9話 Half Past

 昼下がりの銀行の中。

 女性の悲鳴が響いたのが始まりだった。

 その後に破裂音のような音が2度響いて、黒いマスクを被った男が銃を片手に叫んでいる。

 それに追随するようにして、自動ドアが開いて5人ほどの黒マスクが入ってくる。

 その全てがジャケットと自動小銃を持っており、天井に向けて乱射する。

 空にある電灯が砕け散り、地面にガラス片となって飛び散る。

 連鎖的に広がる悲鳴。

 それを「黙れ」という恫喝と共に天井に発砲する。

 机の下に隠れる者、怯えて頭を抱える者、愕然と立ち尽くす者、子を身を挺して守ろうと自分の体で抱える母親、正義感をもってこの場をなんとかしようと機を伺う者。

 人それぞれがそれぞれの行動を取ったが、入り口から逃げようとするものは例外なく撃ち殺された。

 ――俯瞰している僕はきっとこの状況に立ち会っているのだろう。

 現実的でありながら、どこか遠い光景。

 それは恐らくは現在ではなく過去の光景。

 僕が僕である事を定義付けた光景。

 僕はじっと黒いマスク達を見ていた。

 怖いという感情と共に好奇心が僕にはあった。

 死が身近に感じられるその場所でどうやら困った事に興味を持ってしまったらしい。


「ガキィ!何を見てやがる!!」


 僕の視線に気づいて黒いマスクの一人がこちらに近づいてくる。

 男の手には自動小銃が握られている。

 状況に酔っているのか興奮しているようだ。

 誰かが僕を抱きかかえるようにして視界を遮る。

 人肌の暖かさが僕を包んだ。


「待ってください、私たちは何もしませんから……。」


 その抱きかかえた人の背に誰かが立ちふさがるようにたった。

 単発のスーツ姿の男だった。

 僕はその姿をどうやら見慣れているようだ。


「あぁ?なんだお前、そのガキの父親か?」


 そう怒鳴るようにいう黒マスク。


「そうです。この子が気に障る事をしたというのならば謝ります。ですが、まだ子供です。どうか見逃してやってくれませんか?」


 そう頭を下げる父。

 黒マスクは少し考えるようにした後、笑う。


「確かにガキを殺すっていうのは目覚めが悪いもんな。ほら未来有望な若者は大切にしてやらんととも俺も思うわけよ。」

「で、では……。」


 そう期待を込めていう父に対して、黒マスクは銃口を頭に付け、引き金を引く。

 炸裂音と共に父の頭がはぜる。

 父の頭からこぼれた血が、物体が、僕と僕を抱える母に降り注ぐ。


「だから、もう長い事生きたお前が死んどき……くはは。」


 そういって笑いながら倒れた父を蹴飛ばして、黒マスクは立ち去った。

 母は驚き呆然として、叫びそうになるのを堪えて僕を抱く力を込めた。


「ねぇ、お母さん、痛いよ……。」


 僕は何が起こったのかをすぐに理解することが出来なくて、ただ、呆然と顔についた血を拭った。

 白い袖に赤黒い血が付く。

 母が涙を流しながら、声を必死に押し殺していた。

 お母さんが泣いている。

 なんで、泣いているのだろう?

 あの黒いマスクの人たちがお母さんを泣かせたのだろうか?

 お父さんを■したんだろうか?

 許せない。

 単純な感情だった。

 子供ゆえの単純な思考。

 あの黒いマスクの人たちが許せない。

 ただ、それだけの感情。

 彼らは悪い人たちなのだ。

 そういう人は懲らしめないといけない。

 離れていく黒マスクを背に母の抱きしめる手が緩む。

 僕はそれを感じて腕からすり抜けるようにして出る。

 母の鞄から金属製のキーホルダーを抜き取った。

 僕は黒マスクの方に歩み寄る。


「周介!」


 母の僕へ呼びかける声。

 大丈夫、お母さん。僕がお母さんを守るから。

 黒マスクは僕の方に振り向いた。


「なんだ坊主?お前も死にたいのか?」


 そう馬鹿にしたように膝を突いて僕の頭に手を置く黒マスク。


「じゅばばばー。」


 僕はテレビでよくみたヒーローの攻撃の効果音を真似した音を口ずさみながら、手に持ったキーホルダーを黒マスクの目に向けて突き刺した。

 攻撃を受けると思っていなかった油断、それゆえに子供の奇襲は成功する。

 もだえる男を気にせずに僕は男の胸にあるナイフを引き抜いて心臓に突き刺す。

 手には鈍い感触が残った。

 なるほど、結構固いんだな……骨って……。

 僕は納得したように頷く。

 驚く黒マスクの仲間達。


「この糞ガキィ!」


 そう言って僕に向けて銃口を向ける。

 僕はすぐに殺した男の影に隠れ盾にした。

 僕は殺した男から自動小銃を奪い手に取る。

 殺意を簡略化する。

 どうすれば人が死ぬのか、何故か僕には自然に理解できた。

 殺した男の脇から銃口をだして黒マスクのいる方向へと引き金を引く。


「じゅばばばばー。」


 僕の口からそんな音が漏れる。

 銃の反動は思ったよりも大きかったが、脇に挟んだのが功を成したのか銃口はぶれずに黒マスクの一人に命中する。

 なんだ、思ったより簡単じゃないか……なんで皆すぐに反撃しなかったんだろう?

 黒マスク達は目の前の光景に呆気に取られて、ぽかんとする。

 僕はすぐに机の方に移動して、次の標的に近づく。

 自動小銃の射撃、流れ弾が人質の人たち当たった。

 まったく周りに被害を出すとか酷い奴らだ。

 僕は殺された人のポケットを探りオイルライターを手に入れる。

 僕には線が見えていた。

 たぶん、それは彼らの僕を殺そうという意思の線。

 彼らは今、僕を障害と認識し全力で殺そうとしている。

 僕はつい楽しくなって、高揚するものを感じた。


「てめえら回り込め、ガキ一人に何を手間取ってやがる!」



 二人が回り込んで僕を捕まえようとする。

 僕はライフルを地面に置いて足で押さえて引き金を引いた。

 足下に発射された銃弾が黒マスク達の足にあたる。

 僕は即座にマスクの片方に走り寄って、自動小銃を逆手にハンマーのようにして持つ。

 手が熱いが気にならない。


「どか~ん♪」


 そのまま顔面にたたきつける。


「がっ、ちょ、やめ――」


 そう言う男の言葉を聞き終える前に僕はたたきつけた。


「どか~ん♪どか~ん♪どか~ん♪どか~ん♪どか~ん♪」


 何度も何度も何度も叩きつける。

 殺気の線を感じる。

 僕はすぐ、今たたきつけ顔が変形した男の体の陰に隠れる。

 銃撃、黒マスクの体に銃弾が命中する。


「くそ、やめろ!撃つな仲間に当たる!!」


 つい僕は鼻歌を歌いたい気分になる。

 僕は父の鼻歌が好きだった。

 気分が良いときかってに漏れ出るその音に合わせて僕も鼻歌を歌う。

 それは僕にとってとっても楽しい時間だ。


「相手はガキだぞ複数人で取り押さえるぞ!」


 悪党達が2人がかりで襲いかかりに来る。

 でも今の僕は正義のヒーロー誰にだって負けない。

 いつだって悪は正義の前に敗れ去るものなのだ。

 僕は今倒した男の腰にあったピストルを抜き取る。

 自動小銃は大きすぎて僕の手には余るけどこちらなら扱えそうだ。

 ああ、そうだ安全装置あるんだっけ?ドラマで見たことあるぞ……。

 僕は安全装置を外す。思ったより重くて驚いた。

 僕は髪を引っ張られた。

 安全装置を外そうと意識を集中していたせいか、後ろから回り込んだ男に気づかなかったのだ。


「この糞ガキが!やっと捕まえたぞ!」


 僕は構わず股間に向けて引き金を引く。

 悶絶するように泡を吹いて倒れる男。

 残るは一人。


「な、なんだ……なんの悪夢だ……なんの悪夢だこのガキは!!!」


 僕は走った。

 黒マスクは自動小銃に引き金に手をかける。

 僕はピストルを投げつけた。

 黒マスクは驚き自動小銃でとっさに防御する。それが命取りだ。

 僕はすぐに黒マスクに飛びつきナイフで胸を1突きにする。


「な、なんだって……ふざけるな……。」


 最初に回り込もうとして足を打たれた1人がその光景を見て言う。

 自動小銃を構えて、僕を撃とうとするが彼の視界に僕はもういない。


「こ、こ、だ、よ。」


 そういって僕は彼の右腕をナイフで刺した。

 悶える黒マスク。わめく姿が面白い。

 昔、僕も玩具が欲しくて泣いて居座っていたらお母さんに怒られた。

 まったく、そんなんじゃ駄目だよ。

 僕はオイルライターを開けて、彼の顔に油をかける。

 その後着火しようとするのだけど上手くいかない。


「んー、めんどくさいや。」


 そういって彼の顔に向けて最後の弾丸を撃った。

 息絶えると共に弾丸の火花でオイルに火が付き黒マスクが燃える。


「くすくすくす。」


 これで悪党は懲らしめた。

 お母さんを泣かせた奴も、お父さんを■した奴も全部やっつけた。

 お母さん僕はやったよ。

 そう僕は返り血を拭いながらお母さんの元に戻る。

 お母さんは僕を褒めてくれるだろうか?

 そんな事を思う僕の期待は裏切られる事になる。

 お母さんが僕を見る目は震えていて、怯えたような声を上げる。


「いや、いや、いやああああああ!!!」


 僕はそんな声を上げて震える母を見つめていた。

 そうして俯瞰した光景は遠くなっていく。








「うぁぁぁあああぁぁあぁ!!!」


 間切周介は叫びながら目を覚ました。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


 そこは先に周介がいた病院の個室だ。部屋には誰もおらず、辺りはもう薄暗くなっていた。


「くそ、なんだっていうんだ……。」


 周介の体が震えていた。

 あまりにも生々しい夢だ。

 自分が人を殺している記憶。少なくとも夢の中の周介はそれを楽しそうに行っていた。


「あれが……僕……なのか?」


 思わず、そう周介は自分に問いかける。

 夢で得た人殺しの感触は手に残っている。


「違う、違う、違う、そんな筈ない……僕はそんな人間じゃない……。」


 そう頭を振って否定しようとする周介。

 しかし、先の戦いの中、リガジオンで敵を殺した時に恍惚とした感覚にとりつかれた事を思い出す。


「違う……違うはずだ……違うんだ……僕は……そんな事を楽しんじゃいない。」


 だが、誰もその願いを肯定も否定もしない。

 間切周介には、それを否定しようにもそれに変わる確かな記憶も存在していない。

 もしあれが、本当に自分だったらどうだろうか?

 少なくともあの夢の中で自分はその行為を楽しんでいた。

 それは人としては許されるものではない。

 あってはならないと周介は思った。


「僕は……最低だ……。」


 そう周介は思う。

 辺りは暗く、冷たい空気が部屋を埋め尽くしていた。

 それから少しした後、誰かが部屋の戸を叩く音がした。

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