第12話 家族。
成実は、ベッドで寝ていた。
寝ている場所は休息室でも屋敷でもなく、自分の部屋だった。
「夢・・・・・そんなわけないか」
夢であることを否定した。
これまでのように記憶が曖昧ではなく、ゴーバインに乗って戦うまでの詳細な経緯に加え、人工島で過ごした数日間のこともしっかり覚えているからだ。
「左腕もある」
敵ロボットの攻撃で削ぎ落とされた左半身に顔を向けてみると、傷一つ無い上に左腕もしっかりとあって、支障なく動かすことができた。
「あの傷も無いか」
現実世界で自身の手によって付けた傷も見当たらないことから、ここが仮想現実であると確信することができた。
「中原君、これはいったいどういうこと? 元の世界に戻して! 聞いているの?!」
ベッドから起きるなり、天井に向かって叫んだ。現実世界で寝ている自分に干渉しているであろう凪に呼びかけるつもりで大声を出してみたが、なんの変化も起きなかった。
「成実、大丈夫?!」
真紀が、ノックも無しに入ってきた。
「お母さん、どうしたの?」
思いがけない母の登場に、きょとんとした表情で問いかけた。
「どうしたのじゃないわよ。朝から大声出すんだもの、何かあったんじゃないかってすっ飛んでも来るわよ」
真紀は、呆れ顔で言い返してきた。
「朝・・・・・・なんだ」
窓を見ると朝日が差し込んでいて、自分はパジャマを着ていることに今更ながら気付いた。
「ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
成実は、素っ気ない態度で返事をした。
ここが仮想現実だと思うと、目の前で話している母が、良く出来た人形が喋っているようにしか見えなかったからだ。
「何もないなら、着替えて降りてきなさい」
「はい」
冷めた声で返事をした後、制服に着替え、一階に降りていった。
食卓にはいつものように朝食が用意されていて、どれも出来立てならではの湯気を上げていたが、成実は食欲が沸かなかった。
母と同じく、とても良く出来た食品サンプルにしか見えなかったのだ。
「いってきます」
食べる気になれないので、家から出ることにした。
「朝ご飯食べないの?」
「いらない」
顔を向けずに返事をした。食べなくても死にはしないと知っているからだ。
玄関へ行く途中に譲と出くわしたが挨拶もせず、仁と会うも何も言わずに靴を履いて出て行った。
いつもの時間よりも早く家を出たので、香里に会うこともなく一人で登校した。
通学路を歩いている中、人、動物、車といった動いているものを目にしていったが、現実世界ではどれも動きを止めているので、舞台かなにかの演出にしか感じなかった。
「ちょっと、どうして一人で登校しちゃうのよ。姿が見えないからいつもの場所でギリギリまで待っていて、それでも来ないから家に行ってみたら、おばさんから先に言ったって聞かされた時にはびっくりしたよ。どういうことか説明して」
自分の席に座って空を見ている中、教室に入ってきた香里から文句を言われた。
「今日は一人で行きたい気分だっただけ」
「それならスマホでメールくらい送りなさいよ。待っていたあたしがバカみたいじゃない」
成実は、何も言わずそっぽを向いていた。本来なら謝罪するべきなのだが、仮想現実の人間かと思うと、そんな気持ちも失せてしまうのだった。
成実は、席から立った。
「どこへ行くの? もうすぐHR始まるわよ」
「ちょっと憂さ晴らしをしてくるわ」
「なに、それ?」
「わたし、今とってもむしゃくしゃしているの」
そう言って教室から出て行った成実は、トイレへ行くとバケツ二つに水を入れた後、校舎から出て、ある場所へ向かった。
成実が向かったのは、体育館裏で、そこにはタバコを吸っている集団が居た。
「あんた達」
成実の登場に、リーダーは動じなかったが、取り巻きの何人かは怯えた表情を見せた。凪にされたことがよほどショックだったのだろう。
「やっぱり、くだらないことをしているのね」
「余計なお世話だ。とっとと失せろ」
返事をせず、リーダーの頭に水をぶっかけた。
「てめえ~なにしやがる!」
リーダーは立ち上がって、成実に近付いてきた。
「わあ~!」
成実は、逃げることなく大声を出した。
その突然の行動に、誰もが目を丸くして動かなくなった。
「だからくだらないって言ってんのよ! まったくこんな暗くと誰も見てないころでタバコなんか吸って恥ずかしくないの?! 吸うのなら表で堂々と吸ってみなさいよ! そんな度胸もないんでしょ。ほんと情けないったらないわ」
「いい気になってんなよ。あいつ居ねえみたいだからぶちのめしてやる」
「前にも言ったと思うけど、あんた達なんか怖くもなんともないんだから。それともエッチなことでもする? やれるもんならやんなさいよ!」
言って、自分から上着のボタンを外して見せた。
その行動を前にして、男達は不気味なものを見るように表情を引きつらせたまま逃げていき、リーダーと二人切りになった。
「俺が言うのもなんだが、お前相当ヤバいぞ」
そう言った後、リーダーは、その場から居なくなった。
「そんなこと、言われなくても分かっているわよ」
成実一人になったが、前の時とは異なり、震えることもなく涙も出なかった。
「成実、なにをしているの?」
振り返ってみると、血相を変えた香里が立っていた。
「別になんでもないわよ」
「なんでもって、その恰好で言える?」
香里の言葉を耳にして、ボタンを外したまま立っていることに気付いた。
「どうして、ここに居るの?」
「あんたが心配だから捜していたのよ」
「そう」
言いながらボタンを閉めていった。
「ほら、教室に戻ろ」
連れて行こうと手を伸ばしてきた。
「触らないで」
乱暴に払った。
「成実、ほんとにどうしたの。今日変だよ」
「わたし帰るから」
「だって、まだHR始まってばかりだよ」
「ほっといて!」
踵を返し、無言で立っている香里の脇を通り、そのまま学校から出て行った。
「学校はどうしたの?」
家に入ってそうそうに真紀と出くわした。
「さぼり」
ほんとのことを口にした。
「さぼりって、なにやってんのよ。そんなことしていいわけないでしょ」
「いいのよ。どうせ、なにをしようと意味はなんだから」
返事をして、部屋に向かった。
入るなり、ベッドに横になった。
部屋をめちゃくちゃにしてやろうとも思ったが、仮想現実で何をしても意味が無いと思い、何もしなかったのだ。
部屋のドアをノックする音を耳にしても無視した。話すことなどなかったからだ。
どのくらい時間が経ったのか、ノックする音が再開された。無視していたが、一向に止む気配は無かった。
「うるさいって、譲じゃない」
我慢の限界が来て、ドアを開けると立っていたのは真紀ではなく譲だった。
「どうしたの? 暗い顔して」
いつもの譲からは考えられないほど暗い表情を浮かべていた。
「姉ちゃん、その・・・・・・大丈夫なのか?」
声を震わせながわら聞いてきた。
「なんともないわよ」
真紀の時と同じく冷めた態度を取った。目の前に居る弟も虚像でしかないと思ったからだ。
「ほんとか?」
「ほんとよ。へぇ~あんたお姉ちゃんのこと心配してるんだ」
わざと意地悪な言い方をした。
「当たり前だろ!」
譲は、抑え込んでいたものを吐き出すように大声で言い返してきた。
「大声出さなくてもいいでしょ。びっくりするじゃない」
あまりの予想外な反応に、驚くことしかできなかった。
「だって、前の時もそうだったんだぞ! 元気だったのに急に倒れて、それからずっと寝た切りになって父さんも母さんも大丈夫だって言っていたけど、全然そんな風に見えなくてすぐに嘘だって分かった」
「あの時はほんと突然だったよね」
成実は目を閉じて、その時のことを思い出しながら言った。
「俺、ガキだったからなんにも教えもらえなかったけど、ほんとに姉ちゃん死んじゃうんじゃないかって気がした。そう思ったらじいちゃんやばあちゃんが死んだ時とは違った意味で悲しくなって、どうしたらいいか分からなくて」
「そんな思いをさせていたんだね。知らなかったよ」
「寝た切りだったんだから分かるわけないだろ。それで大きな手術してもなかなか元気にならなくて、いつもの声で名前呼ばれた時にやっともう大丈夫だって思えたんだ。だから、またあんな思いするのかと思うと俺・・・俺・・・・・・」
譲は、泣き出し、話すことができなくなった。気持ちが先行して、言葉を整理できなくなったのだろう。
「ごめんね。心配かけて、けどもう大丈夫だから」
譲の頭を優しく撫でながら言った。虚像とはいえ、現実の譲が抱えているかもしれない気持ちを聞くことができて嬉しくなったのだ。
「ガキ扱いすんな」
半べそをかきながら反論してきた。
「そういうことは彼女を連れてきてからいいなさい」
「絶対に姉ちゃんよりも可愛い女連れて来てやるよ」
「楽しみにしているわ」
言いたいことを言えたのか、譲は涙を拭きながら自分の部屋に入って行った。
成実は、部屋には戻らず、一階に降りて居間に行った。
そこには真紀が居た。
「お母さん」
これまでの酷い態度から、少し遠慮がちに声をかけた。
「落ち着いた?」
「ごめんね。酷いことばかり言って」
素直に謝った。
「いいのよ。あんたの年頃には自分の気持ちを整理できない時もあるから。あたしもそんな時期があったし」
「それとさ、やっぱりあの時のことで心配している?」
「そりゃあ、娘が生死を彷徨うほどの大病を患ったんですもの、心配するなって方が無理よ」
「うん、そうだよね。お腹空ちゃった。何か食べたい」
「何食べたい? どんなリクエストにも応えるわよ」
腕まくりして、料理の腕前をアピールした。それから出された料理を全部食べた。虚構とはいえ、やはりおいしく感じられた。
「虚像でも、わたしのことを気にかけているんだよね」
部屋に戻って、再度ベッドに寝転がりながら呟いた。
譲と真紀の本音かもしれない言葉を聞いて、仮想現実に対する心情に変化が生じたからだ。
それならもう一人気持ちを確認したい家族が居たが、家に帰ってくるまで時間があるので、その間何をすればいいのか考えた。
勉強する気にはなれなかったし、だからといって、このまま部屋でダラダラ過ごすのは勿体無い気がした。
しばらくして制服のまま部屋を出た。仮想現実に居るのなら、そこでしかできないことをやっておこうと思ったのだ。
「ちょっと、出かけてくる」
居間に居る真紀に声をかけて、家を出た成実は、ある場所へ向かった。
凪の家だった。この時間に晶子が居るかどうかは分からないが、とりあえずチャイムを押してみた。
「あなた、この間の」
玄関が開いて、顔を見せた晶子は意外そうな顔をしていた。また来るとは思っていなかったのだろう。
「晶子さん、こんにちは」
「今日は、どうしたの?」
初対面の時ほどではないが、やはり警戒しているらしく、険しい表情を浮かべている。
「この間、お線香を上げるのを忘れていたので」
中へ入る為の嘘をついた。
「そういえば、そうだったわね。私も気付かなくてごめんなさい」
成実の言葉に警戒心が解けたのか、仏間に上げ、線香を上げさせてくれた。
現実世界で生きている凪と接しているだけに妙な気分になったが、言った手前上げないわけにはいかなかった。
「線香を上げる為だけにもう一度来るなんて驚いたわ」
「確認も取らず突然お邪魔してすいませんでした」
「別に怒っているわけじゃないのよ。あの子にもあなたみたいに思ってくれる人が居たことに驚いただけだから、生きていたら喜んだだろうに。そうそう今日はお茶飲んでいってね。前に来た時にはそのままになっていたから」
「忘れていました。それじゃあ、いただきます」
勧められるまま、お茶を飲んだ。味はそれほど悪くはなかった。
「あの、もう一度息子さんの部屋を見せてもらってもいいですか?」
「いいわよ」
気を良くしたように部屋に入れてくれた。
改めて見ても凄い内装であったが、凪の心情を知った上で見ると、多少ながらも思いの強さを感じることができ、ノートの一ページ一ページに書かれている情報量の多さも熱意の表れだと思えた。
「息子さんのことをどう思っていますか?」
ノートを閉じ、一番聞きたかったことを尋ねた。
「そうね。やっぱり生きていて欲しかったわね。辛いこともたくさんあっただろうけど、生きていれば小さな幸せでも得られたかもしれないし」
「そうですか」
「あなたは、あの子の分まで生きて幸せになってちょうだい」
「はい」
晶子に礼を言って家を出て、自分の家に戻った。
「お父さん」
家に戻って、玄関を開けると仁と出くわした。
「成実、今日はびっくりしたぞ。いきなりあんな態度取るから」
仁は、不安そうな表情を浮かべながら言った。
「ごめんなさい、心配かけて。でも、この通りもう全然平気だから」
両手をぶんぶん振って、快調ぶりをアピールして見せた。
「そうか、良かった」
「ねえ、話があるんだけど」
「それなら書斎に行こう」
書斎は、大半が本で埋まっていたが、二人分座れるスペースはあったので、仁と向かい合わせに座った。
「それで話って」
「わたしが死んだらどうする?」
聞きたいと思っていたことを口にした。
「おいおい、いきりなだな。お父さんの心臓飛び出させる気か?」
「どうなの?」
「分からないし、考えたくもない。お前が重病になって死ぬかもしれないって言われた時は目の前が真っ暗になってなにも考えられなかった。今でももしお前があの時死んでいたらなんて考えただけでおかしな気分になるよ」
「そうか、あの時は、そんなことを考えていたんだね」
「だから、もう死ぬなんて絶対に言わないでくれ」
「分かった。言わないよ」
それから家族全員で夕食を取り、何日かぶりの団欒を楽しんだ。仮想とはいえ、家族に代わりはないと思うことにしたのだ。
自分の部屋に戻って、スマホで香里に今日のことを謝罪した後、眠りに付いた。目が覚めたらどちらの世界に居るのかを考えながら。
「まだ仮想現実なんだ」
目を開けると、自分の部屋だった。
悲観にくれることもなく、学校へ行く準備をして、家族と朝食を摂り、香里と一緒に登校した。
それから数日間、仮想現実で過ごすことになった。
自分では現実世界に戻る術を知らないので、そうするしかなかったからだ。
戻れない以上、無駄に足掻いても意味が無いと思い、これまで通りの日常生活を送ることにした。現実世界で目覚める前から行なっていたことなので、問題は無かった。
例の集団とは、校舎で何回か鉢合わせしたが、何も言わず何もしてこなかった。
そうした日々の中、現実世界もこの生活を取り戻すべきだという思いを抱くようになった。
「ここは?」
「目が覚めたんだね」
自分の顔を覗き込んでいる凪を見て、現実世界であるとが分かった。
「どうして、仮想現実に戻したの?」
「治療の為だよ。その間は眠らせるしかないから意識を保たせる為に仮想現実に送っていたんだよ」
「どうして、記憶が消えていなかったの?」
「消す暇がなかったんだ。すぐに治療に入らないといけなかったから。とにかく生きてくれて良かった。後少し遅かったら死ぬかもしれない状況だったから」
「自分で見ても酷い状態だったしね。これも侵略者の技術?」
元通りになっている左腕を動かし、右手で左脇腹をさすりながら言った。
「そうだよ」
「相変わらず凄い技術だよね」
皮肉を込めて言った。
「やっぱり僕はダメだな」
凪は、背を向けるなり、弱気なことを言い出した。
「急にどうしたの?」
「また、仲間を死なせてしまうところだった」
「またって、どういう意味よ」
「僕等はね、本当は五人一組のチームだったんだ」
「ゴーバインはわたしと中原君だけで操縦しているんじゃないの?」
初めて聞く言葉に耳を疑った。
「バインマシンがなんで五機あると思う? その内の三機がどうして自動操縦になっているんだい?」
「そういえばそうね」
指摘されて初めて気づいた。
「それなら他のチームメイトはどうしたの?」
「これまでの戦いで死んでしまったよ」
「死ぬってどういうこと? わたし達の戦いって侵略者の実験なんでしょ」
「侵略者の実験といっても本当の戦いなんだ。誰も死なずに済むなんて都合のいい展開になるわけないだろ。僕等はいいチームだった。初めはぎこちなかったけど戦いを通じて結束を深めていったんんだ。だけど戦いが激しくなる内に一人、また一人と死んでいって、三人目の犠牲者が出た時に全てが変わってしまった」
「どうして、そんなことになったの?」
「三人目はね、女の子だったんだ。そして君の親友で、僕の好きな子でもあったんだよ」
「怪獣と戦う前に好きな子が居るって言っていたけど、本当に居たのね」
「その子はバインウィングのパイロットだった。ゴーバインはバインウィングを装着した姿が基本形態なんだけど、あの子が死んだ後、基本仕様から外したんだ。あの子が死んだ時のことを思い出してしまうから」
凪の目には若干の涙が浮かんでいた。
「全部初めて聞くことばかりだよ」
「当然だよ。君は度重なる仲間の死に耐えられなくなって、精神崩壊を起こしたんだから。そこで、ここに集められてから三人目の犠牲者が出るまでの記憶を消して、ゴーバインに乗る時以外は仮想現実に行かせることで精神のバランスを保っていたんだ」
「そうか、だからわたしは、夢の中ではなんの問題もなくゴーバインの操縦ができて、起きると記憶が曖昧になっていたのね」
「操縦方法だけは消さないように、うまく操作したからね」
凪は、渋々といった感じで説明した。
「それならどうしてずっと同じ状態にしなかったの? 戦わせたいだけなら仮想現実に来なくてもよかったじゃない」
「仮想現実に行ったのは、リハビリとテストを兼ねていたんだ。僕を直に見ても記憶を思い出して発狂しないかどうかね」
「結果は?」
「問題無しと判断したよ。だから、質問に応える形で現実に戻したんだ。どの道、あのままだと現実と仮想とのバランスが取れなくなっただろうし」
「それであんな手の込んだことをしたのね」
「次は僕一人で戦う」
凪は、決心したように重い声で言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます