2話 ゼスト・エンカウント
時計の針は15分ほど戻る。
サバナ解放軍
周囲に広がるのは漏れ出したオイルが火をおこして起こる火災と銃撃で倒壊した施設群、そして逃げ遅れた人々の死体が無数スクリーンには表示されている。
ジーベンはその光景を一瞥した後、サブモニターのタッチスクリーンを操作して、リンクしている部下の機体へと通信を繋げた。
「こちらゼスト3、フェイズ2まで終了した。そちらはどうか?」
そう訪ねる声は少し疲れが見えた。
それも無理もない話である。今回の大和ノト基地への強襲は入念な準備を持って決行されたものではなく、3日前に決まり、2日前にブリーフィングを受けそのまま出撃となったのだ。
反連合組織として動く解放軍において緊急任務が課せられる事は珍しい事ではないが、今回のように星を半周するような任務を受けるとなると別だ。
もう数少ない超長距離移動用外付けスラスターを使うにも関わらず、念入りなルート選択を行う事が出来なかった。
それも任務内容を聞けば仕方のない事ではあったが、最悪、強襲前に敵に発見され撃墜される可能性も高かった為、この強襲作戦が上手くいったのは運が良かったの一言である。
無茶を通した結果、敵の不意は突くことが出来たらしく、敵のランナーギア収容庫は強襲と共に爆破、対迎撃システムもそのほとんどを能力を失っている。
ジーベンはタッチスクリーンにうすらと映る自分の顔を見て、顎にある髭に触れる。
「剃る時間なかったしなぁ。」
と少しぼやくように言った。
「仕方ありませんよ。案件が案件でしたから、あとで隊長に文句を言いに行きましょう。」
そう告げる声は若く、少し疲れを感じさせるジーベンの声とは別にエネルギーに溢れた声だった。
若さかなと苦笑いしながらもジーベンは口を開く。
「ゼスト5、報告を頼む。」
「はい、こちらゼスト5、フェイズ2まで終了。現在標的の情報を得て、現在現地に向かっている最中です。」
「情報?誰に聞いた?」
「職員に脅しをかけて、試しに一人殺しみた所、簡単に口を割りました。現在ゼスト6が標的を情報を元に追跡中のようです。」
「ふむ、場所は?」
「南東にある隔離施設です。」
マップをサブモニターで呼び出し、頷く。
「私も向かう。ゼスト6にはくれぐれも深追いするなと伝えておけ。敵は人の姿をしているらしいが、あの悪鬼どもと同類なのだ。全力で殺さなければならない。サバナの地獄を忘れるな。」
「――忘れる訳ありませんよ。」
ゼスト5は冷ややかな、それでいて憎悪の籠もった声で答えた。
ジーベンはそれにあえて反応しないように努め、機体を目的地に向かわせながら、少しため息交じりで話題を変える。
「しかし、ゼスト6が先に向かったのか……。」
少しため息交じりに言うジーベン。機体は目的地に走り出す。到着までの時間はおおよそ2分といった所か……。
「心配ですか?ゼスト6の技量は今回派遣されたメンバーの中でも随一かと思われますが……。」
「
「サバナで奥様と、息子を亡くされているのでしたね。」
「ああ、あの戦いは我々にとって悪夢だ。しかし、それを乗り越えるために我々は連合に弓を引いている。それと自身の復讐を混ぜ合わせてしまうようでは困るのだよ。」
サブモニターに新しい通信がPOPする。
画面にはゼスト6と表示されている。
「こちらゼスト6、対象を発見。現在二人で逃走している模様。」
その声は息が荒く、興奮を必死に押しとどめているようだった。
「二人?警護の兵士か?」
「いえ、子供に見えます。少年でしょうか?奴に手を引かれて逃げているようです。ゼスト3、発砲許可を頂きたい。」
「その子供が民間人の可能性は?」
「知りませんよ、ゼスト3、今です、今しかないんです。あいつがいつ本性を露わにするかわからない。その前に我々は殺さなくてはならない。」
そう言うゼスト6に対して、少し悩むようにして頭に手を当てて答えた。
「発砲を許可する。殺せ。」
「ありがとうございます。」
ジーベンは、よくもまあここまで人道を外れた事が出来るようになったものだと自嘲する。サバナ大陸に人が住めなくなったあの日、そういった人間らしい部分はほぼ失ったのだろう。
距離が近くなり、ジーベンの機体のカメラにもゼスト6の機体の姿が映った。爬虫類を思わす面構えに黒い鋭利なフレームのランナーギアが手に持ったアサルトライフルを射撃している。
しかし、攻撃は当たらない。標的と少年は建造物に隠れながらうまく回避しているようだ。
(こういう建造物の多い場所だと小さい標的を狙うのはいささか面倒だな…。)
そう考えジーベンはゼスト6に告げる。
「グレネードの使用を許可する。一撃で仕留めろ。」
「了解!」
それと同時に発射されるグレネード。
その爆風は確実に標的達を襲う。
「――やったか?」
眺めるジーベンに否定の意見が出る。
「いえ、まだです、どうやら奴ら近くにあった倉庫の中に逃げ込んだらしい。くそ、しぶとい奴め。追います。」
「了解した、殺害は君一人で十分だろう、私とゼスト5は周囲の警戒を行う。」
「――了解。」
そういってゼスト6の機体は倉庫の扉を破壊し始めた。
警報が鳴っている。
既に、連合の他の基地からこちらに増援を送っているだろう。
とはいえ、長距離用スラスターは今やほとんどその数を残していない。
援軍にくるにはあと30分はかかる事が想定される。その間に任務をこなしてしまえばいいだけの話である。
ゼスト6の機体は扉開けて中に入り立ち止まる。
「ゼスト6からゼスト3へ、判断を仰ぎたい事があります。」
「なんだ?」
この時点で判断を仰ぐこととは何だと訝しげに聞くジーベン。
「見たことがないランナーギアが一機、倉庫の中に……。」
「なに?見たことがない機体だと?」
「はい、ベースは我々の扱っているスクルージと同系統かと思われますが、それにしては差異が多い、腕部と脚部は一回り大きいですし、あんな大型のバックパックは見たことがない、カラーリングは白…自分は潔白だとでも言いたいんでしょうかね。標的達はあれに乗ったようです。倉庫に進入したときコックピットブロックが閉まるのを見ました。」
そう告げるゼスト6。
「隊長、もしや噂の連合が開発中だという
ゼスト5がそう推測するのに頷くジーベン。H.M.S.TとはHyper Mechanical Scale Technologyの略である。採算を度外視して研究された最先端の機械技術。それをH.M.S.Tと呼称している。
例えば今、ジーベン達が乗っているランナーギア、RG-20スクルージの脚部に使われているフロイドメタルバランサーがその一例だ。
ランナーギアはありとあらゆる地形を走破するというコンセプトの元に開発された、一際注力されていのがバランサーである。2年前開発された流体金属(フロイドメタル)と呼ばれる金属は通常ゲル状の流体だが、特殊な電磁波を与えることによってその形と硬度を変える事が出来る。
それをランナーギアの足裏に採用し、ソナーマッピングと合わせて足裏の形を地形に合わせて微調整し、転ぶ危険性なく最大の運動効率で荒野を走れる機体として再設計された。その効果は画期的であり、機体テストでは南極大陸の雪原を時速100kmで走ったとされている。
H.M.S.Tはそういった革新となる技術であり、サバナを主戦場としたゼウス戦役を受けて連合が新しいH.M.S.Tを搭載した機体に着手したという噂は、解放軍にも流れていた。
これを鹵獲し、解析、あわよくば量産する事が出来ればサバナ解放軍としても大きな戦力増強に繋がる事になる。
それを鑑みてジーベンは判断する。
「ゼスト6、出来れば、その機体を鹵獲したい。コックピットブロックのみをバイブレーションナイフで破壊する事は出来るか?我々も協力する。」
「そんな事を言っている場合ではないでしょう?奴が、奴がそこにいるんですよ?殺さなくては!」
「我々は今だけを生きているわけではないのだよ、それは貴様もわかっている筈だ。我々が連合に何故弓を引いたと思っている。人の尊厳を守り、奴らを駆逐する為だ。今回の作戦はその予行にすぎない。本当の脅威はまだいる。それに対抗するための戦力が必要だという事だって貴様はわかっているはずだ。」
少しの沈黙の後、ゼスト6が答える。
「わかりました……ですが、俺一人でやらせてください。」
その声は憎悪に燃えていた。
「そんな事を言っている場合ではない、敵はランナーギアに乗ったとすれば、それは脅威だ。」
「とはいえ、年端もいかぬガキ二人です。我々はあのサバナを生き延びた兵士なのですよ?その我々がH.M.S.Tが積んである最新鋭機だからといって子供相手に怯える必要がどこにあります。それにね、俺は見たんですよ、コックピットに乗ろうとした奴の腹部から血が垂れていたのを……。コックピットブロックに血だって滴ってる。あれで操縦なんて出来るわけがない。もう一人はなんでいるのかわからない民間人のガキでしょ?論外だ。俺に……俺に殺させてください。」
ジーベンは顎髭を触りながら、その提案を了承した。ゼスト6の発言に一理あると考えたのもあったが、ここで口論になる方が時間の無駄だと考えた為である。
「ゼスト5、我々ももしもの場合の為に、倉庫横で待機だ。もし奴がゼスト6を超えてきたのならば、この位置ならば不意打ちになる。もしゼスト6を乗り越えて来るようならば、それは脅威だ。手段は問わん。破壊しろ。」
「了解、配置につきます。」
そして少しの時間を二人は待った。
その後、報告が入る。
「くそ、あいつ、あんな強引な手で……ゼスト3、奴が逃げました。すいません。」
「――あの馬鹿が!!」
そう侮蔑して、自機にアサルトライフルを構えさせる。
倉庫の入り口から走り抜けてくる白いランナーギア。
確かにその造形はジーベンの中にあるどのランナーギアとも違いH.M.S.T搭載の最新鋭機というのも間違いではないと感じた。
ジーベンはトリガーを引く。
敵はこちらに気づいたようだが、既に不可避。
2面からの射撃を回避しきれずに被弾しながらも横にあった別の倉庫へと姿を隠す。
「ゼスト5取り囲むぞ!」
ジーベンは機体を走らせ、敵を確認、すぐに追い追撃をかけるが再び、逃亡を許す。
「逃げるのだけは上手い奴め、ネズミか、あの機体は!ゼスト5被害報告!」
「右腕部のフレームが曲がったぐらいです。まだ戦えます。」
「責任は後で問う。これからは私の命令に従ってもらうぞ……。」
「――はい。」
「ゼスト6は後方に回れ、私はこのまま直進して2方向射撃で逃げ場を奪う、ゼスト5は倉庫から奴の元へと迎いトドメを刺せ。三段攻撃だ、いいな?」
「了解。」
「カウント3の後あとに同時射撃……いいな?3、2,1……。」
カウント0と同時に射撃、白い敵機は逃げるようにして走らせるが弾丸は2方向からの射撃に対応しきれず、倒れる。
ジーベンは敵機の状況を注意深く観察する。どうやらバランサーと左腕に損傷を与えているようだ。
最後にトドメとばかり迫るゼスト6の機体。それは不可避の攻撃である。
そうして接近し、ナイフを振り上げた瞬間、起こった事にその場の人間は誰もが唖然とする事になった。
「――がふっ……。」
声にならないような、何か口から吐き出すようなの声が通信に流れる。
ジーベンは目の前で起きている光景が信じられず、自身の目がおかしくなったのではないかと疑った。
不可避のタイミングでかつ、敵は武装を持っていなかった。
その上で敵機を確実に破壊出来るように徹底的にお膳立てをしたのだ。
なのに、今、目の前で起こっている、これは何だ?
ジーベンの操縦室内のスクリーンには機体の胴体ごと丸く太い銀色の槍に貫かれたゼスト6の姿が映っていた。
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