8話 殺戮幻想カタストロフ
迫る敵が来る最中。
周介は建物の陰に機体を隠し銃撃を避けながら考える。自分に出来る事は理解していた。
半日足らずのブリーフィングで理解出来たのは、機体の走らせ方とこの背中から生える4本の
それで攻撃面は誤魔化せるだろうというのは天野の読みであり、それ以降は機体の動かし方を主にレクチャーされ、他の操作は簡単に流す程度に行われたぐらいだ。
機械的な知識もあまりない周介からすれば
リガジオンに搭載された武装がわかりやすい
自由度が高いといえば聞こえはいいが、それはその全てを正しく使いこなせるものに有効なものであって、素人には思考の長期化と迷いを招く。
その為、武装は最低限でわかりやすいものだけを支給されていた。
RE:Gaシステムは未だ冷却中、
諦めるという択はない。絶望的な状況に打ちのめされてる暇もない。
ゆえに即断即決。
周介は、数瞬で思いつく方法で一番有効に思えたものを実行に移す。
迫る3機の敵、紅の
ゆえに最優先で倒すべきは紅の
しかし、やみくもに紅の
周介自身、今なんとか動かせるようになった程度の自分の腕で訓練を受けた相手に勝つためには正攻法は不可能だ。
となると奇をてらった戦いによってチャンスを掴む。
そこで周介は考える、この機体に出来て敵には出来ない事は何かと……?
奇をてらうという事は意識の隙を突くという事だ。
周介は
流体金属で出来た硬軟自在な腕。それは時には盾になり、時には足になり、時には剣となる。
それが、この機体には4本備わっている。
脳波操作を用いている為、難しい操作も入らずに直感的な操作が効くそれは今、この機体にしかない特徴だ。
それを使う事で地上戦になりRE:Gaシステムを使えなくなった今でも生き延びさせてくれているといっても過言ではない。
だからこそ、周介は思う。
――既にそれはもう見せすぎていると……。
敵もこの機体の最大の強みが
わざわざ対策までされているのだ。ならば、既にこの
だとするならば、どうするべきか?
機体の状況を見る。先の戦いでパーツが足りないがゆえに満足な修理が出来なかったそれは、左腕を喪失したままだ。
周介は機体の残された右腕を見る。
「――賭けてみるか。」
限りなく危険な一点張りにベットするのは己の命。
見返りは少ない報酬、それ以外はデッドエンド。
しかし、この状況で勝つにはそれ以外の手はないと周介は判断した。
周介は機体を動かし、建物から体をだして敵の姿を探す。
そして、その時みた光景に周介ははっとした。
(敵が――いない……?)
機体が映すカメラの向こうには敵機が1機たりともいなかった。
周介はその事実を飲み込み、はっとする。
そして機体のカメラを上部に向けようとした瞬間――
「――遅い!!」
その声と共に空中から襲いかかる紅の
フライトユニット。
飛行中は
「――くそ!」
回避は無理と判断して周介は慌てて
「それは無駄だと言っているだろう!!」
しかし、落下しながら鞭を下に垂らす。
人間が使う鞭であれば、力学的に下方に向くはずのない鞭が、鞭の内部に積載された軸を硬化させることによって槍のようになって
軟化する流体金属。
そのまま踏みつけるようにして重量でリガジオンを押し倒す。
「――ぐっ。」
機体に響く音と揺れ、周介は座席に頭を打つ。
機体の脚部に衝撃が走った。リガジオンはがくりと膝を落とす。
そのまま脚部を踏みつける。
「それに流体金属は別にお前のお家芸じゃないんだよ……。」
敵の機体の足裏にあるバランサー用の
これは
バランサーとして地形にフィットする目的で使われる流体金属を武器として転用する
無論、リガジオンの
しかし、装甲を貫き穴をあける事ぐらいは可能な武装だ。
それを持って移動力を奪い、そのまま紅の
「まだだ……!」
周介は右腕で足をどけようと手を当てる。
そして力尽くでその足をどかそうとする瞬間、
「――やめておけ。」
そう冷たいホロウの声が響いた。
周介はその声に悪寒を覚え、息を吞む。
最後通牒、これ以上何かしたらコックピットごと貫くという相手の告知だ。
何故このような状況になったのか?
周介が反撃に出ようとした際、ホロウ達も正面からではなく奇襲をかけるという選択を選んでいた。
これは過去の強襲部隊がリガジオンに敗北した際、数の利から正面から攻撃し、敗北したという事実を飲み込んでのものである。
ホロウ・ネレアネサに油断はない。
これ以上ない対敵、それは光臨者と戦うほどの覚悟でこの場に挑んでいる。
ホロウが取った策は自身が空中から強襲、その際に残る2機を散開させ1機はこちらの様子を伺おうとした時に攻撃させる役、もう1機を遠距離からホロウをサポートするスナイパーとして役を任せるというものであった。
これによって空中からの強襲によって周介の反撃が1手遅れる。
反撃に出ようとする周介の機体を狙撃することでリガジオンは態勢を崩し2手遅れる。
反撃に使った
そのアドバンテージは決定的な結果となって、リガジオンを拘束し、右脚部を破壊し、コックピットに
ホロウが機体のスピーカーの拡声機能のボリュームをあげて喋る。
「さて、聞こえるか、連合よ!貴様らの頼みの綱の機体はこの通りだ。まったく、こちらに損害出る事も想定はしたがな……潔く降伏しろ。貴様らに既に勝機はない。私は部下を殺されて、腸が煮えくりかえっている。わかるか?いつ手元が狂うかわからない。『ダナン』を渡せ!30秒待つ、それに答えられないのならば、この機体のパイロットは殺す。」
数が1つ下がる度に死神が一歩一歩、歩を進めてその鎌を首にかけようとする。
今の周介にはただ、その声を聞くしかなかった。
「30、29、28――」
手段はある。しかし、今この警戒されている状態で使うのは危険だった。
失敗すれば、それこそ周介は己の死を確定させる。
それゆえに絶対外せないからこそ、今この状況では使い物にならない。
(一瞬でも意識がこちらからそれれば……)
そう思う周介の思いは余所にカウントは進んでいく中で周介は自分に違和感を感じる。
全身がガタガタ震える。その事実に最初は当たり前だと思った。
「23、24、22、21――」
しかし、思考冷めていて、興奮の只中にいるというのに目の前の事に集中できている。
何故、このような状況で自分は慌てふためかないのだろうか?とも思う。
覚悟はしてきたとはいえ、想定外の連続でパニックになっていてもおかしくない。
「18、17、16、15―――」
しかし、思考は乱れることなく、一種の高揚感を持って状況を見据えている。
(俺がこの状況を楽しんでいる?)
そうよぎった思考に戦慄を覚え、それを頭を振って追い払う。
異常だと思った。記憶を失っていてもそれがおかしいという事は理解出来た。
それでは記憶を失う前の自分は一体どんな人間だったのだ?
「15、14、13、12、11―――」
そこまで読み上げてカウントが止まった。
ホロウの機体のカメラが、遠くを見るようにしている。
その瞳の先には両手両足に錠をはめられた白い髪の少女、シオン・トゥアハーがいた。
少女が微笑む。
悪意的に微笑む。
「えっ……なんで……?」
思わずその姿に心を奪われて素っ頓狂をあげるホロウ。
見てはいけないものを見てしまった。
あるはずのないものがそこにいるのを見てしまった。
そんな表情を浮かべ、体をわなわなと震わせる。
あれは我々が探しにきたものではない。
あれは――
――そして、それこそが周介に決定的な反撃の機会を与える。
(――ここだ!!)
周介はトリガーを引いた。
間切周介にとって幸運だったのは周介が記憶を失う前の最初の戦いが人工衛星から認識出来ない倉庫の中で行われていたという事だろう。
ゆえに
リガジオンの右掌部に搭載された
敵に
だからこそ
それを狙う。というのが周介の奇襲だった。
しかし、敵の奇襲によって全ての策は水泡となった。
だが、それでも未だ敵はこの武装の存在を知らない。
その事実に周介は賭けた。
問題はこの兵器の発動にある若干のラグ。
敵がリガジオンが何か起動している事にその一瞬で気づきスパイクで刺されれば、その場で死ぬ事になる。
だから一瞬の隙を探し周介は耐えていたのだ。
そして、何の奇跡か、その瞬間が周介に訪れる。
「
発せられる咆哮のような衝撃音。
「なっ……。」
驚き声を上げるホロウ。
それがリガジオンの攻撃だとすぐ認識し、
「このぉ、くたばりぞこないがぁ!!!」
スパイクを起動を入力する。
しかし、スパイクは起動しない。
ショックウェーブバンカーによって、ホロウの機体の右足のフレームが70度曲がっており、右足裏の
「――このまま!!行ってくれぇ!!!」
そのままリガジオンは紅の
バランスを崩し、倒れる機体を遠距離狙撃から盾になるように抱えた後、胸部コックピットに右手を当てた。
ショックウェーブパルサーが唸る。
「―――この、舐めるなぁ!」
ホロウは機体に後頭部での頭突きをさせる。
揺らぐ機体、それに合わせて押さえつけられたリガジオンの右腕押出し強引に左腕をコックピット前にねじ込んだ。
ショックウェーブバンカーが射出される。
機体の左腕が盾となり、大きく圧し曲がるが防御に成功する。
右腕と右足が使い物にならないリガジオンに拘束を維持する力はない。
すぐさまホロウは手慣れた
その腕を押し止める為、リガジオンの右腕を突き出す周介。
「うわああああああああああああ!!」
叫びながら動かすが、遠方からの狙撃がリガジオンの右腕を貫き抵抗を無為にした。
「よくやった!!これで!!」
ホロウは勝利を確信して機体を操作する。
そして、この瞬間、再びリガジオンの顔にあるバイザーアイが開き三つ目が覗く。
――RE:Gaシステム・
各部が展開する。
――あなたの望む未来はなんですか?
「いいからこの状況をなんとかしろ!リガジオン!!!」
その問いかけに対して答える周介。
――可能性の確定、コード:ダナン、未来を出力します。
そして、エレキテルウィップは振り下ろされた。
さて、可能性の話をしよう。
0.000000001%の可能性で成功する可能性があったとする。
それは限りなく絶望的な条件で、偶然すらも身につけなければならない奇跡だ。
それにたどり着くためには人の知ることが出来ないカオス理論すら想定し、非論理的でさえある正解の手順を踏まなければならない。
人にはそのような情報処理能力は存在しない。
ゆえにこの可能性は人には実現不可能である。
しかし、可能性はあるのだ。どれだけ低く、絶望的であろうと……。
そして、リガジオンのRE;Gaシステムは量子コンピューターと死骸を用いてありとあらゆる状況を想定しカオスすら掌中に収め、それを可能とする道標を示す。
それは人が持つべき絶望に対抗する力にして最後の人災。
可能性がアレばどれだけ低くても手に入れる限定的な全能を目指した権能。
神に反逆する為に神の体を削り作り上げたバベルの塔。
人類が絶望に対抗する為に生み出してしまった第四の災害。
――リガジオンである。
「――。」
――ホロウ・ネレアネサは言葉を失った。
何故、ここでという思いに胸中が支配される。
機体のサブモニターに表示されるレッドアラート。
それは機体が機能不全を起こしたことを意味する。
長い連続稼働に白兵戦の大立ち回り、機体のダメージも深くなんらかの不具合が出てもおかしくはない。
(よりにもよって、このタイミングで!)
思わずにはいられなかった。
あの少女を見た時から様々な事がおかしくなった。
何故、彼女がそこにいたのか?ホロウには理解が出来なかった。
(あれはサバナで死んだ筈だ。殺した筈だ。)
機体が再起動を終えたのを告げると同時に機体に衝撃が走る。
「ぐっ……。」
コックピットにおこる慣性、投げ飛ばされた感触。
機体が地表にぶつかり、転がる。
映像が戻るディスプレイの先には4本の
既に両腕はなく、片足はホロウの手で使い物にならなくされている。
ゆえに
3つの獣のような瞳がホロウの機体を睨んだ。
ホロウはその姿にとある記憶を呼び覚ます。
それは遠い過去、サバナの地獄、築かれる
「まったく、光臨者を自分の手で作ったとでもいいたいのか連合は……!!」
獣のように
片足をへし曲げられているホロウの機体に逃げる方法はない。
右手でエレキテルウィップを握らせる。
「援護します。」
そう告げる部下の声。
片方がホロウの前に立ちライフルを構え、片方が遠距離から狙撃する。
リガジオンは狙撃を察知するようにして、飛び上がり回避する。
「空中に逃げたか、愚かな……もう逃げ場はないぞ!」
そうライフルをもった
ホロウは防御に
これにて詰み。
ライフルの射撃が始まる。
しかし、リガジオンはそれを回避しない。
機体に弾丸が当たる。
音を立ててリガジオンの体が削れていく。
しかし、その落下するまでの間にリガジオンを行動不能まで破壊する事は適わず、着地と同時に
「くそっ!!」
ホロウは目の前の自体を飲み込んですぐに態勢を整える。
(まるで機動性が落ちたように見えん、致命的な部分は全て避けて受けたとでもいうのか?あのアサルトライフルの弾雨の中を防御も無しに?ふざけるな!)
そう心の中で狼狽するホロウ。
しかし、対峙する。
既に仲間を4機失ったもののホロウはまだ自分が優位にあると考える。
1つは敵は移動を全て
四本の
その時点で狙撃というサブプランが存在しているホロウは自身の優位を認識するのは当然だった。
ホロウのトドメを刺そうと襲いかかるリガジオン。
鞭という武器は線ではなく面の攻撃だ、広範囲にしなる鞭の攻撃面は見た目以上に広くかつ、不規則で対人同士であっても見切りは難しい。
しかもそれを通常より反応が遅れる機械、RGで行うのだ。
その軌道を見切る事はほとんど不可能である。
敵はホロウの眼前に辿り着く必要があるが、こちらは四本の
そういった誰にでもわかる簡単な算段はホロウの優位性に誰もが頷く所だろう。
しかし、リガジオンはその優位性の全てを無視する。
ホロウに近づく最中の狙撃を全て先読みするかのようにして回避する。
鞭の間合い入る。
ホロウは斜めにはねるようにしてエレキテルウィップを放たせた。
しなる電気を帯びた鞭。
その一撃は、
ホロウは敵が回避行動を取ることすら想定し2撃目に備えた。
その限りなく軌道の読めない一撃をリガジオンは回避行動をとろうとすらしない。
「奪った!」
そう勝利を確信するホロウ。
この攻撃は回避できないと数々の戦いを駆け抜けてきた女傑の勘がそう告げる。
しかし、彼女が対峙する敵はその勘は嘲笑う。
「馬鹿な……。」
全ては紙一重。
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!」
下方からくる攻撃は跨ぎ鞭のなぎ払い。
それを減速すらせず、通り抜けてホロウの機体の目前に迫る。
「化け物がぁあああああああああああ!!!」
叫ぶ怯えるような二度目の攻撃。しかし、その間もなく
ホロウの機体が力なくしなだれかかるように手を落とす。
――残るは1機。
周介は自分のしている事に驚きながらも機体を操作する。
モニターには周介がすべき事をすることによって起こる仮定が表示されている。
周介はそれをなぞる事で、その仮定を現実へと還元していく。
機体を最後に1機に向けて走らせる周介。
リガジオンが
途中でほんの2度レバーを傾ける指示が出、それに従う。
咆哮の如き敵の発砲音。
しかし、その弾丸は機体に当たらずすり抜けるように地面に当たる。
眼前に迫る敵、周介は
血の付いた流体金属が機体から離れ踊るように収納される。
起こった結果を信じられずに思わず周介は振り返る。
ディスプレイに映るのはRGの残骸。
コックピットから赤黒い血が流れているのが見える。
「ははっ……。」
おかしな笑い声が出た。
初めに疑ったのは自分が死んでいて、死後の世界でこのような夢を見ているのではないか?という事だ。
夢ならば理解出来る。
自分が死ぬという事を受け入れる事が出来ずに、見てしまった走馬燈。
そう疑わずにいられない程、自分にはあまりに出来すぎていると……。
ふと周介はディスプレイによく見知った白い髪の少女シオンが映っているのに気づいた。
シオンはこちらを見て腹を抱えてて笑っていた。
涙を流しながら、おかしくておかしてくおかしてく仕方ないと、笑いを堪える事が出来ないと……。
「…………シオン?」
機体の中にいる周介には彼女の笑い声は聞こえない。ただ、口を大きく開けて体を震わせて笑っていは理解出来た。
そして、笑い終えたあと、シオンはゆっくりとこちらに右手を伸ばして慈しむような顔で言う。
その声は当然聞こえなかった。
しかし何故か周介は何を言っているか理解できた。
「ねぇ、周介、あなたが私を殺してね。絶対だよ……。」
周介はその言葉に思いがけない興奮を抱く。
そして自分からわき上がった感情に戸惑いを隠せなかった。
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