「ディストピアのおける幸福」の追求

 管理社会に生きる人間が外乱の影響で現状に違和感を持ち始める。話自体はディストピア小説の王道展開です。そしてこれまたディストピア小説の王道として、その過程には言い知れぬ不安感がつきまといます。このままで終わるわけがない。必ず何かあるはず。その予感は最後、的中します。

 しかしこの小説が独特なのはここから。不安は的中するのですが、その結末は解釈の難しいものになります。作中で何度もコンピューターが問いかけてくるように「幸福」と言ってよいものなのか、あるいはそうではないのか。ディストピア小説は「人間にとって幸福とは何か」というテーマを本質的に絶対避けられないのですが、本作は「ディストピアにとって幸福とは何か」という領域まで踏み込んでおり、ゆえに明確な答えを出すのが難しい。ただ主人公の少年が「幸福」であることを願うしかない。そういう小説です。

 ネタバレなしで魅力を語るのは難しいので、とりあえず読んで下さい。ディストピア世界の無機質さと外乱として登場した少女の快活さも良く書けている、味のあるSF小説です。

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