4話 走る機械と少女の口枷
「――ランナーギア。」
その言葉を僕は覚えていた。
世界で最も人を殺したとされる殺戮機構。
人が手に入れた究極の兵器。
その最大の特徴はマルチバランサーで地形の起伏、硬軟を想定する事で1歩1歩に最適な体捌きを実現
ありとあらゆる地形を走破する事が可能としている人型兵器。
何故、他の事は覚えてないというのにこんな事だけ覚えているのか?僕は……。
「そう、ランナーギアだ。そこは覚えていてくれているのか……安心したよ。」
天野太陽はそう少し胸をなで下ろしたように言う。
「なんであなたが僕がそのランナーギアを覚えている事に安心を……。」
「ああ、それはね――君にこの機体に乗って戦ってもらいたいと思っているからだ。」
僕は思わず耳を疑った。この人は一体何を言っているんだ?
僕に、この機体に乗って戦う?
最初は冗談を言われているのかと思ったが、天野も後ろの黒須という人も表情が真剣そのものだ。
「えっと、僕、過去に軍務経験とかがあったりしたんですか?」
問いに首を振る天野。
「ないな、君は競技用の
「じゃあ、その競技の時の腕が凄くてスカウトされたりとか?」
再び首を振る天野。
「平々凡々だったらしいよ。成績は……悪くは無い成績であったそうだが、君より高い操縦技能を持つRG競技者は他にも同世代にたくさんいた。ああ、でも1つ興味深かったのが―――」
「――じゃあ、なんで僕がこの機体に乗って……それに戦えって話になるんです?そもそも誰と戦えって……。」
「当面はサバナ解放軍となるね。彼らはすぐにでも次の手勢を送ってくる可能性が高い。」
「それって僕が軍務経験のある軍人と殺し合いをしろっていう事ですよね?おかしいじゃないですか、それ!僕はただの学生だったんでしょう?」
その記憶は無いけど……。
ただ、これは道理の筈だと僕は思った。
それを否定するように黒須は横から言う。
「そうですね、ただ、五日前のノト襲撃事件。彼らは先に言ったとおり我々の所有するRGを先行して全て破壊しました。彼らの目的は我々の皆殺し。そんな中であなたを含めてこの部屋にいるものは全員生き残っています。他にも7名生存者がいて、ここで療養しているもの、違う任務についたものなど様々です。何故生きているのか?その理由を示すのがあなたの手元にあるRGX-01です。」
「この機体が?」
「はい、その機体は我々ノト基地の管轄ではなくリガプロジェクトによって持ち込まれた実験機です。その資料以上の情報は知りませんが、
黒須さんは僕を見た。
そこまで言われれば僕だってわかる。
つまり――
「僕がこの機体を操縦して、敵を追い払ったってことですか?」
その言葉に笑う天野。
「やった本人がそういうのは中々反応に困るものだね。それに、あれはそんな生やさしい者じゃ無い。君はそのRGX-01、つまり君がリガジオンと呼んでいる機体でね。彼らを圧倒し容赦なく殺害したのだよ。」
にわかには信じられない話だった。
僕が、この資料の機体を操作して敵を圧倒して殺した?
「興味があれば監視カメラに写っていた一部始終をお見せする事が出来ますが……。」
「いえ……いいです。」
黒須さんの提案を否定する。
そんな光景みたくもない。
「そこでだ、我々はこれからとある任務に就くことになっている。この任務の成否は確実に人類の存亡に関わる事案だ。しかし、我々は補給を受けるまで戦力が一切ない。解放軍はまた手段を選ばずに喪失遺産を使ってくるかもしれない。となれば、戦力の足りない我々は君に頼らざるを得ないのだよ……。」
そう言われ僕は憤りを感じ、感情が口から出る。
「そんなのおかしいじゃ無いですか!あなた達の言葉が本当ならば、確かに僕はあの敵を倒す事に成功したかもしれない!!けれど、それは素人の僕からしてみれば偶然だとしか思えない。そもそも僕は記憶喪失なんですよ?今の僕がRGを動かせるかどうかはわからない。そのリガジオンっていう実験機があるのならば、あなた達が使えばいいじゃないですか。それが軍人であるあなた方の責務だ。一般人の学生である僕が背負う責務では決して無いでしょ!!」
おかしかった。あんまりだった。
それは軍人の仕事なのではないか……なんで僕が身も知らない人と殺し合うなんて仕事を引き受けなければならないのか?
彼らのいう不条理に僕は叫び声をあげる。
それに対して、黒須さんは一瞬目を背け、天野は目を瞑り何かを飲み込むようにした後、口を開く。
「君の言葉はもっともだ。我々としても民間人である君に頼らずに作戦行動に出たいと考えていた。それが軍人である我々の責務であるとね。その際、あの実験機を我々の手で運用しよう。当初はその計画で進めていたのだよ。」
「だったらなんで!」
「君に渡した資料はあの機体の全貌ではなく我々に開示されている情報でしかない。特にRe:Gaと呼ばれるシステムに関しては我々には何のシステムなのか皆目見当も付かない。だがそれでも1つわかっている問題ががあった。」
「それは?」
「このリガジオンという機体はね、初起動時に脳波パターンを読み取って、量子コンピューターの中に擬似的な搭乗者のもう1つの脳を焼き付けるというシステムを取っているようだ。この焼き付けるというのが問題でね。一度、搭乗者の脳を量子コンピューターに焼き付けてしまった場合、その搭乗者以外の人間がこの機体を動かす事が出来ないようにロックがかかってしまうようなのだよ。」
「そんなの解除すれば……。」
「不可能だ、焼き付けたと言っただろう?一度焼いた肉を元の生肉に戻すことが出来るかね?不可能だ。これはつまりはそういう事なのだよ。もし出来たとしてもリガジオンをクリーンにする為には専用の大きな量子コンピューター洗浄用の施設が必要なのだよ。そしてそれは勿論こんな地方の基地にはない。さっきも言っただろう?我々はもうRGを持っていないと……それはね、我々にはこの機体を動かす事ができないという事からきている。」
「――だから、僕なんですか……。」
「そうだ、我々としても情けない限りだが、それでもこの任務に失敗は許されない。ゆえに少しでも可能性をあげるとするならば、この実験機を使わざるを得ない……そしてそれを扱えるのは君だけだ。」
「……僕が嫌だって……言ったら?」
「できる限り善処するが、記憶を失う前の生活には戻れないと思ってくれた方が良い。君は一般人に知られては成らない機密まで知っている。よくて20年は塀の中だろう。」
「それはあなた方が今僕に語らなければ!!」
思わず僕は声を荒げた。
知らなければ問題なかった筈だ。例え過去の自分が知っていた事だったとしても今の僕は知らなかった話だ。
だから放っておけば僕は知る事なんてなかった。
そう思う僕を天野は否定するように首を振る。
「記憶を何かの拍子で取り戻せば結果は同じだろう。結局危険性を鑑みれば、君を拘束するという手をとる他ない。だから君に開示されている情報は包み隠す事なく今この場で話しているんだ。これは私の誠意だと思ってほしい。」
「そんなの……そんな……選択の余地がないじゃないか……。」
僕は激情に駆られて瞳から涙が頬をつたうのを感じた。
あまりに酷い。まだ自分が何者かすら定かでないのに死ぬ可能性が高い戦場にいけと彼らは僕に語る。敵を僕が圧倒した?記憶を失う前の僕ならば出来たのかもしれないけど僕はその記憶すらおぼろ気だ。
それをしなければ人類の存亡に関わるのだと……。
人類?存亡?
何を言っているんだ、この人たちは……。
僕からしてみれば、まるで実感が湧かない話で、そもそも何故僕なのか意味を飲み込む事なんて出来なかった。
「本音を言うとね忸怩たる思いだ。ダンディズムを心がける私が情けない。君のような民間人、しかも命の恩人でもある君にこんな脅しめいた話なんて本当はしたくなかった。しかし、他に方法がないんだ。それにこれは君をサバナ解放軍から守るためでもある。」
「守る?」
「そうだ。サバナ解放軍というのはな、同胞へ害をなしたものへの報いを旨とする連中が多い。元々はサバナの戦いで地獄を見た者達の集まりだからな、強襲部隊のトップを務める女傑の仲間への意識はもはや愛情のそれに近いそうだよ。つまり君は既に彼らにとって敵討ちの対象であるという事だ。」
「そんな事あんた達が漏らしたりしなければ、わからないだろ……。」
「勿論、漏らす気はないさ。しかし、漏れないと約束することは出来ない。サバナ解放軍のスパイは当然連合にも潜り込んでいるだろうしね。彼らからすれば君は既に彼らの悲願を妨害した立場にある人間だ、君の正体を突き止めようと彼らは躍起だろう。」
正体なんて僕にだってわからないのに好き勝手……。
「だから結局、我々が彼らの手が届かない所に保護するしか手がないのさ。それが嫌だというのならば、君に残された道は1つしかない。まったく我ながらなんと理不尽なことだよ、ほんとに嫌になる。」
真摯に語る天野。
彼にも既に他に考えられる手がないのだろうというのが感じ取れた。
全ての戦力をそぎ落とされた現在の状況で再び襲撃を受ければ、今度こそ彼らは為す術もなく命を落とすだろう。
そして、その任務は彼ら曰く人類の存亡に関わるほどの事なのだという。
ゆえに手段は選べなかった。
こんな僕に頼るしかなかったのだ。
「――少し考える時間を貰えませんか?」
そう告げる僕に対して何か言おうとした黒須を天野は遮った。
「いいだろう、しかし私たちも時間がない状況でね。明日の朝また尋ねてくる。その時に答えを貰えると嬉しい。」
「わかりました。」
僕は頷いた。
そう語り終えて、天野は時計を見て、ため息を吐く。
「さて、そろそろ私も任務に向けて色々準備をしないといけない身の上でね、何か他に質問はないかね?」
「質問ですか……。」
そう問われ、少し考えたあと、ふと視界に入ったそれが気になり尋ねる。
「あのつかぬ事をお聞きするのですが、部屋の隅っこでこちらを不機嫌そうに眺めてる女の子はどなたなんでしょうか?」
といって指を指す。
その先には白い長髪の拘束具の少女が目を細めてじっとこちらを見ていた。
天野はそう聞かれて、ため息を吐く。
「彼女か……そうだね……彼女が何なのかと聞かれると回答に困るよ。それは君が彼女の口から聞いた方がいいのかもしれない。」
そういってポケットから何かを取り出し僕に向けて投げた。
僕は慌ててそれをキャッチする。手にひやりとした感触。
手を開いて見てみると、そこには鍵があった。
「彼女の口枷のものだ。我々が出て行った後、外してあげてくれ。まー先ほどから、我々が会話しているのがもの凄く不満だったようでね……気が立っているだろうから私はここで退散しようかと思う。黒須はどうする?」
そう言われ杏は面白くなさそうに目を細めた。
「それは保護者としての私に聞いてるんですか?」
「まあ、そうだね。」
「別にここに残る話もないでしょう、二人の方が話し安いでしょうし。」
そう言って黒須さんは、長い板のようなものを取り出して僕に投げてよこした。
僕は慌ててそれを受け取る。板にはディスプレイがあり、画面にはマニュアルと簡素な文字が書かれている。タブレット型コンピューターという奴だろうか?
「全てではないですが、リガジオンでわかっている事を私なりにまとめたマニュアルと機体の現在の状況を記したものです。」
「これがマニュアルですか?」
「電子媒体はわかります?」
そう聞かれ、渡されたものを触ってみる。
指を横に動かせば、ページがめくれ、単語の色が違う部分を触れるとそれについての補足や写真、動画が表示される。
「なんとなくは……」
「一応、こういった物を扱う記憶があるかも定かではなかったので音声認識で操作できるようにして持ち出しました。操作にもし困ることがありましたら音声操作で検索してください。質問があればタブレットに直接語りかければ内蔵されたAIが判断し適切な回答を行います。」
「僕はまだ受けるとは言っていないのになんでこれを?」
「あなたの想像以上に今我々は過酷な状況にあると考えください。我々には時間的な猶予がないのです。もしあなたが『はい』の二つ返事をしたならば、すぐにレクチャーを行う予定でした。」
確かにと僕は思った。
僕が本当に戦場に出て戦うというのならば、僕が乗る機体の事を何も知らずに戦うのは危険だ。
過去の僕はRGを操縦した事がある人間だったようだけれど、今の僕が同じように動かす事が出来るかどうかはわからない。
今、彼らの戦力になる機体を動かせるのが僕だけであるというのならば、確かに今すぐにでも操縦訓練をするべきなのだろう。
「わかりました。できる限り読んでおきます。」
そう言って頭をさげる僕に、少し考えるようにした後……。
「私達は、これで去りますがあなたに1つ忠告を……シオンの口枷を外すというのはある意味では危険な行為です。もし施錠するのならば、覚悟をしておいた方が良いと思います。」
「シオン?」
「彼女の名前です。」
それに対し少女は凄く不満そうな視線を黒須さんに向ける。
「彼女、さっきから怒ってるように見えるんですけど……。」
「ふてくされてるだけですよ。」
「危険っていうのは命的な?」
「いいえ、単純に心労ですね。」
「は、はあ。」
意味がよくわからずに僕は頭をかしげた。
何か口から危ないものでも出るんだろうか?いやいや、どうみても人間だし……。
「では、これで……明日の朝に答えをもらいに来るよ。」
「わかりました。」
そういって、天野さんと黒須さんは頭を下げて部屋を後にした。
静かになった部屋で僕の手元には鍵とタブレットコンピューターが1つ。部屋には僕と拘束具を付けた少女がいる。
窓から見える外はもう暗く、電灯が弱い光で室内を照らしている。
「えっと、シオンさんでいいのかな?」
そう少女に尋ねると、少女は少し不満気に近づいてくる。
歩く度にチャリチャリと足に付いた鎖がこすれる音が聞こえる。
「口枷の鍵もらったんだけど、開けて良い?」
そう尋ねながら、自分が言っていることが変な話だなと苦笑いする。
「んっ……。」
そう声にならない声をあげて少女は鍵をまじまじと見た後、僕に背を見せて、手錠に繋がれた手で白い髪を持ち上げて後頭部に指を指した。
そこにはベルトのつなぎ目と二つのベルトの先端を束ねる鍵穴がある。
開けていいといっているのだろうか?
僕はおそるおそる手に持った鍵を彼女の口枷の鍵穴に差し込む。
ごくりと息を吞む。どこはかとなく自分が悪いことをしているんじゃないだろうかという焦燥感が胸に芽生える。
それをなるべく外面に出さないようにして平静を保っているふりをしながら、鍵穴がずれないように左手で押さえながら鍵を回した。
かちゃりという音。
それとともにベルトが下に垂れるように落ちる。
「うーっ、うーっ。」
少女は僕に訴えかけるようにして垂れてきたベルトを僕の方に見せる。
僕に外せと言っているのだろうか?
僕はおそるおそる枷のベルトの両端に触れ摘まんで、おそるおそる引っ張った。
外された枷から涎が少し雫のようにこぼれる。
そうして少女は口を腕でぬぐうようにした後、僕を見る。
赤と緑の視線に僕は胸を串刺しにされるような気分になった。
一言で言えば、綺麗だと思った。
年齢としては14、5歳程度に見える。
僕より一回り若い印象だ。けれど、少女特有のあどけなさは感じさせず、ただ清楚で可憐さを感じさせるたたずまいが彼女にあった。
「あの……。」
なんと話しかけていいのか、わからずに思わず口ごもる。
ええい、記憶喪失の人間にこれはあまりに難易度が高いのでは無いだろうか?
そう、言葉に詰まる間に、少女は口を開いた。
「やっと喋れた。」
そうニヤリと笑って少女は僕の頬を触れる。
彼女の体温は温かい。
「中々喋れないの辛かったんだよ?まったく、大体酷いよね。杏、私の名前勝手にばらしていくんだもの。どう自己紹介しようかなんて考えてたのに台無しだよ。」
「えっと、シオンさん?」
そう尋ねるように言うと、少女は一差し指を振って僕の言葉を否定するように言う。
「シオンでいいよ、シオン・トゥアハー。貰った名前だけど中々気に入ってる。さんとか呼ばれると、ちょっと体がむずむずするからやめてね、周介。」
「君の名前を?」
「変に遠慮深いんだね……命の恩人さん。」
笑顔でそういうシオンに僕は違和感を覚える。
命の恩人と言われるものの、僕には記憶が無い。
恩人だと言うからには、天野から聞いた先日の戦闘で僕が助けたらしい一人なんだろうと思うが、なんでそんな……。
「君には感謝してるんだよ、周介。ほんとあの日は絶対絶命だった。リゲルタに託された君をなんとかあの機体の元に送り届ける事が出来たけれど、正直、私が怪我しちゃった時点でもう無理だなぁ……って思ってたよ。」
そう語るシオンに僕は申し訳ない気持ちになった。
感謝を語られているのはわかる。
けれど、それに関しての記憶が断片的にしかない。
だから僕にとってそれはあまり身に覚えのない感謝だった。
「ん、どうしたのか?」
不思議そうに彼女は僕に尋ねてきた。
「ごめん、記憶を少しやってしまっているみたいで、覚えてないんだ。君を助けたこと……。」
「ああ、そういえば記憶喪失とかって言ってたね。」
納得したようにシオンは頷いた。
「うん、だから、なんというかごめん。」
「なんで謝るの?別に君は悪い事なんてしてないんだよ?」
「ほら、覚えてないっていうのはなんか悪い事な気がするから……。」
そう申し訳なく言う僕にシオンは笑う。
「変な奴だなぁ~周介。そこ謝る所じゃないだろ~。」
「そうかな……。」
「うん、変な話。普通に喜べばいいのに……まったく……これだからコミュニケーションは面白いね。」
そう再びシオンは頷くようにして言う。
「面白いって?どういこと?」
そう尋ねてしまった僕。
尋ねてしまった僕。
少し先で僕はこの質問に対して後悔する事になる。
「ふふふ。ふふふ、面白い?何が面白いかって?それは人間と口で語り合う事だよ。やっぱこれだよね。人間って口で喋ってなんぼって奴。言葉っていうのは他の動物も持たないコミューションなんだよ。こんな多様性を持つコミュニケーション手段は人間以外いないんだ。ビバ口語、しかも同じ言葉や発音で意味合いを変えてくる辺りの多様性。なんてわかりにく!!」
目を輝かせて力説する彼女に僕は呆気に取られる。
それに構わず彼女の発言は続く。
「でもその多様性を読み解くのも楽しみだと思うんだ。大体なんでこんなに言語の数あるの?言語の数って知ってる?8000超えてるんだよ?わけがわからない、なんであなた達、統一言語でしゃべらないの?そんなんだから意思疎通図れないんだよ。あぁ、でもやっぱり言葉を覚えるっていうのは面白いな。そんな経験したことなかったし、知らない言語が相手に伝わった時の喜びだよ。うん、私はずっとあなたと会話をしてみたかった。なのに――」
「あ、あのー。」
「お前は五月蠅いから口も閉じとくとか杏に言われてさ、酷くない?ほら、見せかけの拘束するだけならば、手錠と足かせだけでいいじゃん。なのにお前喋ってると緊張感なくなるから口枷もしとけって、もーフラストレーションマックスだよぉ。意味わからない。周介、ずっと私に話しかけてきてたでしょ?あれで――」
止まらないシオンの言の葉。
僕は思わず右手にもった口枷を見る。
「私むずむずしてた。話したく話したくて話したくて、もうイライラしてた。火山がどっかんばっかんなるぐらいイライラしてた。」
シオンの口を注視する。口が開くタイミングを計る。
「その上、あの禿親父と君楽しそうに喋ってるでしょ?あれ、ずるい。本気でずるい。嫉妬心で腸が煮えくりかえる思いだったよ。私だって話したかった。だから、もう今が楽しくて楽しくて、それでね――」
そして口が開く瞬間を見計らって、口枷を口の中に投げ込んだ。
「ふごっ。(え、なに?)」
驚き眼を開くシオン。
僕は無感情に、かつ自動的に鍵穴を彼女の後頭部にロックする。
「ふごー、ふご、ふごーふごーーー(ちょっと、待って喋り足りない!!ねぇ、ちょっとまってぇ!!!)」
僕は一仕事終えた疲労感と満足感に体を支配され、一息吐く。
シオンは目に涙を浮かべて抗議するように叫ぶ。
「ふごーーーー、ふごーーーーーーーーーーー!!!(はずじで~しゃべりたい~~~)」
それから僕が正気に戻り再び彼女の口枷を外すまでおおよそ3分の時間を必要とした。
あと一言、清楚で可憐というのは撤回します。うん。
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