6話 もし戦う理由があるならば
天野太陽。
連合軍少佐。38歳、男。身長175cm、体重:70kg。
趣味:ギャンブル。身体的特徴:毛がない。
特にキャリアもなかった彼が出世コースを歩んだの18年前のゼウス戦役と呼ばれる戦いが発端になる。
それは『光臨者』と呼ばれる地球外生命体との戦いであり、人類の存亡をかけた戦いだった。結果、サバナ大陸を失うという目にあったが人類は勝利した。
それは新暦と歴が変わって以来、人類が迎えた最大の危機であっ。
彼がそのゼウス戦役で特筆するような戦果をあげたかといえば、それは違う。
それは一重に人手不足であった。
大陸1つを失う程の戦いで全軍を投入した連合が多くの将兵を失った為である。
それによって連合は多くの兵を失った。天野の今の地位は、その穴埋めとして棚からぼた餅のように得た地位だった。
もっとも責任ある立場というものに苦手意識を持つ天野からすれば、少佐に任じられた時、なんとも苦い顔をしていたのだという。
当たり前のことを当たり前のようにする人生。その彼の願望は18歳の頃にはそう出来上がっていたが、軍属である父が息子も護世の士になれと他の仕事をする事を許さず。天野は軍属になった。
天野は仕事をそつなくこなしながらも特別出世欲もかかず、裏方に徹する仕事をしたのだという。
事故、小競り合い、ゼウス戦役などで彼が命の危機に瀕しなかったのはそういった謙虚さがあったからかもしれない。
そうして年を重ね、無難な功績を立てて、無難に評価されて、人生を謳歌する筈だった。人生に刺激が欲しければ建設的なギャンブルをすればいくらでも賄える。
これが天野太陽という人間の哲学であり、生き方だった。
それが今や第四災害における最重要機密の保護を任され、己が判断を誤れば世界を滅ぼすなどと言われる危険な立ち位置にある。
その事実をその瞳で直視するたびに天野はため息を吐きたくなるのを感じる。
呪われてる、ああ、まったく呪われている。
人生は思い通りには中々上手くいかない。
それは流れ続ける激流の中で泳ぐ様のようで、向きを変えるのは大変で、逆に昇るなどもってのほかだ。
だから、流れに逆らわずになるべく安全そうな道を選んできたというの、この落とし穴。
天野は自らのツキのなさを嘆いた。
だが、天野太陽の美徳は現実逃避をしなかった事だろうか。
己の責任を把握し、理解し、それについて正しいと思う行動をおこす。
それが出来るからこそ、責任を取りたくなかったのであり、見て見ぬふりを出来るほど、人間が出来てもいなかった。
天野は司令室で静かにモニターに映る影を見つめている。
俯瞰するように映る6つの機影。
「まったく、いくらなんでもやる気ありすぎじゃないかぁ?喪失遺産6基も投入するならアメリア大陸の方に送れよ、アメリアの方に……。もう勘弁願いたいんだがなぁ。」
その姿に天野はぼやくように頭をかきながら呟く。
サバナ解放軍、その次の手勢がまたノト基地を標的としてやってきたのだ。
「目的は……まぁ、ダナンと例の機体って所か……。」
今回は敵が空から来ることを想定し、連合本部に喪失遺産である人工衛星ヒューイット2の使用の認可を得る事で早期発見を行う事が出来た。
といっても敵の数を6機と告げられた時の天野は「馬鹿じゃねーの!ほんとに馬鹿じぇねーの!!」と平静も威厳も失って叫んだ。
事実として既に現存する数が100に満たないとされる飛行ユニットを6基も投入というのは常識外の行動だ。ノト基地のような地方の都市にはもはや意味を失った技術とされる対空兵器などあるわけもなく、空からの強襲に対してとれる手段など限られている。
天野はプランの実行に入る。無論それは万全のプランといえるものではない。
少ない可能性をたぐりよせいて数少ない勝機を得るためのものだ。
今や1機も
ほんの30分前までは唯一の対抗戦力として見れるリガプロジェクトの産物も彼の中では戦力外のものとして扱っていた。
天野は間切周介に期待をしていなかった。
彼と病室で話す中で彼が素人だというのは理解できた。
それでも、記憶を失う前であればまだ芽があったのかもしれない。彼は既に3機の手練れに機体にダメージを負わせながらも勝利している。
機体スペックが敵より勝っていたとしても技量で大きく劣るものがその技量差を跳ね返す事などは、そう無い。ましてや素人である。
例え才能があったのだとしても、その戦果はもはや奇跡といえ、もう一度その奇跡を起こせと記憶を失った彼に言うのは度を超えた理不尽でしか無い。
その時点で助力を願いながらも天野は周介を戦力として見るのは止めた。
彼は己が職務で守るべき人間なのだと、そんな人間に期待をするというのは間違いであると、そう認識を改めた。
当然、彼自身もこのような理不尽は断るだろうと思った。人間誰しもが自分を大切にするように出来ている。
それは決して蔑まれる事では無い。当たり前のことだ。
誰だって死にたくない、誰だって生きていたい。
それも記憶を失い右も左もわからない少年に大の大人が自分達が死ぬかもしれないから、助けてくれと願う姿はなんと情けないことかと思った。
このような大人の形はあってはならない。彼の過去、そして彼の戦果に目が眩んでいたことに天野はいたく反省した。
だからこそ、天野は自分の直面している事態に驚きを隠せないでいる。
「ほんとうに、いいんだね?周介くん。」
そう確認するようにモニター越しにいる相手に語りかける天野。
モニターから少年の声が返る。
「はい、えっと、これがレバーで、これがペダルで……タッチモニターと……右腕動作……うお、動いた!!」
機器を確認するように弄る音が聞こえる。
その声に不安を覚えながらも天野は語りかける。
「敵はもう30分でこちらに到着することになっている。奴らがここにきたら作戦開始だ。それまでに確認や質問は今のうちにしておいてくれ。」
「はい――えっと、ああ、ここに出力表示がされて音声認識は……えっと、ああ、動いてるな。」
「バランサーに重心を左に傾ける入力をするのは忘れないでくれよ、設定は操作は黒須くんに聞けばわかる。」
「はい。重心制御……ってどれです、黒須さん?はい、はい、ああ、なるほど……わかりました。このリンクを開いて……。」
その確認作業は一見淡々としているように聞こえる。しかし天野には必死に震えを表に出さないように押し込んでるように思えた。当然だろう彼は素人なのだ。それにRGX-01、つまりリガジオンと彼が呼ぶ機体は万全の状態ではない。
先の戦いで敵の銃撃を受けて破壊された左腕。これの修復を行う事が出来なかったのである。
リガジオンは実験機だ。リガプロジェクトの提唱する理論を実現する為に作られた機体であり、規格がそもそもそれまでのRGとは違う。
ゆえにパーツに互換性がない。全長からして18mとRG-20の16mより2mも高く形状もまるで違う。
その為、各部のパーツも別規格として再設計されており、破壊された敵のRG-20のジャンクを左腕に接合することすら出来なかった。
幸いバランサーは同様の規格のものが使われていたようで、それの交換は行う事が出来たのは不幸中の幸いとでもいえる事だろう。しかし左腕が壊れた状態で周介は手練れを相手しなければならない。
勝てる可能性などというものを考えると頭が痛くなる。
周介にその説明を行うべきか悩んだ。しかし、周介がやろうと言ってくれた厚意は何事にも代えがたく、それを脅して引き下がらせる勇気も持てなかった。
「私は大人としては最低だな……。」
そう誰にも聞こえない声で漏らす。
だからこそ、出来ることは全てしなければならないと天野は思う。
彼はこの戦いで最も危険な場所にいく。それに報いなければならないと思う。
天野は通信を切り替える。
「黒須くん、聞こえるかね?」
そうモニター越しに話しかけた。
「はい、少佐。なんでしょうか?」
「作戦通りにいく。何かあった時、あとは君に任せるよ。私よりきっと君の方が頭の出来もいいからね。」
「それは髪は生えてますので……。」
「いや、そういう意味じゃ無くてだな!!!」
思わず叫んだ。
「不満があるならば、いくらでも聞きますので通信機ごしではなく肉声でお願いします。」
そう言う杏に対して天野は、
「ふん、まったく嫌なことを言うなよ……。」
「目覚め悪いのはこちらも嫌ですからね。」
「善処するよ。」
そう言って通信を切って、再び通信をリガジオンに繋げる。
「なあ、少年。1つ聞きたいことがあるんだ。」
「え、はい……なんです?」
「君はなんで、その機体に乗ろうって思った?」
「あなたが乗れって言ったんじゃ無いですか……。」
「それはそうだが、君には乗らないという選択肢も与えた筈だ。私としてはね、君はてっきりそちらを選ぶと思っていたんだよ。」
「んー、そうですね。確かに僕は死ぬのは嫌ですね。凄く嫌です。僕は僕が何者なのかよくわかっていません。そんな中で死んでいくのなんて最悪ですよ。」
「ならば、何故、君は戦う?」
「そうですね、強いて言うなら尾を引くのが嫌だったんです。」
「尾を引く?」
「だって、僕が戦わなければ、天野さんや黒須さん、それにシオンだって死んでしまうかもしれないんでしょう?僕一人が生き延びたら僕はきっとその選択を後悔し続ける。」
「時間がいやしてくれるさ、最初はそういった後悔の念を抱くかもしれない。けれどね、人間の優れたところはそういった感覚に慣れる事だ。長い時間をかければきっといつかその傷は癒えるよ。大体……我々はほら、君にしてみれば会ったばかりの人物だろう?そんな奴、気にする必要も
ないじゃないか……。」
自分で何を言っているのだろうか?と天野は思った。
少年は困ったように言う。
「そうですね、そういう事も考えないわけじゃなかったです。最初は断ろうって思ってました。それはね、黒須さんに色々言われてからも思っていたんです。だけどですね、困ったことにそれを口に出そうとすると全身が怒っているような感覚に襲われたんですよ?」
「怒っている?」
思わず首を傾げる天野。
「僕という人間が自分かわいさに逃げる。それだけは決してやってはならないと体が訴えているようでした。それで僕は僕自身がどういう人間なのか少しわかったです。」
「それは?」
「僕は自分のために誰か死ぬのを見捨てて生きるなんて情けない生き方をするのだけは嫌だ。それは僕が生きるか死ぬかよりも大切な事なんだって、少なくとも記憶を失う前の僕はそういう事を思う人間だと思ったんです。僕は自分が何者なのかはわかりません、しかし、そういう衝動があ
るのならば従ってみよう。そう思ったんです……。」
思わず、その言葉に息を吞んだ。間切周介と会って話したのは昨日の病院が最初だった。
天野がその目でみて、実際話したのは記憶を失った間切周介だ。
しかし、書類として彼がどのような過去を持つ人間だったかは知っている。だからこそ彼の言葉は意外という他なかった。
「あとですね、ちょっと恥ずかしい事なんですが……。」
「なんだい?」
「シオンと星をまた見ようって約束したんです。そのシオンがいなくなるのはなんていうか嫌じゃ無いですか……。」
天野は思わず吹き出した。
「酷いな、笑わないでくださいよ。」
「すまんな、ああ、まったく青少年は馬鹿で困るそんなくだらない事の為に命を賭けるのか……。」
「――はい。」
そう語る少年。
(まったく、若いっていうのはいいな。単純で……。)
そう思いながらも、感心する。
理屈や合理性を排他した答えがそこにはあった。
そんなもので人間は動ける。天野には、その答えがなによりも尊いものに思えた。
「いいぞ、間切周介。君は私たちが全力でバックアップする。絶対に死なせない。君のような馬鹿を死なせたとあっては末代までの恥だ。終わったら一緒に酒でも飲もう。」
「僕だって死にに来たわけじゃありませんよ。あと記憶ないけど僕未成年だと思うんですが……。」
「なんだつまらん奴だな。」
ついに司令室の窓から肉眼で捉えられる距離に敵の編隊を組んで近づいてきているのが見えた。
戦いの狼煙が上がる時はすぐそこに迫っていた。
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