3話 第四災害
日が暮れ、太陽は落ち辺りは暗くなった。
「えっと、すみません。ほんとに悪気はなくて……。」
「ああ、気にしてない……うん、気にしてないから大丈夫……。」
そう語る天野の声は、語尾に行くにつれて弱くなっていく。
思わず3分もの間、笑いを止める事が出来ず、堪えていた分だけ笑い続けた。
最初は呆気に取られていた天野も何のことか次第に悟り、跪き項垂れていた。
笑いが絶えない病室でありながら、その場にいた誰もがこれほど幸福でなかった時間があるだろうか…。
周介は未だ痛む腹筋を左手で押さえている。
「少佐のつるっ禿の話は、その程度にして本題に入らないと…。」
そう釘を刺すように言う杏。
天野は少し顔を引きつらせた後、すぐ何かを飲み込んで無理矢理納得するようにして頷いて、
「あぁ、うん、そうだね……頭の話はもういいよね……うん……間切周介くん。君は五日前の事はどれぐらい覚えているかね?」
天野は再び真摯な表情で尋ねてきた。
「えっと……覚えている事ですか?そうですね、実は記憶がかなりぐちゃぐちゃになってて、不鮮明なんですが……誰かを助ける為に鋼鉄の部屋で何か必死に操作してた記憶はあります。それぐらいですが……。」
天野と杏は周介の言葉に顔を見合わせる。
「そうか、ふむ……そうなると我々はまず君が何をしたのかから説明を始めなければならない。」
「はぁ……記憶失う前の僕は何か不味いことでもしちゃったんでしょうか?」
そう恐る恐る尋ねる周介に天野は神妙な面持ちで答えた。
「ある意味では、そうとも言える。五日前、ここに君がここに運び込まれた日、ここからおおよそ北に10km程先にある連合の大和ノト基地がサバナ解放軍に襲撃され壊滅状態になった。君のその状況もその件に巻き込まれたがゆえのものだ。」
「サバナ解放軍?」
聞き覚えの無い言葉に首をかしげる周介。
「なるほど、重傷だな。サバナ解放軍は6年前にあったゼウス戦役と呼ばれる戦いの後に連合から離反する形で生まれた軍事組織だ。詳細は省略するが、今は連合と敵対関係にあってね、双方にらみ合っている状態なのだよ。」
「それでなんでその解放軍がそのノト基地を?」
「それは彼らが仇敵として見定めている『ダナン』と呼ばれる物を連合軍がノト基地に匿っている事がサバナ解放軍にばれたからなのだよ……。」
周介は天野の言葉を反芻するように頭で繰り返して飲み込む。
「なるほど、よくはわかりませんが、その解放軍が狙う『ダナン』というのがノト基地にあったから襲撃を受けたと……でも敵が仇敵とするものが連合の手元にあるのならば、それを守る為に戦力とかもそれなりに用意されていたのでは?」
「そうだな、防衛用の
「となると敵も大部隊で襲撃を行ったんですか?」
「いや、3機だったね。」
「え、それだけの戦力差があったというのに基地が壊滅状態に?」
「ああ、数ではこちらが大きく勝っていたのだがな、敵は本当に手段を選ばない手を打ってきたのだよ。」
「手段を選ばない手というのは、どういうものです?」
「
「ふらいと?」
「黒須中尉、見せてやってくれ。」
そう天野に指示されて杏は資料のプリントを1枚、周介に渡す。
そこには鳥のような大きな翼の間に筒状の円形がくっついた機械が備え付けられた写真が写っている。
「喪失遺産『フライトユニット』。喪失遺産というのは名の通り人類がかつて手に入れ失った技術遺産の総称です。人類によって起こされた第二の災害『宙地戦争』で厄災を招いた原因として失伝した内の1つである空を飛ぶ為の技術であり機械です。」
杏の説明に周介は首をかしげる。
「えっと……話がよくわからないんだけども……空を飛ぶって、あの空?いや、人間が空飛ぶのはどう考えても無理でしょ。」
そう言って、指で空を天井を指す周介に杏は頷く。
「常識的に考えれば、そうですね。しかし、かつて人類は一度、世界という世界の仕組みを解剖し尽くして機械を用いて空を飛ぶ術を手に入れた事があるのですよ。400年前に起こった第二災害で人類はそれを捨てざるを得ない事態に直面したらしいのですが、技術自体は失伝しても飛行用の機械はまだいくつか保管されていたというわけです。それが喪失遺産。もはや我々には生み出すことが出来ない人の叡智の結晶。人がまた滅亡の危機に瀕した時のみに使用する事が想定された最後の切り札。それを奴らは――」
語る杏の声に憤りのようなモノが籠もり、肩を震わせる。
それを抑えるようにして天野は杏の肩を叩いた。
「まあ、彼らからすれば、これは人の滅亡に瀕する問題だったのだろうね。理解できない話では無い。それほどの危険を確かに我々は犯している。」
「えっと、話がよく見えないのですが、その喪失遺産がつまりノト基地の強襲に使われた?という事で大丈夫なんですか?」
「そうだ……我々は陸路海路からの侵入は想定していが、空からの強襲は想定していなくてね。お陰で警備に出ていたRGはすぐに破壊され、そのまま鮮やかな手際でRG格納庫を破壊されたよ。」
「ふむ、それで僕はその現場にいたという事ですよね……?でもなんで僕はそんな所に?記憶を失う前の僕は軍人だったりしたんですか?」
「いや、君は一般人だよ。学校は休学届けを出しているらしいがね……君が何故、あの基地に招かれたのかは知らない。だって、それはリゲルタ・ドルペガス博士の領分だからね。」
「リゲ、リゲ?毛がリゲイン?」
そう独り言をぽつりと言う周介。
杏は思わず顔を背けて背で笑う。その光景をマジマジと見つめて天野は、
「勘弁してくれないかな……心がな……死ぬんだ……。」
強面の瞳に涙を浮かべながら語った。
(悪気はなかったんだけどな、つい……。)
周介はそう思いながら聞き直す。
「えーと、そのリゲなんとか博士が僕をノト基地に呼び寄せたと?」
「そうなる。博士はリガプロジェクトのリーダーでね。君を名指しでこの基地に呼び出したらしい。何か覚えているかな?」
そう問われ周介は思い返す。
それと同時に頭がぐしゃりと潰れるような感覚。
頭の思考が乱れ、背筋に悪寒が走り、動悸が激しくなる。
体が恐怖しているのだ。何か、思い出してはならない何かに手を伸ばしてしまいそうで、それに手を伸ばしてしまったが最後、決して戻れない何かをもう一度背負うことになるという予感。
それを全身が拒否している。
「すいません……わかりません。」
「ふむ、我々もリガプロジェクトの全貌を知るわけではなくてね、君と例の機体の詳細は完全には理解できていない。」
「そのリガプロジェクトというのは?」
「来たるべき第四災害に立ち向かい未来を勝ち取るための計画だと我々は聞いている。」
「第四災害……ですか?」
「人類がこれまでに被ってきた3つの災害についての知識はあるかい?」
「えっと……すいません。」
「ふむ、その説明も必要か……ああ、大丈夫そのケースも想定していたからね……人類はこれまで3度滅亡の危機に瀕してきた。それを三大災害と呼び、二度とそのような事を繰り返さないように戒めとして生きてきて今の我々は新暦という新しい暦を受け入れたわけだ。」
「はぁ……。」
周介はそう聞きながらまるで聞き覚えがない事に困惑し、自分の記憶喪失の程度の悪さを痛感した。
(困ったな……)
周介は思わず苦笑いする。
「そして、来たるべき災害がついに来た。これが第四災害だな。黒須地図を……。」
そういって地図を渡され、それを広げて周介に見せる。
「これが6年前まで使われていた世界地図だ。この星にある5つの大陸に注目してほしい、ユートピア、サバナ、アリア、エアーズ、アメリアとなっている。それで、今の地図はこれだ。」
そういって杏から新たに渡された地図を広げる天野。
そこに描かれた世界を見て、周介は驚愕に思わず口を開く。
「大陸が……1つ……無い。」
その地図には南東に位置していた大陸が描かれていなかった。
「これが我々が遭遇している第四の災害だよ。サバナ大陸が1つ金属化して沈没し消滅した。」
「――っ。」
周介は思わず息を吞む。
サバナ大陸は地図からみて世界の15分の1を締めるほどの大きさを誇る。
こんなものがなくなるというのは一体どういう事なのだろうか?
「連合はこれを第四の大災害として認定、そしてこれはまだ最低あと1度起こる事を予想し、対抗手段を模索する機関としてリガプロジェクトを発足させたというわけだ。君はどうやらその計画に必要とされた人材であったらしい。」
「そして、なんで僕がそんな計画に必要とされたのかはわからないと……。」
周介は途方も無い話のように感じた。事実とするならば、確かに世界を揺るがす危機だ。
そんな中に彼らが語るには学生でしか無い自分が何の意図で呼ばれたというのだろうか?
疑問は尽きないが、それに関しては記憶を取り戻す以外の方法があるように思えなかった。
「そのリゲルタ博士という方は今どこに?」
「今は集中治療室だね、先のノト基地襲撃事件で背中に大けがを負ってしまってね。意識不明の重体だ。他のプロジェクト参加者は全て死体で見つかったよ……。」
「そう……なんですか……。」
自分が何故このような計画に関わるようになった人物がいない事を知り、頭を抱える周介。
その後、気を取り直したように息を吐き尋ねる。
「それでサバナ解放軍はなんで、ノト基地をそんな喪失遺産まで使って襲いに来たのですか?」
天野は杏と目を合わせて、視線で何か会話するようにした後、頷いて静かに語る。
「ふむ、そこは核心でね。そこを語るためには1つ君の意思確認をしなければならない。」
「はぁ……。」
ここまで話しておいて今更なんの意思確認なのだろうと周介は頭を傾げる。
「今、話している事はリガプロジェクト協力者として君に公開してもいいとされていた情報、つまり君が記憶を失う前も知っていた情報なのだよ。」
「なるほど、実際機密っぽい情報が多く出てきているので、なんでこんなに僕に情報を出すんだろうな……って思ってたんですが、元々僕が知っていた情報なんですね。」
「いや、君はどうやら我々が知り得ない情報まで開示されていたらしい、ゆえに我々が知る限りでの情報を君に明かしたまで……そして我々はここから先の情報は君に開示されるべき情報ではない。だが、君は知る手立てはある。知りたいかね?」
「それは、まあ、自分の記憶を取り戻すための手立てになるかもしれないですから……。」
「そうだね、ではまずこれを見てくれたたまえ。」
再び資料の束を渡される周介。
その資料の1枚目にはRGX-01 Re:Ga-Xionという表紙が付けられている。
「リガジオン?」
そう呟きながらページをめくるとめくると騎士の鎧のようなものが映っており、その内部に組み込まれた機械の配線のようなものが見える。
「これはロボット……ですか?」
そう呟き、頭に激痛が走った。
明滅する視界、視覚が写している情報以外のものが瞳に映る。
迫り来る爬虫類顔の黒い巨大なロボット、それから逃げるように走ってい記憶。
膝を震わせながらも逃げ付いた倉庫で見つけた白いロボット。
ランナーギア。
第三災害で世界で最も人を殺したとされる殺戮機構。
「―――お―――。」
それの胸部コックピットが開いた光景。
その席に座った記憶、コックピット画面一杯に映った爬虫類顔の巨大な機体。
自分に向けられた巨大な銃口。
脳が沸騰するような恐怖と高揚と興奮。
「――――い――。」
さしのべられた少女の手。
何かを語る白髪の老婆。
画面に映る『Re:我』の文字。
血塗れの自分の手。
高所から落下する際に感じる風の感触。
「―――おい―――。」
誰かが叫ぶ声。
迫る敵の手。
コックピットに迫るバイブレーションナイフの振動音。
誰かのぬくもり。
「――おい……大丈夫か?おい!」
その声と共に心配した天野の顔がアップで映る。
「だ、大丈夫です。」
絞り出すように言う周介は資料を再び手にとってページをめくる。
「僕は、この
記憶は繋がらない、しかし断片的にこの機体の事を間切周介は知っていた。
鮮明には思い出せない、だがしかし、確実に言える事は自分はこの機体に乗り戦いをした事があるという事実。
「そうだ、これはノト基地襲撃の際に君が乗った
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