2話 瞳に映る輝く星
僕の物語を語るとするならば、ばらばらの情報だ。
コンピューターのデータファイルが壊れた場合、意味のわからない文字の羅列が出てくる事がある。
それは本来はきちんとしたデータだった筈なのに何らかの原因でクラッシュして人にも機械にも読むことが出来なくなってしまったというケースだ。
こういう時、コンピューターならば復元ソフトにかけるという手段もあるのだろうけど、残念な事に僕は人間でそう簡単に回復する物では無いそうだ。
僕の頭の中は今そんな状態らしくて、何かを振り返ろうとすると、酷い頭痛と激しい動悸に苛まれる。
担当医は『強く頭を打った事と、血がなくなった事で脳の記憶に障害が起きたんじゃないか?』という推測を立てて教えてくれたが、原因自体はわからないそうだ。
記憶喪失といっても目の前にあるものがカーテンだとか、今自分が寝ているものがベッドだとかそれぐらいの事はわかる。
ただ、僕は自分の名前を思い出せなかった。
医者から僕の名前を教えてもらったものの、今ひとつ実感がわかない。
とはいえそれが僕の名前らしいので
時間がたてば、記憶を徐々に思い出せるのでは無いか?という希望を抱きもしたが5日前に目を覚まして今日までいっこうに思い出せない。
かすかに残る記憶は、僕への視線と血の臭い、鋼鉄の部屋の中で必死に何かをしていた事ぐらいだろうか?
過去を失った僕には物語らしい物語が無い。断片的な情報はあるのだけれど、それを線で結ぶ事が出来ない。
だから僕は自分が何なのだろうか?という疑問への解答を探しつづけた。
端的に言えば、暇だったのだ。
孤独だったわけではない。いつも病室には少女がいた。白いワンピースに身を包み、背まで届く程の白い髪。それだけならば幻想的な風景だったのだが、手足には錠が施されており、首には首輪、口には猿ぐつわを噛まされていた。
そんな少女が僕に付きそうように側にいた。意味がわからなかった。
いや、だってそうだろう?
少女は可憐だと思う。でもこの格好は異常だ。
何故、こんな格好をしているのだろうか……?
初めて担当医が僕の部屋に入ってきて少女を一瞥した時、僕にこんな趣味があるんじゃないかと疑われるんじゃないかと不安に思った。
ほんの少し本音をいうと、ちょっと、ほんの爪の先ですくうぐらいには興味はあるけど…まあ、それは健全な男子なら仕方のない事なので許して欲しい。
何も見なかったかのように診察だけ進んで、担当医は出て行って安堵の息を吐いたのは覚えている。
少女は何かをするわけでもなく、僕の語る事に最初は興味深そうに耳を傾けてくれた。けれど少したった後、不機嫌そうに目を細め、一切僕の方を向かなくなってしまった。
記憶がない事を冗談めいて語ったり、彼女の名前を聞いたぐらいだったのだけれどなにがいけなかったのだろうか?
謝ってもみたが、更に不機嫌そうな顔をするだけで僕は少女と喋る事を諦めた。
少女は夕方になると決まった時間に食事をとりにいくのか一時的に席を離れる。
その後は帰ってきては、じっと僕を不満そうに見てるだけ……そうして3日もたてばいい加減、僕もわけがわからなくなって、彼女へちょっかいだすのは辞めて、そういう自問自答の思考ゲームを興じる事になったのだ。
脳内一人遊び……暇を潰すためとはいえ、何度か自分が凄く寂しい奴なんじゃないかと、思い当たり切なくなった。
そうして、迎えた今日だ。扉をノックする音が聞こえる。
担当医が訪ねてきたんだろうか?と思い僕は「どうぞ」と一言。
扉を開けて入ってきたのは二人の知らない人間だった。
一人は有り体に言えば禿だ。失礼なのはわかるが、頭に髪の毛がなくピカピカにつやのある頭部を持つ人間の第一印象なんて禿以外の何物でも無い。思わず撫でたくなるぐらい見事な禿だ。
それで、次に印象に残るのは厳めしい強面。勲章の付いた制服のようなものを着ている所からして軍人だろうか?ぱっと見て、30代後半から40代前半程度なのではないかと年齢予想をたてる。
名前を聞くまで禿(強面)と呼称する事に決めた。安直だがそれぐらいの方が覚えやすい。
もう一人も同じような制服を着ている女性だ。眼鏡に栗色の長髪は後ろでゴム1つで束ねてまとめていて、顔にはそばかすがある。少し長い顔につり上がった目が印象的だった。
女性としてはどちらかといえば長身な印象が強い。手にはプリントアウトされた紙の束を抱えており、秘書のようなイメージを受けた。年齢はまだ20代といった所だろうか?とはいえ、女性は外見によらないものだ。簡単に判断するのは難しい。
「失礼するよ、間切周介くん。」
そう言ったのは禿(強面)だった。僕の緊張を解こうと僕の手を握って話そうとするのだが、正直な話をすると夕日を反射して光るその頭に僕は笑いを堪えるのに必死だった。
だって、光を反射してる。頭が動く度に光の角度が変わって、それを見ているだけで僕は腹筋に大きなダメージを受ける。
しかも、彼はいたって真剣な表情で、僕の目を見て語りかけてくるのだ。
「本当ならば、私たちは君に感謝の言葉を告げなければならない。あの日、君がいなかったら、きっと我々はかけがえの無いものを失っていた。」
光の角度が変わり、そばかすの女性の額に光が当たって思わず、彼女が目をつむるのを目撃する。やめてほしい。僕は揺れる腹筋を全身で押さえ込むのに必死なのだ。
大切な話をしている気がするのに興味の対象が完全にそっちにシフトしてしまっていて、この禿(強面)の言葉が頭に入らない。
「震えているね…怖い経験をさせてしまったのを思い出させてしまったのだろうか?記憶に障害を抱えてしまったそうだね…名前も思い出せなかったと聞いている。すまない、あの日、我々が君を基地に招いたばかりに君に対して取り返しのつかない事をしてしまった。」
あなたの頭が取り返しの付かない事をしようとしてるんです!!!!
同情の瞳を向ける禿(強面)にそう叫びたくなるのを必死に堪える。今、僕は大変失礼なことをしようとしている。
そういった道徳観は記憶を失ってもまだあるようだ。
「だが、君という光のような存在のお陰で我々はまだ二つの足でここに立っている事が出来る。まずはそれに感謝したい。」
てめぇが光ってんだよ!!なんとかしろよ!!!その頭、帽子被って隠すとかさ!!!
こっちはさっきから笑い堪えるので必死なの?わかる?この苦痛!?
出て当たり前のものってあるだろう?排泄物だとか、汗だとか、笑いっていうのもそれと同じなの!それを堪えるって事がどれだけ苦しいかあなたわかってる?
ああ、あなたは悪くないんだろう。だから僕は良心をかき集めて文字通り抵抗しているのだ。
ドゥーユーアンダスタンド?
「だが、いくつか君に話さなければならない事がある。我々としてもこのような話はあまりしたくないのだがね。」
アイドンノウ?オーマイガー!
そこの後ろの秘書っぽい人、顔を背けて肩震わせて笑ってんの僕はわかってるぞ!
ずるいぞ、真剣に面と向かって話してる僕は、そんな事出来ないのに!
「ああ、そうだ最初に自己紹介をしなければならないのを忘れていた。今日は色々考えなければならない事が多くてね、礼を欠いてしまい申し訳ない、私は連合軍の
彼の名前を聞いて、僕の腹筋は崩壊した。
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