第6話 部屋。

 「どうぞ」

 「ありがとうございます」

 成実は、女性からお茶を振舞われていた。


 女性は凪の実母で、中原晶子なかはらあきこという名前だった。

 息子の死を告げた晶子は、突然の訪問者である成実に対し、しばらく疑うような視線を浴びせ続けた。

 成実が、どうしていいのか分からず困惑していると、そのまま待つように言われ、少ししてから戻ってくると、家に入る許可を出し、居間に通されて、今の状態にあるというわけである。


 居間には、小さな仏壇があって、廊下や居間と違い、掃除が隅々まで行き届いている辺りに、晶子の思いの強さが見て取れた。

 その中に二つの遺影が置かれていて、一つは夢と学校で見る凪その人で、左隣には別の男性の遺影が置かれていた。

 その男性の顔は、どことなく凪に似ていた。

 「夫よ。いい人だったけど、臓器提供が必要なほどの重い病気になってね。結局、提供者が見つからなくて亡くなってしまったの。その後は女手一つであの子を育てたわ」

 晶子は、勝手に話し始めた。成実が聞きたがっていると思ったのだろう。

 「そうだったんですか、それで凪はどんなお子さんだったんですか?」

 少しの沈黙の後、晶子と会ってから気になっていた質問を切り出した。 


 「普通の子よ。どこにでも居る普通の子、まあ父親が病死してから、命に対して虚しさというか、儚さみたいなものを感じるようになったみたいだけど」

 「そんなことを思っていたんですか」

 学校で、命に付いて度々聞かれたことを思い出した。

 「だからって性格に問題があったわけじゃないけど、中学に入ってから酷いいじめを受けて、精神的ショックから学校に行けなくなってしまったの。傍に居てあげたかったけど、家計を支えないといけないから、あの子が傷付かないように学校を休学させて、家に居させることにしたのよ」

 一昨日校舎裏で見た光景が、脳裏をかすめた。

 「そうやって家に居る内に夢中になるものを見つけたあの子は、少しずつ元気になって笑えるようにもなったわ」

 「何に夢中になったんですか?」

 「巨大ロボットよ」

 成実の心臓が激しく波打った。全く予想していなかった場所で、良く知っているワードが出てきたからだ。


 「小さい頃から好きで、中学になる頃には見なくなっていたようだけど、録画していたビデオを見ている内に気持ちが再燃したって言っていたわ。それから巨大ロボット関連の仕事に就くんだって言って、自分の部屋に籠って何か色々とやっていたわね」

 「どんなことですか?」

 「部屋に行ってみる?」

 「いいんですか?」

 「構わないわ」

 居間から出て、隣の部屋に行った。


 「うわぁ・・・・・」

 部屋に入って、晶子が電気を付けると、そこには大量の玩具で溢れ、壁中にポスターが貼られているなど、部屋中が巨大ロボット一色に染まっていて、凪の思いの強さがそこかしこに刻まれていた。

 ここも仏壇と同じく綺麗になっていて、晶子の思いが感じられた。

 「おもちゃ、片付けないんですか?」

 「しまい方が分からないの。下手にしまって壊してしまうのも嫌だし」

 玩具から視線を外して机を見ると、一冊のノートが置かれていた。

 「このノートは?」

 「息子が色々と書き留めていたノートよ。アイディア帳みたいなものかしら」

 「見てもいいですか?」

 「いいわよ」

 許可を得て、ノートを開けた。


 「っ!」

 奈美は絶句した。

 ノートの見開きページに描かれていたのが、ゴーバインだったからだ。

 それからページをめくっていくと搭乗、操作、武器の使用方法など全て夢の中で見たものが綴られていて、見れば見るほど自分はいったいどんな状況に置かれているのかを混乱しそうになってきた。

 最後のページにはゴーバインに似たロボットが描かれていたが、所々が描きかけな上に名前も無く、何度も書き直したのか、消しゴムの跡も色濃く残っていた。

 「どうかしら?」

 「凄いですね」

 こう答えることしかできなかった。


 「あたしにはさっぱりだけど、歳が近いから分かるのかしら。女の子だから全然かと思ったけど」

 「わたしもよくは分からないですけど、熱意は感じられた気がしました」

 夢の中とはいえ、乗ったことがあると言えるわけもなかった。

 「でも、正直言うとくやしかったわ」

 「くやしい、ですか?」

 「そうよ。あの子は巨大ロボットに夢中になることで元気になったけど、その分部屋に閉じ籠る時間も増えて、私との会話は減っていった。朝と夜の挨拶に食事の時に二、三言話すだけよ。お腹を痛めて生んだ子を元気にしたのが、実の母親じゃなくて架空のロボットなんてくやしいじゃない」

 口調は落ち着いていたが、表情は険しく、内に秘めている激しい感情が読み取れた。

 「中原君の為に色々とやって上げたんですよね?」

 「やったわよ。あの子の頼みでレンタルビデオ屋に行って、巨大ロボットのDVD何本も借りて、その店を見尽くせば他の店にまで足を運んだわ!」

 晶子は、強い口調で言い切った。

 

 「す、すみません。出しゃばったこと言って」

 あまりの気迫に、成実は萎縮してしまった。

 「ああ、ごめんなさいね。初対面のあなたにこんな話しちゃって、息子の話するの久しぶりだったから、つい興奮しちゃって。もう遅いから帰りなさい」

 その言葉が遠回しのお引き取り要求であることは、表情を見れば明らかだった。

 「わかりました。あの・・・・・・・・」

 聞こうとして、言葉が詰まってしまった。聞いていいものかどうか判断できなくなったからだ。

 「息子の死因は事故死よ。久々に家を出た日に車に撥ねられて死んだの。即死だったわ」

 「そうですか」

 晶子に頭を下げて、家を出ると、大きなため息が漏れた。思いもよらない事実を知ることになったからだ。


 「天野さん」

 「きゃあ!」

 思わず悲鳴を上げてしまった。目の前に立っているのが凪だったからだ。

 「ごめん、驚かせるつもりは無かったんだ」

 「あの・・・・・・・・・」

 母親から聞いたことを思い出し、どう言葉を紡げばいいのか分からなかった。

 「話をしようか」

 凪は、優しい口調で提案した。


 二人が向かったのは、近くの公園で、敷地も狭く設置されている遊具も滑り台とブランコだけという寂しい造りだった。もう夜になりつつあるからか、誰も居なかった。

 成実達は、ブランコに乗って、話をすることになった。他に座れる場所も無かったからだ。

 「まさか、僕の家に行くとは思わなかったよ。そこまで行動力があるとは考えもしなかったな~。こんなことになら住所は適当にしておくんだった。生真面目さが仇なったね。それで、どこまで聞いたの?」

 成実は、家で聞かされたことを包み隠さず話した。


 「母さんには悪いことをしたと思っているよ。学校にも行かないで一日中ロボットアニメを見ていたから、息子として情けないと思うと言葉が出なくなったんだ。それと巨大ロボット関連の仕事に就きたいって気持ちはほんとだよ。ふさぎ込んでいた僕を立ち直らせてくれたから、その恩返しでもと思ってね」

 「そう、それでお母さんが死んでいるって言っていたけど、どういうことなの?」

 思い切って質問した。

 「聞いた通り、僕は、この世界では死んでいるんだ」

 「それがどういうことなのか、聞いているのよ。昨日の傷も無いし」

 「そういう設定だったね。すっかり忘れていた。それでほんとに聞きたい?」

 念を押すように聞き返してきた。

 「聞きたいわ。夢のことも含めて全部」

 はっきりと言った。


 「前に言ったよね。ゴーバインのことを夢だと思っているのなら、その方が幸せだって」

 「聞いたわ。けど、それならどうしてわたしの前に現れたの? 姿を見せなければ、こんなことを思うこともなかったわ」

 「君が僕をどう認識しているのかの確認だったんだけどね。分かった。こっちも色々とあるから次の戦いに勝ったら教えるよ。それでいいかな?」

 「いいわ。それで次の戦いはいつになるの?」

 「一週間以内に起こるよ」

 「分かったわ。それで明日から学校には来るの?」

 「あんなことをしたんだからもう行けないよ。僕には元々行く意味も無いからね」

 言葉とは裏腹に、少し寂しそうな表情をしていた。

 

 「ねえ、わたし帰ってもいいんだよね?」

 秘密を知ったので、無事に返してもらえないかもという気持ちから出た質問だった。

 「いいよ」

 「そう」

 成実は、安心した気持ちで、鞄を持ってブランコから立った。

 「じゃあ、次の戦いも頼むよ」

 「分かった」

 返事をして、公園から出ていく際に振り返ると、凪はまだブランコに座っていて、その後ろ姿はとても儚く見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る