やることもないので、ベッドに入った。
寝られなかった。
激戦を終えて疲れている筈なのに、全然眠気が起きなかったのだ。
成実はベッドから体を出し、部屋を出て、エレベーターに乗り、最下層の地下格納庫に入った。
格納庫内では、バインマシンの整備作業が続けられていて、無数のアームが役割に応じた作業を行い、様々な作業音を奏でていてた。
凪のノートで見た光景そのままだった。
こうした機械的な作業を見ていると、ゴーバインが夢の産物ではなく、本当に存在する機械のように思えてきた。
その一方で、人一人居ない無人の空間は、酷く冷たく物寂しい感じがした。
成実は、格納庫を出てエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
「もう着いたの?」
ボタンを押してから一分ほどで、エレベーターが止まったのだ。凪の言葉通りだったとはいえ、驚くことしかできなかった。
ドアが開き、ほんとに地上に来られたのか疑いながら出てみると、本当に外だった。
街は、無事だった建物の照明による明かりに包まれ、上を見上げると月と満点の星が輝いていた。
夢の中で見ている筈なのに、本当の星のようにと思えてきて、譲が生まれる前に家族で星を見に行ったことを思い出した。
思い出に浸りながら星を見ている中、凪はどうしているのだろうかと思い、連絡を取ろうとしたが、ブレスレットを部屋に置いたままにしていたことに気付いた。
ここでは捜しようもないので、エレベーターに乗って休息室に戻った。
「ここは夢なんだ。そうに決まっている」
電気を消し、ベッドに入って、天井を見ながら言った。巨大ロボットが存在する世界の方が現実だという凪の言葉を頭から否定しながら目を閉じた。
目が覚めた時、いつものように自分の部屋であることを願いながら。
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