第2話 とりあえず脱ぐ
――健二の自室
「おはようございます。馬場健二、あなたは幸福ですか?」
毎朝八時ちょうどに一分一秒ずれることなく、僕の携帯端末からコンピュータが呼びかける。
「はい。僕は幸福です。コンピューター」
僕はコンピューターの声にいつものように応じる。
「馬場健二、幸福は義務です」
あれから四日がたった。今日登校すれば休日となる。
僕は学校へ行く準備を終えて外に出ると、毎日会う友人の優と今日も同じ場所……自宅の扉を出たところで出会う。
「おはよう」
僕はがっちりとした体格の友人に今日も変わらぬ挨拶をする。
「おはよう。健二」
僕の住む建物を出て、まっすぐ十分ほど歩くと中央広場だ。中央広場には居住区の建物の二倍ほどの高さがある時計塔がある。
時計塔は武骨な鉄筋を組み上げ、上部に巨大な時計と時計の下に本日の人口を表示する電工掲示板がついている。
今日の人口は265002人らしい。昨日は何人だったかな……
僕は昨日も一昨日も同じことを考えていた気がする。
それはともかくとして、倉橋茜だ。彼女の変わりっぷりは僕の想像を絶している。どうしてこうなのか分からないけど、そんな彼女だから、行うべきオリエンテーションが進んでいないんだ。
ああ、この分だとあと一週間彼女と過ごさねばならない。
別に彼女と接するのが嫌な訳ではないけれど、長く人と一緒にいることは少し疲れる。そうだ、週末に少し悪いことでもして気分転換でもしよう。
◇◇◇◇
「倉崎さん、おはよう」
個室棟へ入ると少し変わった市松人形のような女の子――倉崎茜が木製の椅子に腰かけて読書をしていた。
「おはよう。馬場くん」
倉崎さんは本から目を離し僕のほうへにこりと微笑みながら挨拶を返す。
オリエンテーションの期間は学校の施設、学校での過ごし方を覚える以外は特に決められたことはないので、ほぼ娯楽時間である。
倉崎さんは娯楽棟のことにはあまり興味がなく、実のところ学校内の案内はほぼ済んでいる。残りのオリエンテーション時間は娯楽時間として過ごす予定だ。
案内はしたんだけど、本当に理解しているのか分からないんだよな。だから僕はさっき「オリエンテーションは進んでいない」って思ったんだ。
この三日間で苦労したことを挙げればきりがないけど、一番苦労したことは彼女の敬語口調を改めさせることだったかもしれない。
この世界は平等がうたわれているので、敬語を使うことはなるべく避けなければいけない。
管理者たるコンピューターは自身を「コンピュータさん」と呼ばれることを嫌うように、管理者自ら平等であることを進めている。
そんな事情があるので、敬意を払うということでお互いの尊重の面から初対面では敬語を使うには使うが、それは初対面だからこそだ。
人は人同士の上下関係を作らないために、言葉遣いも気にしなければならないってことらしい。
もっとも、そういうところも僕は気に入らないのだが……
しかし倉崎さんは時間が空けばずっと読書。僕はボーっとしていることが多い。
まあ、これだと何も進まないよね。彼女が興味を示さないのなら、僕から何か言う事なんてないからね。
「倉崎さんは読書が好きなの?」
ふと疑問に思い聞いてみる。
「ええ」
本から目線を離さず応じる倉崎さん。
倉崎さんの読む本は変わっている。この国の歴史、習慣、流行りの娯楽、地図などなど。まるでこの世界のことを知らないかのようだ。
ひょっとして、いやまさか。
ちょっと妄想がひどいな僕は。
こういうときはパイルに限る。
僕はカバンから赤い缶を取り出しプルタブを開ける。二口ほど飲むと多幸感に包まれ気分が落ち着いて来る。
あー。今日のお昼はなんだろうか。
などと考えボーっとしていると高いベルの音が二度鳴り響く。
――チリンチリンとね。
「倉崎さん、お昼だよ」
この個室は二人用なので、普段の個室の倍の広さがある。
引き出しのない僕が抱え込めるサイズの長方形の机と木製の背の低い背もたれの付いた椅子。僕の両手ほどの広さの窓。
部屋の広さは、三メートルかける二メートル。二人用の個室は全て同じサイズ、同じ机と椅子が置かれている。机と椅子の色も薄茶色で統一されているんだ。
お昼のベルが鳴ったので、天井から机の天板と同じサイズのディスプレイが下りてくる。僕は携帯端末を操作して、今日のお昼を選ぶ。
今日はラーメンでいいかな。
携帯端末を部屋のディスプレイに向け、ラーメンの注文を送信。
<エラー。必須エネルギー不足です。エネルギーカプセルを添付>
とディスプレイにメッセージが表示され、きっちり五秒後に画面が切り替わり、
<受付ました。1011号室に取りに来てください>
と表示され、五秒後に画面は真っ黒になった。
真っ黒になってすぐ倉崎さんも昼食を選び、僕らは1011号室で昼食を取るのだった。
授業時間……といっても今は娯楽時間みたいなものだが……の終了一時間前、今週最終日だから、本日は恒例行事がある。
倉橋さんをチラリと見たが行事への準備をはじめてもいない。
後輩を待ち、その後にと思ったけど先にやってしまおう。
「倉橋さん、先にいいかな?」
一応倉橋さんにも確認。
「う、うん?」
ハテナマーク顔の倉橋さん。中学校からやっている行事なのに、まったく。
まあ許可も取ったのでさっさと済ませることにしよう。
僕はブレザーのボタンに手を掛けブレザーを脱ぐと、ワイシャツのボタンにも手を掛け淡々とボタンを外していく。
ワイシャツを脱ぎ、アンダーシャツも脱ぎ、ズボンのベルトへ手を掛けたところで倉橋さんが悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
狐につままれたような顔で尋ねる僕。
「ちょ、脱いでる! なんで脱いでるの!」
顔を真っ赤にして手で目を覆いながらすごい剣幕の倉橋さん。
何を言っているんだこの人は……週末帰宅前は健康診断じゃないか。
健康診断は全ての服を脱いで光を浴びないと正確な診断ができない。
「なんでって、中学生のときから――」
と言いながら言葉を途中で切る僕。まさか、健康診断を知らない? いや、しかし……
怪訝に思ったものの考えても始まらないので、僕は倉橋さんを無視してズボンに再び手を掛け、下着も脱いだ。
携帯端末から準備完了をディスプレイに送信すると、ディスプレイから柔らかい光が発信され僕に照射される。
ディスプレイが点灯し体調を読み上げてくる。
ディスプレイには「馬場健二 健康」と表示されていた。
僕の番は終わったので次は倉橋さんの番なのだが、倉橋さんは手で目を覆うばかりで動こうとしない。
「倉橋さん?」
ビクッと肩を震わせる倉橋さん。ひょっとして脱ぐのを嫌がっている?
それにしても、「なぜ」服を脱ぐのが嫌なのだろう。僕にはさっぱりわからない。
女の子だから? いやそんなことはない。僕が接したことのある人間は多数いるが脱ぐのを嫌がった人は記憶にある限りいないし、
優に聞く限り、優が接した人の中にもいない。
じゃあ、記憶喪失? うーん、こっちの方がまだしっくりくるけど。はて。
「わ、わかったわよ! 脱ぐから! あっち向いてて!」
顔を真っ赤にしながら倉橋さん。
なんのことかわからないけど、回れ右すればいいんだな。
回れ右しようとする僕に再度倉橋さんから声がかかる。
「そ、その前に服を着て……お願い……」
不思議な倉橋さん。
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