第15話 喧嘩。

 「どうして戦場に来たの?」

 ゴーバインから脱出して、再開した凪から言われた言葉だった。

 「どうしてって、中原君を助ける為に決まっているじゃない」

 成実は、当然のことのように言い返した。

 

 「僕は助けてなんて言った覚えはないよ」

 「そんな言い方しなくてもいいじゃない」

 「言わせてもらうよ。もし、死んだらどうするつもりだなんだい?」

 いつになくきつい口調だった。

 「中原君は死んでも構わないっていうの?」

 「天野さんが死ぬよりはずっといいさ」

 「自分の命を粗末にするようなこと言わないで!」

 「そういう君は命の重さが分かるのかい?」

 「分かるわ。わたしは」

 「中学の時に心臓移植が必要な重い心臓病にかかって、ドナーが見つかった後、全国から集まった募金を資金にして海外で難しい心臓移植手術を受けたんだろ」

 成実の言葉を遮った上での言葉だった。

 

 「どうして、中原君がそのことを知っているの?」

 「記憶を消す前の君から聞いたんだ。仲間が初めて死んだ時にね。左胸の手術跡も見せてもらったよ。だから君は精神崩壊に追い込まれてしまったんだ。誰よりも命の大切さを知っている為にね」

 凪は、淡々とした口調で答えた。

 「だからって、中原君が死んでいいってことにはならいでしょ。それにゴーバインが負けたら人類はずっと眠らされたままなるのよ。それでいいっていうの?!」

 「いいんじゃないか、負けたとしても人類が滅ぼされるわけじゃないし。天野さんは、もう一度記憶を消した状態で仮想現実に戻してあげるよ。そうすれば、この一年で経験したことも消えず済んで生きていけるわけだし」

 凪は、それきり背中を向けてしまった。


 「きもい」

 「は?」

 「きもいって言ったのよ」

 「きもいって僕のことか?」

 「あんた以外に誰が居るのよ。自分で世界の命運を託されたとかカッコいいこと言っておいて、不利な状況になった途端、いじけてウジウジしだして、負けてもいいだの記憶を消せばいいだの勝手なことばかり言い出して、そんなのきもい奴の言うことじゃない!」

 「君に僕の何が分かる?」

 凪は声を荒げながら、成実に近寄ってきた。

 「分からないわよ。きもい男の言うことなんか! 何一つね!」

 自分の思っていることをはっきりと言葉にした。

 「目を開けてみたら地球は侵略されていて、侵略者から大好きな巨大ロボットくれてやるから実験台になれって言われて、集められた仲間が死んでいくロボットアニメごっこをやらされているんだぞ。しかも君とは違って記憶を消すこともできないんだ。その辛さが分かるかよ!」

 投げやりな口調だった。

 「そんなことを言っているから、あんたはきもいのよ!」

 凪の顔を、右拳でおもいっきり殴った。


 「今、殴ったのかい?」

 凪は、信じられないといった表情で、殴られた左頬を押さえながら言った。

 

 「それ以外のなんだっていうの?」

 「いきなり何するんだよ!」

 「うじうじしているから、気合入れてあげたのよ。学校でも好き放題殴られていたんだから、このくらい平気でしょ」

 「痛いに決まっているじゃないか」

 凪は手を上げ、成実を殴ろうとするも途中で止めて降ろした。

 「なによ、殴るのならちゃんと殴りなさいよ!」

 「女の子を殴れるわけないだろ!」

 「この根性無し!」

 それから成実は、何回も凪を殴っていった。

 「もう我慢できない」

 凪は、成実を殴った。


 「いった~い。ほんとに殴ったわね~」

 殴られた右頬を押さえながら言った。

 「君が殴れって言ったから、その通りにしただけだろ」

 「なら、お返しよ!」

 今までよりも力を込めて殴った。

 「君の方が多く殴っているだろうが!」

 二人は、殴り合いを続けている内にもつれ合い、地面を転がりながら互いを痛め付け合った。

 さっきまで巨大ロボットが激戦を繰り広げていた街の一画は、一人の少年と少女が己の感情を拳でもってぶつけ合うリングと化したのだった。


 「・・・・・・・・・・・・僕達、何をしているんだろうな」

 成実から離れて、地面に座り込んだ凪が言った。顔中、痣だらけだった。

 「ケンカよ」

 同じように、顔を腫らしている成実が返事をした。

 「こんな風に他人と本気でケンカしたのは初めてだよ。学校ではやられっぱなしだったし、母さんとはそれなりの関係だったから」

 「わたしもかな。弟とは歳が離れていたからケンカも無かったし、手術の後は家族同士何事も無いように接するようになっちゃったし」

 「そっか、何ま飲もう。喉がカラカラだ」

 「何があるの?」

 「なんでもあるよ」

 近くに見える半壊し、中身のこぼれた自販機を指さた。


 「何がいい?」

 「コーヒー」

 「はい」

 凪は、成実に自販機から拾った缶コーヒーを差し出し、自身はミルクティーを飲んだ。

 

 「中原君って、甘党なの?」

 「そうだよ。そういう天野さんは苦党なの?」

 「そうよ。中原君って、巨大ロボットが大好きなんだよね」

 「どうしたの、急に?」

 「家に行った時に見たノートの中身が物凄い情報量だったから、あれだけのことが書けるって、よっぽど好きなんだなと思って」

 「引きこもっていた時には、他にやることがなかったからね。母さんから聞いた通り、将来は巨大ロボット関連の仕事に就きたかったから。夢中で書いていたよ」

 「そういえば、最後のページはどうして書きかけだったの?」

 「あれは、ゴーバインの最終形態のデザインだったんだけど、どうすればいいのかデザインがまとまらなくって書きかけのままになっちゃったんだ」

 「完成させないの?」

 「この戦いが終わったら完成させようかな」

 凪は、遠くを見るような目をして言った。


 「なんで、ゴーバインって名前なの?」

 「今更聞くことかい? 散々乗ってきたのに」

 「今になって気になったんだもの」

 「五倍強いからだよ」

 「なにと?」

 「僕の好きだった巨大ロボットアニメの主役ロボット」

 「五倍強いからゴーバイン、あはははは!」

 成実は、顔を上げ腹を抱えて大笑いした。久々の心からの笑いだった。

 

 「笑うことないだろ。こっちだって色々と考えた結果なんだから」

 「ごめん、ごめん。ねえ、巨大ロボットの最終回ってどうなるの?」

 「見たことないの?」

 「全然興味無いから」

 「だいたいは主人公の大勝利で終わるけど、その際に主役ロボットが破壊されるパターンが多いね。後は色々な奇跡が起こって凄いパワーアップしたりするパターンもあるけど」

 「中原君」

 「なに?」

 「次で最終回にしよう」


 

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