1章エピローグ『ブランクメモリー』
酷い臭いがしたのは覚えている。
僕の足下には物言わぬ有機物の塊となったヒトガタ達。
裂けた腹の臭い強烈で、糞尿と体液が混ざった臭いは思わず鼻を摘まみたくなるものだった。
『 』が胸から突き出たヒトガタがあった。
『 』が砕かれ『 』したヒトガタがあった。
『 』に焦げた『 』のあるヒトガタがあった。
『 』を一回り『 』されたヒトガタがあった。
『 』から『 』を潰されたヒトガタがあった。
『 』を潰されて『 』を吹くヒトガタがあった。
『 』に傷なく『 』したヒトガタがあった。
僕はその中をナイフを片手に鼻を摘まみながら歩いている。
特別な感慨は湧かなかった。ただ、臭いだけ。
僕にとってはそれは特に感心の持てない事だった。
『 』は死ぬ。何もしなくても死ぬ。
『 』は殺せる。簡単に首に触れるだけで殺せる。
ならば、『 』は何故生きているのだろう?命題である。
子孫を残すためと説かれた事もある。
けれど子孫を残す事に意味があるのだろうか?
親はその子が生きているどこかで死ぬというのに…。
わけがわからなかった。
何故人は生きているのだろうか?
だから、その答えが出るまで僕は生きている人達を大切にしよう。
そう思った。
けれど、僕を見る生きている人たちの瞳は――
―――少年は目を覚ました。
見上げる天井は白く、小さな電灯が1つ付いている。
アルコールの臭いが鼻をつく。
「――ここは…。」
少年は辺りを見渡す。自分が寝ているベッドはどうやら白いカーテン囲まれていて、花瓶棚が1つある。
「――っ。」
頭に強烈な痛みが走るのを感じて頭を抑える。頭を抑える手は布状の感触を得て、頭に包帯を巻かれている事を知った。
「僕はなんでここに…。」
そう思考しようとすると頭が激痛に苛まれる。
それと共にフラッシュバックする光景、ランナーギアの操縦室、殺意を持って襲いかかる敵、拘束衣の少女…。
「そうだ…彼女は!」
そう思って辺りを見渡し、起き上がろうとする。
すると右の太股に何か重しのような感触があるのを感じた。
僕は自分の脚を見る。
そこにはワンピース姿の白銀の髪の少女が突っ伏すように眠っていた。
目に付くのは口枷と手錠が嵌められている事だろうか…。
突っ伏すように眠る少女の口から涎がこぼれていて少年のシーツの一部が彼女の涎にぬれている。
顔色も記憶にあるのと比較して、ずっとよくなっているようで、すやすやと幸せそうに眠っていた。
それに少年は安堵の心を覚える。
(ああ、けれど困った…。これでは立てない。)
少年は思う。しかし、全重をかけるようにして気持ちよさそうに眠る少女を起こすのも少々忍びなかった。
それから少しの時間の経過の後、少女は目を覚ます。
うとうとと寝起きの細い目で、その白い髪を払いながら少年を見る。
「おはよう…。よく眠れた?」
そう声をかける少年。少女は、少し首をかしげた後、首を立てに振った。
少年は少女の姿を見る。長い白い髪とまだ幼く人形のような印象を与える少女の容姿、それでいて白を基調としたワンピースはどこか少女らしい快活さを印象づけている。
しかし、その上でその姿はやはり奇異的だった。目に付くのは手錠と口枷だろう。快活そうな少女の姿に拘束具を付ける、その造詣はどこか背徳的な印象を与える。
(一体。誰がこんな酷いことを…。)
「えーと、まずなんでそんな変な格好してるのかを聞きた――」
そう訪ねようとする少年は、あっと口を開き、その前に聞かなければならない事を思い出す。
「自己紹介がまだだったね、あぁ、君は喋れなそうだし僕の方から一方的にさせてもらうよ。僕は――」
そこまで口を開こうとして、少年の頭に激痛が走った。
言葉と言葉が繋がらない感覚。
「僕は――僕は――。」
頭を抱えながら念仏を唱えるように少年は呟く。
思い出そうとする。覚えている筈である。当たり前だ。
自分の名前なのだから…そんな事がある筈が無い。
けれど、頭痛が響く、思考にひずみが入る。
わからない、わからない、わからない、わからない、わからない、わからない。
情報が欠けていて接合せずにそれを言葉として出力することが出来ない。
「僕は―――だれだ?」
少女は不思議そうに少年の瞳を覗き返していた。
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