5話 間切周介とシオン・トゥアハー①
「落ち着いた?」
そう語る周介にシオンは頬を真っ赤に染めて言う。
「うん、ごめんね。つい嬉しくて……。」
「えっと、シオンでいいんだよね?」
「そっちの方が助かるかな。」
周介は再び彼女をマジマジと見た。
(口枷なくなったとはいえ、目の毒だよなぁ……これ……。)
周介の反応も当然だった。
白いワンピースをラフに着て、手足には錠が施されている。
一種のインモラルさを感じさせるそれに、ついつい視線がそちらに向いてしまい最初は目のやりどころに困ったものだ。
何故このような格好をしているのか?という疑問は当然ある。
しかし、それ以上にわからないのが何故シオンは自分の元にいるのだろうか?という事だ。
「それで質問してもいいかな?」
「質問?何か聞きたい事あるの?」
不思議そうにシオンは首を傾げる。周介は少しため息を吐いて質問を投げかけた。
「とりあえず、まず、君はなんでこの部屋にずっといるの?あの二人の連合の人にここにいろって言われたの?」
「そんな事ないよ。んー強いて理由をいうならば……他の所行っても面白くないし、周介に興味があったから……。」
「僕に?それはなんで?」
「そうだね、最初に興味を持ったのはリゲルタに君を紹介された時かな?適正を持ったものがついに見つかったって言われて紹介された。リガプロジェクトはずっと被験者の捜索に苦労しててね。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
周介はシオンの言葉を脳内で反芻する。
リゲルタという名前を天野の言っていたことからおぼろ気に思い出しながら答える。
「えっと、リゲルタっていうのは確か僕を基地に呼んだなんとかプロジェクトの責任者だったよね。」
「そう、あとリガプロジェクト。周介が乗っていた機体はプロジェクトの中枢を担う機体だね。」
機体といわれ、繋がらず周介は少し考えた。
記憶が無い自分が乗った機体となると、先ほど天野達が渡していった資料の機体だろうか?
「えっと、あのリガジオンとかいう奴?」
「アレの読み方なんてあんまり考えてなかったけど確かに直に読むとそんな感じになるか、うん、いいね気に入った。」
「それでなんで僕はリゲルタ博士に呼ばれたの?」
「その辺は私もよくわからないかな。君がリゲルタが探した中ではRe:Gaに最も適正があるからというのが最大の理由みたいだけど……。」
「Re:Gaっていうのは?」
「うーん、答えられないかな。リゲルタの話は難しいよ、聞く度にまぶたが重くなって……寝ちゃった。」
恥ずかしそうにシオンは頭をかく。
「ああ、でも現実プリンターっていう言葉は結構印象に残ってるかな……。」
「現実プリンター?」
「あとは、私が知ってるのは第四災害に立ち向かう為に開発されたものってだけ……。」
望むような答えをシオンから引き出せそうもなく、周介は少し考えた後切り口を変えて質問してみる事にした。
「第四災害っていうのは何?」
「ん、私だよ。」
「――はっ?」
素っ頓狂な声で即答するシオンに思わず声を周介は声を返した。
「いや、だから私。」
シオンはそう言って己に指を指す。
周介はもう一度まじまじと少女を見る。多少目が慣れたとは言え拘束具を纏った少女の姿は異常だといえる。
彼女は誰かに危険視されているからこのような格好をしているというのだろうか?
「えっと、実は人間じゃないとか?」
人間の見た目をしたアンドロイドだとかそういうったものだろうか?と考えながら尋ねる周介に、シオンは笑って答える。
「少なくとも私のほとんどは人間だよ。なんなら触ってみる?」
そういって周介の手を取って掌を自分の胸に当てる。
「ほら、感じるでしょ?心臓の鼓動……。」
あまりの急な出来事に周介は呆気に取られた。
指先にかかる柔らかいゴムのような感触。皮膚に伝わるぬるめの暖かさ……。
これが男子が夢想し、憧れてやまない柔らかい丘の感触だろうか?
ほどよい大きさが先ほどまであった未来への不安を拭ってくれる。
その後、周介はすぐに正気を取り戻した。
極力真面目な顔を取り繕って自然におかしく思われないように……少し模索するようにして手をあてる。
記憶喪失になる前も自分はこれを触った事があるのだろうか?このまま触り続けていたら失った記憶のピースを何か取り戻せるかもしれない。
そういった
そう、今、間切周介は記憶を取り戻すために、なおかつシオンのいや、心臓の音を感じるに触っているのだ。
彼女の願いは真摯だ。聞いてあげねばならない、心臓の音を!男として!!
間切周介はどうしようもなく駄目な人間になっていた。
「周介、鼻血出てる……あとさわり方がちょっと変……。」
怪訝そうな顔をするシオンに周介はすぐさま、手を胸から離し鼻血を拭った。
「あははー、なんでだろうねぇー。」
そう笑うように周介。
「それで音は聞こえた?」
「――たぶん、おそらく。」
事実のみを告げるならば、お花畑な思考をしていた周介にそのような事を考えている余裕はない。
「むー、真面目にやってよね。」
と不満そうに言うシオン。
「いや、無理だろ!!というか普通するか!そんなこと男だぞ、俺!」
「男ってあれだよね、子供を産めない方。それが何か?」
「いやいや、シオン、君もうちょっと貞操観念とかそういうのを持とうよ!」
「
「どんな当て字だよ!!」
思わず声を荒げた後、息切れする周介。
シオンは真剣に悩んだような面持ちになる。
「んー人間の証明と言われて、心臓の鼓動を感じられたら、生きてるってわかるかなと思ったんだけどなぁ……。」
「君が人間かどうかなんて、こういう事しなくたってわかるでしょ、それ!」
「だって、手っ取り早いと思ったし……あ、もしかして私に触るの嫌だった?」
そう少し申し訳なさそうに言うシオン。
「あ、あ、あのですね、そういう話ではなくて、そりゃちょっと良い感触でしたけど……あーもういいです。あなたは人間です。だからこの話は終わりで!」
「あ、そう、人間の子供だって産めるんだよ。」
「それ自慢するとこなの!!」
頷き、えっへんと胸を張っていうシオンを見て周介は目を細めた。
(て、天然なのか?天然でこれやっているのか?)
計算でやっているのだとすれば、それこそ恐るべき逸材といえるがどうもそのような素振りは感じられなかった。
「話を戻すよ……君が第四災害っていうのは?」
「んー正確にいえば、君たちの言う第四災害だったものなんだよね、私。」
「『だった』?もう災害的なことをし終わっていると?」
「失礼な、私は人間に対して何もやましいことなんてしてないよ!んーどう説明すればいいか、言葉が思いつかないな……勉強不足が出るなぁ。人間って大変だよね、勉強しないと頭に入って来ない……でも勉強って面白いよね。人間がやってる凄い事の1つだと思うんだ。人間が勉強することになった発端って――」
勝手に関係のないことの解説を始めるシオンから耳を塞ぎ、そこまで言われて周介は情報をまとめる。
目の前にいる拘束具で拘束された少女の名前はシオン・トゥアハー。
シオンは人間の女性であり、わざわざ注訳する必要があるのかわからないが子供も産める。
シオン曰く彼女は第四災害と呼ばれる災害だったと述べている。そこまで聞いて周介は推理し、考察し心中で結論をだす。
(全くもって意味がわからない……。)
そもそもとして間切周介には記憶がない。
知っているのはこの病室の中の世界と、断片的にある記憶の欠片の情報だけ……。
自分なりの道徳や常識を持ち合わせているが、今この世界において、その常識が本当に正しいものなのかという疑問に対しては答える事ができない。
もし、世間一般でいう社会常識があったとするならば、彼女の話もまた理解出来るのだろうか?
そう悩む周介を知ってか知らずかシオンはふと窓を眺めて言う。
「そうだ、周介。今日の夜は晴れなんだよ。もしかしたら星が見えるかもしれない。ねぇ、外に行こう!」
そう言って、シオンは周介の手を引っ張った。
「え、でも僕この部屋から出たらいけないって……。」
「そんなの別に守らなくて大丈夫だから、ね?行こう!」
そういって周介を無理矢理ベッドから立たせる。
周介は足裏にくる地面の感触に少しの違和感を感じる。
久しぶりに立ったからだろうか……。少し意識して足に力を入れていないと倒れてしまいそうな感覚があった。
「わかったよ、信じるよ?」
周介は目覚めてから窓から見る外以外の景色を知らなかった。
医者から病室から出るなと言われ、それに従っていた為である。
しかし、外に対する興味や好奇心を抱えているのも事実だった。
「私は絶対に周介を裏切らないから大船に乗ったつもりで信じるのでーす!」
そう、威張るように言うシオンに、
(ところどころ言葉の使い方が間違っているような……)
と内心ツッコミながら周介はシオンと共に病室を後にする。
「一応、静かにね。」
そう電灯が消えた暗い廊下を二人で歩く。
周介は右も左も初めて見る光景で、少し不安を覚え辺りを見渡しながらもシオンの誘導に従った。
階段を上り、広い渡り廊下にでる。それから通路を道なりに少し進んで少ししたところでシオンは歩を止めた。
「ここ。」
シオンは笑って指さしする。
指の先の方向には小さなテラスがあった。
弱い照明に照らされ、鉢植えが少しと椅子とテーブルが野外に3セットずつ置かれている。
周介はそれを物珍しそうに見ながらテラスの扉を開いて、外に出る。
周介は最初に弱い風が頬をなでるのに驚いた。そして病院内にあるアルコールの臭いから離れた澄んだ空気の香りを嗅ぐ。
その一つ一つが周介からしてみれば知識としては知っている筈なのに新鮮で、驚きに満ちていた。
「ねぇ、ねぇ、周介!空を見て、凄い綺麗だよ!」
周介の腕を引っ張りながら空を見上げてシオンがいう。
それに従うようにして周介も空を見上げ、その光景に思わず息を吞む。
(凄い……。)
思わず心の中で感嘆する。
空は暗く住んでいて、雲もほとんどかかっていない。
少し青みがかかった暗い夜空に最初に目に入るのは2つに割れた月が静かにその光で主張する。
そこから視野を広がると小さな豆粒ほどにしか見えない星が夜空を照らすライトのように点々といくつも灯っている。
それは、ありふれた夜空の光景。その日、特別な星が見える夜空だったわけではない。
しかし、目覚めて以降、病室の天井しか知らなかった周介はその無限ともいえる空の広さに圧倒されざるを得なかった。
知識としては自分の中にあった筈なのに、記憶を失う前は何度も見ていた筈なのに、なぜこうも衝撃を受けるのだろうか?
天野がいうにはかつて、この無限に続いていきそうな空を人は飛んでいたのだという。
それはなんと途方もない夢のような話だ。何故、人類はそれほどの夢を捨てることになってしまったのか?
そんな疑問が思わず脳裏を横切った。
「青い空を見るのも好きなんだけどね、私は夜空が一番好き。空に映る星を見るとね、とっても健やかな気分になれるんだ。落ち着いて綺麗で優しくて、人間の見る景色ってこんなに綺麗なんだなぁって思う。」
「僕も綺麗だなと思う。夜の空は暗いけど辺りに輝いてる星が優しい感じがして、落ち着いた気分になる。」
そういう周介にシオンは少し驚いたようにした後、はにかんで、
「嬉しいな、周介と同じ意見が持てた。」
「それ喜ぶこと?」
「価値観は人それぞれだからいいの、私は嬉しいって感じた。それが大事だと思う。」
そうして二人は少しの間、沈黙して空を眺めていた。
その後、最初に沈黙を破ったのはシオンだった。
「ねぇ、周介って戦うのは嫌い?」
「どうして急に……?」
「いや、さっき杏たちと話してたとき周介迷ってたでしょ?それで戦うのは嫌なのかなって?」
「そりゃあ、戦ったら死ぬかもしれないしさ、普通に考えたらかなり嫌な話だよね。大体僕は記憶がないわけで、あんなロボットを本当に動かせるのかわからない。敵は対峙すれば殺意を持って僕に襲いかかってくる。それに対して前の僕ならば何か出来たのかもしれないけれど今の僕は何を出来るかわからないんだ。正直、ランナーギアに乗って戦うということは、棺桶に入るようなものだって思うんだ。」
「うん。」
「だから正直、怖いよ。20年牢獄にいるって言ったって僕はその間生きていられるという事だとは思うんだ。それがどんなに窮屈だろうと生きいられるならば、それに縋るべきなんじゃないかって思う。けれど――」
続けようとした言葉に周介は詰まる。
「けれど?」
その先を聞こうとするシオンに対して、周介は首を振って誤魔化した。
「――なんでもない。」
その先を言えば、もう戻れない気がした。
「そっか、戦うと死ぬかもしれないんだね。」
シオンは納得したと言うように呟く。
「それは当たり前じゃない?」
「んー、どうだろな、私は前の戦いの時、周介が戦って勝って生き残ったから今回も別にそうなるんだろうって思ってたんだ。」
「なかなか厚い信頼だな、根拠はあるの?」
「――ない。」
シオンは笑って即答した。
「あのなぁ……冗談は勘弁してくれよ。」
「んー、これ以上なく真剣なんだけどなぁ……。」
少し不満そうにいった後、また空を見つめるシオン。
「星、綺麗だよね。」
そう告げるシオンに同調する。
夜空に点々と輝く星々の光。それは暗い夜の中でなおもその存在を示す。
太陽のように空の色を変える事は出来なくても、小さな星のイルミネーションは幻想的に夜を彩る。
「私ね、周介は戦わなくていいと思う。」
そうシオンは切り出した。
「なんで?」
「だってさ、周介が死んだら、また周介と一緒に空を眺められなくなるって事でしょ?それは、寂しいなって……。」
「でも、凄い大切なことなんだろう?世界とかいきなり言われても僕に遠い話すぎて、正直よくわからないんだよ。」
「ふふ、どうでもいいことだよ。きっと……。」
シオンは目を伏せて、テラスの入り口に背を向ける。
「お客さん、みたいだよ?」
視線の先にいる人影をみてシオンは言った。
周介もつられるように人影を見た。
「まったく、勝手に病室を出るとは探したよ……。」
そう語りかける女性の声、周介は聞き覚えのある声にはっとする。
「黒須さん?」
近づいてきたのは眼鏡をかけが軍服の女性、黒須杏だった。
「そっか、もう時間か……早いなぁ、もうちょっとゆっくり来れば良いのに……。」
シオンは杏を見て何かを察したように悲しげに言う。
「私だってな、正直、勘弁願いたいんだよ。彼らの勤勉さにはな……。」
「あとどれぐらいで来るの?」
「3時間。光学迷彩を使っていたので発見が遅れた。ヒューイット3様々だよ、ほんとに……。」
「ってことは、もう準備は済んでる?」
「いや、こちらとしても明日の朝には出せる予定だったんだがな、まだ点検に不備が多い。出来れば、そちらの彼に――」
「周介は戦わないよ。」
そう遮るように言うシオンに驚く杏。
周介はその答えを出しあぐねていて、否定する事も肯定する事も出来ない。
「それは彼がそう言ったの?」
そう周介を見て訪ねる杏。
シオンはその視線に割って入る。
「んーん、私がそうした方がいいと思っただけ……。」
「あのね、シオン。あなた、それがどういう事を意味するのか理解しているでしょ?」
「ほら、これでも私、光臨者の端くれだし。」
「ふざけた事言ってないの!あなた、それを人に向けた時点であなたがそんな格好をしてまで得ようとしてる信頼を失う事になるのよ……。」
「それは……そうだけどさ……。」
杏はシオンを押しのけるようにして、周介の前に立つ。
「間切周介。君の返答を待つと約束したが、解放軍の動きが我々の想定より速くてな……今どうするか決めなければならない。だから君の返答を聞きたい。我々と共に戦うかどうか……。」
周介を刺し殺すような視線で杏は言う。
「それは、今ここで答えを出さないといけないこと……なんですよね……。」
「そうだ、天野少佐も既に陣頭指揮を取っている。」
「答えを出す前に1つ、聞かせてください。」
「なんだ?」
「もし、断ったらどうなるか教えてもらえませんか?」
「君の保護も含めて牢屋に入ると説明したと思ったが……。」
「いえ、そうではなくて、あなた達とシオンがです。」
そう尋ねられ杏は少し考えるようにする。
「さあね、全力で逃げるだけ……かな。」
「もし捕まったら?」
そう意を決して尋ねる周介。
「私は捕虜になればまだいい案配だろうね。ただ、奴らがシオンを生かす事など絶対にあり得ない。体中を解剖されつくして、標本になるのが関の山だろうさ。」
杏は無表情に答えた。
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