第17話 真実。

 「母さんから聞いた通り、僕のオリジナルの中原凪は三年前に死んでいるんだ」

 「設定じゃなかったんだね。 じゃあ、今目の前に居る中原君はいったいなんなの、どうしてわたしと同年代の姿なのよ?」

 「死んだ直後、同士に回収されたナノマシンのデータから創られたんだよ」

 「ナノマシは実験が始まる前から人類に入っていたっていうの?」

 「同士が、地球が誕生した時点で監視しているって言っただろ。それはナノマシンが付けられているってことなんだよ」

 「それじゃあ、わたしにも」

 「地球に生きる動植物全てにだよ」

 「そんなことになっていたんだ・・・・・・」

 成実は、地面に両肘を付いて、頭を垂れた。

 

 「うふ、うふふふふ、あははははっ!」

 しばらくして、顔を上げた成実は、覇気のない声で笑った。

 

 凪も無体生命体も、その声に反応せず、傍観しているだけだった。

 「ほんとに茶番だ。ロボットも戦いの舞台もメインパイロットまで侵略者の造り物なんて、茶番もいいところだわ。なんの為の戦いなのよ。そうか、これ無体生命体の自己満足の為の実験なんだっけ」

 「そうだけど、僕の喜怒哀楽は本物だよ。さっきの喧嘩も含めてね」

 「そんなもの全部無体生命体に仕組まれたことでしょ。知識だけの生き物に人間の感情なんて理解できるわけないわ」

 「無体生命体に造られたのは事実だけど、今は別個の存在だよ」

 「そんな言葉、信じられるわけないでしょ」

 「だったら、このナイフで心臓を突き刺してみなよ。血が噴き出して死ぬから。同士は殺しようがないけど、僕は違うから」

 ポケットから出したナイフを差し出してきた。

 

 「そうやって命を軽々しく扱うところがおかしいっていうのよ」

 「君は命の大切さを知っているんだよね。中原凪も命の重さを知っているんだよ。天野さんとは逆の意味でね」

 「どういうこと?」

 「中原凪はね。”人を殺した”ことがあるんだ」

 凪の言葉に、成実は絶句した。

 

 「昔話をしようか。いじめに合う日々に耐えられくなった中原凪は、家から持って来た包丁でいじめっ子の主犯格を刺して即死させたんだ。それから警察に逮捕されて、いじめられていたことを考慮されて数年間少年院に入った後、監視付きの自宅謹慎って形で釈放されたんだ。巨大ロボットを拠り所に生きる日々の始まりってわけだよ」

 「ただ、引きこもっていたわけじゃないんだね」

 「謹慎から一年が経って家から出る許可が出て、外に出てみたら運悪くクラスメイトに会ってしまってね。自身に向けられた恐ろしい表情を前に耐えられなくなって家に戻るなり精神安定剤をありったけ飲んで意識不明になったんだ。それからはずっと寝た切りさ」

 「意識は戻らなかったの?」

 「ああ、ずっとそのままだった。そうして十年経ったところで、中原凪の臓器が適合する患者が出て、脳死と判断した上で臓器提供のサインをされたんだ」

 「誰が、そんなことをしたの?」

 「母さんだよ。けっこうあっさりだったな~」

 「ほんとに、晶子さんがそんなことをしたの?」

 「母さんもかなり疲れていてノイローゼ気味だったし、十年経っても起きそうになかったからね。父さんのこともあって、ドナー登録は眠る前に済ませていたから書類面では問題無かったし」

 「それで臓器はどうなったの?」

 「提供されていったよ。ここに一つあるしね」

 凪は、成実の胸を指さした。


 「・・・・・・・・・・・・・・・わたしの心臓、中原君のだったの?」

 胸に手を当てながら言った。

 「そういうこと」

 「嘘よ。これ以上騙されないわ。それとも確かな証拠でもあるの?」

 「母さんが、初対面の君を家に上げだろ。それがなによりの証拠だよ。普通いきなり訪ねてきた知らない子を家に入れると思うかい? きっと君が移植を受けた子だって分かったからだろうね」

 「そうだったんだ」

 初めて家に行った時に玄関で待たされた後、入る許可が出た理由が分かった気がした。

 

 「この姿になって地球に降りて、このことを知った時には驚いたよ。ドナー登録はしていたけど、本当に中原凪の臓器が他人に提供されているなんて思いもしなかったからね」

 「それで他の臓器は?」

 「胃袋と左右の腎臓が提供されていたよ」

 「ちょっと待って、全員合わせるとゴーバインのパイロットとして集められた人数になるよね。まさか・・・・・・・・」

 その先は怖くて言えなかった。

 「うん、そのまさかだよ。パイロットとして集められたのは、僕の”臓器が移植された人達だった”んだ。ゴーバインの合体には絆が必要って設定だったから丁度良かったよ」

 「そんなの・・・・そんなのってないよ・・・・・・・」

 「そんな悲しい顔しないで、中原凪は自分の体が誰かの命を救うことになって喜んでいるんだから、生きている間は誰の役に立てなかったからね」

 凪は、嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに言った。


 「それで天野成実よ。我々との話を続けるのか?」

 場を仕切り直すように、無体生命体が問いかけてきた。

 「少し一人にさせて」

 ふらふらと立ち上がった成実は、その場から去っていった。

 凪はその場に留まり、追いかけようとはなかった。


 凪から遠く離れたところで、適当な場所に座るなり両手で顔を覆った。

 あまりにも多くの衝撃的な事実を知らされた為に、頭の中がぐるぐる回り、正しく整理することができなかったのだ。

 考えれば考えるだけ頭は重くなり、それに合わせるように顔はどんどん下がっていて、こんなことなら話し合いなどしなければ良かったという後悔の念が込み上げてきた。

 

 後悔で全身が塗り潰されると、これから世界はどうなってしまうのかと思い始め、家族や香里など親しい人達の顔が次々に浮かんできて、心に残っている言葉が蘇ってきた。

 ”誰かの役に立てて嬉しく思っている”凪の顔と一緒に思い出された言葉だった。

 その言葉を感じた瞬間、心臓がこれまで以上に大きく波打った。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わたしは誰かの役に立てたのかな?」

 小さく呟いた後、自分はこれまで誰かの役に立ったのか? 何をしてきたのかと考えるようになった。凪の言葉と心臓の鼓動が成実の心情に大きな変化をもたらしたのである。


 「そうだ。まだ役に立っていない。それなら役立てなくちゃ、せっかくもらった命だもの」

 顔を上げ、立ち上がって歩き出した。

 道を進むの成実の顔には、先程の落ち込みも絶望も無かった。

 

 「天野さん、決心は付いた?」

 戻ってきた成実に、凪が問いかけた。


 「付いたわ。これから要求を言うから、しっかり聞いて」

 成実は、要求を言った。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る