第10話 街。

 成実は、勉強していた。


 椅子に座り、机の上に置ているぶ厚い医学書を見ながら、ノートにシャーペンを走らせている。

 勉強をしている場所は、自室でも休息室でもなく畳敷きの和室だった。

 広さは十畳ほどで、細かな造形の欄間、檜木の柱に丁重な掛け軸など、豪華な内装になっていた。

 しかし、勉強机にそこかしこに山と積まれている参考書といった不釣り合いな存在によって、豪華な雰囲気も台無しだった。


 「もうお昼か」

 一段落ついて机の上に置いてある時計を見ると、十二時を過ぎていた。

 「何か食べよう」

 椅子から体を離して、一階の台所に行って冷蔵庫を開けると空っぽだった。

 「食材切らしていたんだっけ。取ってこなくっちゃ」

 着ている服の裾を整え、靴を履いて玄関から出ると、そこは瓦屋根で和風造りの屋敷だった。


 真実を知らされてた日から数日が経ち、成実は人工島の中にある広い敷地のある和風の屋敷に住んでいた。

 一日目は基地の休息室でふさぎ込んでいたが、敵が来ない間はすることがなく、二日目には時間を持て余すのも勿体無いと考える始め、医者になる為の勉強をしようと思い立ち、地下基地を出て島内にある建物の中から住みやすそうなものを選んで、生活しているのである。

 凪からは、本当の家で生活しても構わないと言われた。敵が来た時にはバインファイターを急行させればいいという案を持ちかけられたが、死んだように寝ている家族と一つ屋根の下に居られるわけもなくきっぱり断った。

 

 その凪とは、ここ数日顔を合わせていない。

 会えばきついことを言ってしまいそうな気がしたので、成実からは会おうとしなかったのだ。

 ただし、絶縁状態というわけではなく、一日一回の割合で、ブレスレットの通信を通して安否確認を行っていた。

 屋敷を出て数分後、修復された街の中心に入っていた。

 一日や二日目は大きな損害箇所が見られたが、三日目にはそれらは全て消え去り、四日目には元通りに修復されていたのだ。修復作業を目にしたことはないが、凪の話だと夜中の内に行われているとのことだった。

 

 ゴーバインに乗っている時には日本の城に自由の女神など、大型の建築物にしか目がいかなかったが、それ以外の部分も世界中の物が集められていることが分かった。

 ただし、整理整頓されているわけではなく、一か所に幾つもの建物が乱雑に立ち並び、道路標識さえ異なる風景は、ごた混ぜという表現がピッタリで、侵略者を悪趣味と評していた凪の言葉にも納得がいった。

 

 成実は、日本で有名なマーケットに入った。

 中は照明、エレベーターにトイレなど、細部に至るまでまでぬかりなく再現されていた。

 真っ先に食料品コーナーへ行き、カートを手にして、必要な食材を片っ端から乗せていった。

 海外の食料市場を再現した場所もあったが、他国の食材の知識が無かったので、そこでの調達はしなかった。

 必要なものを取り終えると、レジを通すこともなく、袋に詰めて出て行った。

 この島には自分と凪しか居ないから、代金を払わずに店を出ることに対しても罪悪感は一切沸かなかった。まして敵である侵略者が造ったものとなれば尚更である。


 街には、食料はもちろんのこと服屋に本屋など、あらゆる店が揃っていて、そこからなにを取ろうとも、翌日には補充されていた。

 凪の話では、無くなった分はその日の内に再現という形で補充されるとのことだった。

 なので、自分の小遣いでは決して手の届かない参考書や服に家電などを片っ端から取っては屋敷に運んでいった。

 このように物資には事欠かなかったが、動植物は一切存在しなかった。

 鳥や虫を目にすることがないのはもちろんのこと、地面を掘ってみても、ミミズ一匹出てこないのだ。

 植物も同様で、木どころか雑草一本生えておらず、ここが人工的に造られた島であることを思い知らされた。


 屋敷に帰って、取ってきた食材を使って昼食を作った。医者として被災者を助けに行くこともあるだろうと思い、真紀から料理の手ほどきを受けていたので、調理に関してはなんの問題無かった。

 飲食店もあるが、人が居ない為、入っても意味は無かったのだ。

 出来上がった昼食を持って居間に行って食べた。侵略者が再現した食材ではあるが、調理すればきちんと食べることができた。

 外見だけでなく、中の成分までも完璧に再現できる辺り、変な意味で侵略者の技術に感心していた。

 食事は居間にあるTVで、ブルーレイを見ながら摂った。

 TVの電源は入るが、世界中の人間が眠りに付いているので、どのチャンネルも番組が放送されておらず、何か見ようと思ったらレンタル店で取ってきた映像ソフトを見るしかなかったのだ。映像ソフトも中身に関しては完璧に再現されていた。

 昼食が済むと、二階に戻って勉強を再開した。

  

 「もう夕方か」

 窓から差し込む光に赤味が増していることに気付いて時計を見ると、夕方の五時を指していた。

 成実は、ノートと参考書を閉じると机から離れ、屋敷を出て徒歩で、西側の砂浜に行った。

 砂浜に着くと、沈んでいく太陽によって、海は真っ赤に染まり、波が打ち寄せる砂浜に座ると、夜になるまで海を眺めていた。


 「天野さん」

 振り返ってみると、いつからそこに居たのか、バイクに乗ったままの凪が居た。

 「中原君」

 「何をしているの?」

 「海を見ているの。中原君こそどうしてここへ?」

 「コールしても返事が無いし、家に行っても居ないから、街中捜して、ようやく見つけたってわけさ」

 「そうだったんだ。ごめんね。心配かけて」

 「いいよ。それにしてもどうして海を見ているの?」

 バイクから降りた凪が、近寄りながら聞いてきた。

 

 「わたしの日課だよ。朝は東の砂浜に行って朝日を見て、夕方は西の砂浜に行って夕焼けを見るの」

 「海見るの好きなの?」

 「時間を感じられるからだよ」

 「時間?」

 「だって、ここで動いている生き物はわたしと中原君だけだから、こうでもしないと自分が今の時間を生きているって実感できないから・・・・・」

 話している内に、成実の目から涙が浮かんでいた。

 「天野さん」

 「ねえ、ほんとに元に戻るの?! みんな目を覚ますの?!」

 「戻るよ。僕等が勝ち続けれていればね」

 「分かった。それならやってくる敵を全部やっつけてやる!」

 成実は、態度を一変させて強い口調で、自身の決意を声に出した。

 

 言い終わるタイミングを待っていたかのように、ブレスレットが敵の襲来を知らせる警報が鳴らした。

 

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