第9話 現実。


 成実は目を覚ました。目の前に見えているのは、自室の天井ではなく、昨夜寝る為に入った休息室の天井だった。

 「夢じゃないの・・・・・・?」

 起きれば、いつもの通り自分の部屋だと思っていたのに、そうではなかったことに対して、驚愕とも絶望とも取れない複雑な気持ちになった。

 それからベッド脇のインターフォンが鳴っていることに気付き、この音で目が覚めたのだと分かった。

 「天野さん、起きている?」

 インターフォンを取ると、凪の声が聞こえてきた。

 

 「今起きたとこ」

 寝起き特有の鈍い声で返事をした。昨夜は、結局のところなかなか寝付けず、寝られたのは明け方近くだったのだ。

 「準備が整ったらこっちに来て、扉の外で待っているから。朝食も取れるような取っていいよ」

 「分かった」

 ベッドから出て、顔を洗い、着替えをして、簡易食で朝食を済ませて外へ出た。


 「おはよう。良く眠れた?」

 「まあね」

 寝れたのは事実だったので、このように返事をした。

 「見せたいものがあるって言っていたけど、何を見せてくれるの?」

 「この街の外の風景さ。小型飛行機で行くから付いてきて」

 「バイクやバインマシンじゃダメなの?」

 「バイクでは無理だし、バインマシンだと着陸場所が無いんだよ」

 凪と一緒に別のフロアへ行き、バインファイターよりも小さく装甲の継ぎ目跡さえ見えないシンプルな造りの小型飛行機に乗り、バインマシンと同じ要領で、地下格納庫から飛び出した。


 街の外に出ると、周囲を海で囲まれた島であることが分かった。

 「わたし達が戦っている街って島だったの?」

 「そうだよ。ゴーバインと敵が戦う為だけに用意された人工島で、地球上には存在しない島さ」

 成実は、小さくなっていく人工島を見ながら、自分はなんて状況に置かれているのかと頭を抱えたくなってきた。


 しばらく飛んで、見えてきた陸地に入って進んでいると、見慣れた風景が見えてきた。

 「ここって・・・・・・」

 「そう、君と僕の町だよ」

 返事をした凪は、成実の良く知っている場所に飛行機を着陸させた。学校の校庭である。

 「こんな所に止めて大丈夫なの? 大騒ぎになるわよ」

 「平気だよ。誰も騒いだりしないから」

 その言葉を裏付けるように、こんなとんでもない物が校庭に着陸したというのに、誰も出てこないどころか、教室の窓にも覗きこんでいる顔一つ見えなかった。


 「これはいったいどういうことなの?」

 あまりの無反応さと静けを前に、成実は言いようのない不安がこみ上げてきた。

 「今から分かるところに連れて行ってあげる」

 凪の後に付いて、校内に入った。

 校舎の中は無人であるかのような静寂に包まれていて、二人の歩く音以外、一切の音が存在しなかった。

 成実は、嫌な意味で心臓が高鳴り、その鼓動が増すごとに不安も大きくなっていった。


 「着いたよ」

 凪が連れてきたのは、成実の教室前だった。

 「ここに入ればいいの?」

 「そうすれば、夢じゃないってことが分かるから」

 凪は、見るかどうかの選択を成実に委ねるように、扉の前に立ったまま動かなかった。

 成実は、しばらくその場から動けなかった。教室の中にはとても恐ろしいものが待っていて、開けてしまえば、二度と戻れないような気がしたからだ。

 「やめるのなら今だよ」

 「見るわよ」

 凪の言葉に触発されるように、扉を開けて教室の中に入った。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに、これ?」

 成実が目にしたもの、それは机に伏したまま動かないクラスメイトだった。

 「わたしに見せたいものって、これなの?」

 教室に入ってきた凪に尋ねた。

 「そうだよ」

 「死んでいるの?」

 最悪の結果を口にした。

 「生きているよ。疑うのなら脈とか取ってみたら? 医者を目指しているのなら、どんな状態なのか分かる筈だよ」

 言われるまま香里に近付き、脈や体温を調べていったが、どれも正常で生きている状態となんら変わりはなかった。

 

 「これはいったい、どういうことなの?」

 「眠らされているのさ。表現としては保存の方が近いかな」

 「そんなの嘘よ。みんな、起きて~!」

 大声で叫んだが、その声に反応する者は一人もおらず、教室に虚しく響き渡るだけだった。

 「ねえ、起きてよ。香里~。これなにかの冗談かクラス全員でのドッキリかなにかなんでしょ?」

 香里にすがり付いて、呼びかけたが、反応は一切無く、揺すっている内に、机からずり落ちて、床に頭をぶつけたが、それでも両目は閉じられたままで、何の反応も見せなかった。


 「まだ、信じられない?」

 成実は、無言で首を横に振った。信じたくないという気持ちを表す言葉が見つからなかったのだ。

 「もっと確かな証拠を見せてあげる。付いてきて」

 凪に言われるまま連れてこられたのは、校舎裏だった。

 「ほら、見て」

 そこには複数の人間が倒れていて、近寄って見てみると、凪に暴力を振るい、自分に乱暴しようとした男達で、教室に居るクラスメイトと同じく寝ている状態にあった。

 「ようく見て」

 凪は、リーダーに近付くなり、右足でおもいっきり顔を蹴って、地面を転がしたが、香里と同じく無反応だった。

 

 「これはいったいどういうことなの?」

 「体内に入っているナノマシンが、この状態を維持させているのさ」

 リーダーの顔をこれみよがしに踏み付けながら説明した。その行為には明らかに、この間殴られた恨みが込められていると思えた。

 「そんなこと出来るわけがないわ。いったいどんな技術だっていうの?」

 「巨大ロボットに怪獣が居る世界なら可能だと思うけど」

 「あんなの空想の技術でしょ」

 「これを見てもそう言えるかな? ちょっと離れていて」

 凪は、ポケットから出したナイフで、リーダーの首元を斬ると、傷口から噴水のように鮮血が吹き出し、地面を赤く染めていった。

 

 あまりのことに奈美が悲鳴を上げる中、傷は映像を逆回しにしたかのように塞がって無傷の状態に戻っていった。

 「なんのトリックよ」

 「そう思うのなら調べてみるといいよ。トリックが無いことが分かるから」

 リーダーに近寄って首元に触れてみた。なんの痕跡もない綺麗なままで、念の為に手を首に当て脈を調べてみるたが、香里と同じく正常な反応しか返ってこなかった。

 その後、血の付いた地面を見ると、そのままになっていて、恐る恐る触れてみると生暖かくぬるぬるした感触が伝わってきた。

 「傷はナノマシンが再生させたんだ。この状態なら決して死ぬことはない。例え嵐や吹雪に合おうともね。どう、信じる気持ちになった?」

 凪の声は、とても冷徹な感じだった。

 

 「わたし達以外の人間はみんな、この状態なの?」

 「そうだよ。世界中の人間が同じ状態にあるのさ」

 その言葉を聞いた成実は、その場から駆け出し、凪の脇を通り過ぎて、学校から出て行った。

 それから無我夢中で走って、自分の家に向かい、玄関の前で呼吸を整えた後、中に入った。

 家の中は、学校と同じくとても静かで、嫌な予感に満ち溢れていた。

 「お母さん、居る?」

 この時間なら台所に居ると思われる母に声をかけた。

 普段通りなら学校に居る筈の娘の声を聞いて、驚いた顔を見せるのだが、なんの反応もなかった。


 そうして嫌な予感を抱きつつ台所に入ると、真紀は倒れていて、駆け寄って顔を見ると両目を閉じていた。

 「お母さん起きて! お願いだから起きてよ~!」

 どんなに大声を出して激しく揺すっても目を覚ますことはなく、香里やリーダーと同じく脈などを取ってみたが、同じ反応だった。

 「こんなの、こんなのやだよ~。夢なら覚めてよ~」

 成実は、寝ている母の側で涙を流した。自分以外の人間がなんらかの力で、眠らされているという異常な状況を前に、泣くことしかできなかったのだ。

 

 「そうだ。これなら・・・・・・・・・」

 成実は、台所にある包丁を手に取り、洗面所に行き、自身の左腕に軽く刃を当て、ゆっくりと引いていった。

 包丁を離すと、傷口から血が出てきたが、リーダーと違い再生することなく流れ続けた。成実は、呆然とした気持ちで、その光景を眺め、腕から落ちていく血が洗面所を赤く染めていった。

 「天野さん、何をしているの?!」

 駆け込んできた凪が、成実の状態を目にして絶叫した。

 「どうしよう。わたし、夢から覚めないよ・・・・・・・・・・・・・・・・」

 成実は、自分の状況を放置したまま、乾いた笑いを浮かべながら返事をした。

 

 「無茶なことをするね」

 凪が、成実の手当をしながら言った。医薬品は成実から教えてもらった場所から取ってきたのだ。

 「手当、うまいね」

 「一応戦場に身を置いているからね。多少の知識は持っているさ」

 「どうしてこういうことになったの?」

 「悪趣味な侵略者が来たんだ」

 「侵略者? 宇宙人ってこと?」

 「そうだよ」

 「その侵略者が、どうして人間を保存状態にしたの?」

 「さっきも言った通り奴等は悪趣味なのさ。人間を滅ぼしたり奴隷や家畜にするわけじゃなくて、眠った状態にしたまま、脳内では寝る前の記憶を継続させた仮想現実を見せることで、起きていると錯覚させて、どんな行動をするのか観察しているんだ」

 「なんで、そこまで知っているの?」

 「それは僕が世界の命運を背負っているからだよ」

 「急にヒーロー気取り?」

 皮肉を込めて言った。


 「ほんとのことさ。人類を眠らせて地球を手にした奴等は、人間の知識に興味を持つようになって、軍人や政治家を選んでどんなものか試していった後、僕が選ばれた。選考基準は巨大ロボットに付いての知識が深かいからだって言われたよ」

 「侵略者が巨大ロボットに興味を持ったの?」

 「奴等の概念には無いってことらしいよ。それで奴等が送り込んでくる敵ロボットを倒して、最後まで勝てば地球から出ていくと言われた。その特権として寝ている人間に鑑賞することができるんだ」

 「だから、わたしの仮想現実に出てきたんだ」

 「ただし、その代償として僕の存在は仮想現実では死んだことにされていて、干渉者以外には認識できないようにされているんだ」

 「そうだったんだ。それで、どうして私は選ばれたの?」

 肝心な点を質問した。


 「分からない。ゴーバインが完成した日に奴等がバインファイターのパイロットとして連れてきたんだ」

 「ねえ、そもそもゴーバインって誰が造ったの? 人間は全員寝ているんでしょ」

 「侵略者だよ。島も街も地下格納庫も全て奴等の技術で造ったもので、地球の技術は一切入ってないよ」

 「侵略者にお膳立てされたものだったの。それでいつから戦っているわけ?」 

 「もうすぐ一年になるかな」

 「じゃあ、わたしがこの一年経験してきたことは全部夢ってこと?」

 「そうなるね」

 「・・・・・・・・」

 凪の話を聞き続けた成実は、無言のまま頭を抱えてその場に座り込んだ。自分の置かれている状況を飲み込むことができなかったからだ。


 「辛いことになるって言っただろ。どうする世界を飛んで寝ている人間を見に行くかい? それとも夢に戻る? 記憶も断片的にできるからある程度気分は楽になると思うけど」

 しばらく成実の様子を見ていた凪からの提案だった。

 「冗談言わないで、嘘だと分かっている世界に戻ることなんてできるわけないでしょ」

 「なら、どうする?」

 「街へ戻して」

 「分かった」

 飛行機に乗って、街へ戻った。


 「一人にしてくれる」

 飛行機から降りた成実は、疲れ切ったように言った。

 「いいよ」

 凪は静かに言った。

 

 休息屋に戻った成実は、ベッドに座り込むなり、大泣きした。自分がこれまで経験してきたことが夢幻であったという事実を前に泣くことしかできなかったのだ。

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