ディストピアから愛を込めて
うみ
第1話 はい。僕は幸福です
争いのない世界、競争のない世界、みんなが幸せに労働し、平等に生きていける社会……そんな社会。
しかし、そこに住む僕には不満がある。
争いを生まないよう、競争が排除された徹底的に管理された社会――
――ほら、いつもの声がする。
「おはようございます。
毎朝八時ちょうどに一分一秒ずれることなく、僕の携帯端末からコンピューターの呼びかけ。
「はい。僕は幸福です。コンピューター」
僕はコンピューターの声に答える。
「馬場健二、幸福は義務です」
毎朝繰り返される、コンピューターとのやり取り。
中学校に通うようになってから、コンピューターは朝晩二回こうして僕に幸福か聞いて来る。
まだまだ寝ていたいところだけど、幸福な市民たる僕が遅刻するわけにはいかない。
僕は装飾の一切ない真っ白いシーツが敷かれたパイプベットで寝転んでいたんだけど……起きないといけない僕はシーツを振り払い座る。そして、両手を伸ばし軽く伸びをする。
起き上がると柔らかい光が僕を包み込み、ベット向かいのディスプレイが点灯し今朝の体調を読み上げてくる。
ディスプレイには「馬場健二 健康」だけ表示されている。
僕の部屋はワンルームで、部屋にはパイプベット、勉強机、ディスプレイ以外の家具はない。
靴は二足、服は四着。
これらは老若男女全て部屋にあるもので、部屋の広さも誰でも同じだ。もし娯楽で必要な道具があったら、注文すればすぐに手に入る。
僕の住むこの建物には、年齢性別もバラバラの男女二百名が住んでいて、僕と同じ高校二年生も数名住んでいる。
部屋から出ると、ちょうど隣の部屋に住む友人が出てきたところだった。友人の名前は
彼は僕と違って娯楽時間で様々な服を入手したり、髪型をいじったりとそんな趣味を持つやつだった。
背は百七十くらいと平均的であるけれども、筋肉質な体を持つ鋭い顔つきの青年だ。
でも彼がかっこいいか悪いのか、僕にはわからない。
「おはよう」
僕は軽く手を上げ友人に挨拶をした。
「おはよう。健二。今日から二年だなあ」
見た目に見合わず高い声で友人も僕に挨拶を返す。
そう、今日から僕も高校二年生だ。今日からしばらく担当の一年生に高校生活についてオリエンテーションをする必要があるのだ。
上手くできるのか不安で、昨日はよく眠れなかった……わけではないけどね。
僕の住むこの建物は、一階にエントランス、二階から十一階にそれぞれ二十部屋あり、エレベーターは左右に二つある。
僕は八階に住んでいるので、部屋の窓からは中央広場の時計塔が見える。建物の周辺にも同じような形の建物が並んでいて、この一帯は市民居住区という扱いだ。
僕の住む建物を出て、まっすぐ十分ほど歩くと中央広場だ。中央広場には居住区の建物の二倍ほどの高さがある時計塔がある。
時計塔は武骨な鉄筋を組み上げ、上部に巨大な時計と時計の下に本日の人口を表示する電工掲示板がついている。
今日の人口は265002人らしい。昨日は何人だったかな……
まあいい。市民の健康と寿命は完全に管理され、僕たちは細胞分裂の限界といわれる102年5か月間健康に生きることができる。
昔は病気や老化というものがあったらしいが、僕たちの時代ではそれは克服されている。
人間は三十歳を過ぎると成長が止まり、以後見た目に変化はないので、三十歳以上の人はいま何歳なのか見た目からはわからなくなっている。
病気や老化のない、食べるに困らない、争いのない世界、コンピューターによって完全に管理された社会。
そして、コンピューターは毎日問いかけるのだ。「馬場健二、あなたは幸福ですか?」と。
もちろん僕は幸福ですと答えるのだが、幸福じゃないと答えたらどうなるかはわからない。
争いも競争もなく、誰もが飢えず、同じ時間労働をし、同じ時間娯楽を楽しみ、同じ時間睡眠を取る。
しかし、それが僕には不満なのだ。
学校では徹底的に競争を避ける教育が行われる。隣が見えない短距離走、成績は他人に知られないよう徹底される。他人と比べることは競争につながり、争いにつながるという理屈だ。
僕は励ましあいながら長距離走を走りたいし、勉強も友人と語らいあいながらでも進めたい。
誰も競争しないことに不満どころか疑問も感じていないのだ。
考え事をしているといつの間にか校門が見えてきた。
「じゃあね、優」
「おう。また後でなー」
校門で分かれた僕たちは指定された教室に向かう。普段は個室でそれぞれ授業を受けるのだが、今日からしばらくは一年生と同じ部屋になる。
校門を抜けると、居住区と同じ形の建物がいくつも並んでいる。この建物は居住区と違い高さが五階までとなっている。
建物は授業のための個室棟が二、体育のための体育棟、娯楽用の娯楽棟が二だ。
僕は携帯端末を操作し、本日行くべき部屋を確認しておくことにする。
んー、名前は
少し変わった性格……なんだこれは。少し不安に思うものの、さして気にもせず僕は個室棟へ向かった。
◇◇◇◇◇
個室棟に入った僕は先に来ていた会う予定の一年生――長いストレートの髪をした市松人形のような少女が目に入る。彼女がきっと倉橋茜だろう。
しかし、顔のつくりだけでなく前髪を真っすぐに切りそろえているから僕は市松人形のようだと思ったのだろう。
「はじめまして。馬場健二です。今日からしばらく君の指導を行うことになりました」
僕は事務的に目の前の倉崎茜にそう言った。
「は、はじめまして。く、倉崎茜? です」
目の前の倉崎茜はなぜか自分の名前を言いよどんでいた。少し変わった性格と書いていたし、こういうところが変わったところなのだろうか。
「今日から君は高校生になったわけで、中学生までと違って授業時間、情操時間、睡眠時間から授業時間、娯楽時間、睡眠時間のスケジュールに変わる」
昨日頑張って覚えたセリフを言いよどむことなくうまく言えて満足する僕。
「えっと・・・娯楽?」
「娯楽時間は情操時間と違って、自由に好きなことができる時間だね。高校生なら娯楽棟にたいがいの娯楽施設は揃っているよ。学生の週末は終日娯楽時間になるから、学生が終わるまでは自由時間がとても長くなるんだよ」
学校が休みの週末についても聞かれる前に言っておく。まだ顔がハテナな倉崎茜だったので、さらに説明することにした。
「娯楽時間は競争すること以外だったら、たいがいのものは揃っているよ。デザートを食べるもよし、プールで泳ぐもよし、歌うもよし、高校生に人気なのは――」
わざとそこで言葉を切る。倉崎茜が聞いているかの確認だ。少し変わった性格らしいから慎重に行こうと思う。二度手間はめんどうだからね。
「人気なのは何でしょうか?」
お、ちゃんと聞いているようだな。じゃあ続きを伝えよう。
「性行為だね」
一瞬固まる倉崎茜。すると、みるみる顔が真っ赤になっていく。
「どうしたんだい?」
「ど、どうしたもこうしたも、せ、せ」
「性行為はコンピュータも推奨している行為だよ。男女は娯楽時間を使って自由に性行為を行うことができる。お互い満足感を得られると聞いているよ」
性行為に何を恥ずかしがるのかわからないが、倉崎茜は恥ずかしいらしい。
「落ち着かないなら、パイルを飲むといいよ」
そう言いながら僕は学生カバンから真っ赤な缶ジュースを取り出し彼女に掲げてみせた。
「け、結構です」
まだ落ち着かないのか彼女はあえぐようにそう言った。
パイルを飲めばすぐ落ち着くのに、変わった女の子だなほんと。
これが僕と少し変わった少女倉崎茜との出会いであった。
このときはまだ少し変わった少女程度に思っていた僕も、彼女にオリエンテーションを行ううちに、少しどころではないと考えを改める。
僕もこの世界に不満を持っている変わり者だが、彼女の変わりっぷりは僕の想像のはるか上をいっていたのだ。
そう、まるで彼女はこの世界の人間ではないかのように。
※2017/9/26修正
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