7話 タイムリミットを超えて




 ダナン争奪におけるノト基地強襲作戦の指揮を執る女傑、ホロウ・ネレアネサは赤いRG-20スクルージのコックピットから捉えた敵地に目を細める。

 彼女から見てそこは拍子抜けするような防衛力の基地だった。連合本部にあるような対空装備もなければ、破壊されたRGランナーギア格納庫の収納数も4機といった所で防衛能力もお世辞にも高いとは言えない。

 むしろ基地としては無駄に広いだけで、出来損ないと言われても仕方の無いものだった。


(本当にこんな所に『ダナン』はいるのか?)


 ホロウはそう思う。

 解放軍が『ダナン』を連合が匿っているという情報を得たのは半年前だった。当時サバナ解放軍は15年前に行方不明になった光臨者の所在を掴んだとして、血眼になって探した。

 連合本部ほどではないとはいえ、仮にも『ダナン』を匿う基地なのだから、それなりの軍備があると考えていたのだ。

 逆にいえばだからこそ盲点だったと言える。

 連合内部からのタレコミがなければ、来たるべき『ルー』との決戦まで『ダナン』を発見するには至らなかっただろう。

 とはいえ、連合は前の襲撃にあった後も特別な増援はノト基地に送ってないように見受けられた。

 前回の襲撃でたった1機で3機のRGランナーギアを倒したという白いRGランナーギアに余程の自信があるのだろうか?


「それとも本部に見捨てられた……いや、我々をおびき出す餌にされた可能性もあるな……。」


 ホロウは左目の下を一差し指でいじる。これは彼女がものを考えている時に行う癖であった。

 既に光を写さない左の瞳には機械式の義眼が埋め込まれており、機体の視界と疑似神経で共有されている。

 言うなれば、彼女と彼女の乗る紅のRG-20スクルージは手で操縦するだけではなく内的に機体と繋がっているのである。

 義眼による機体の補助操作も可能としているため、通常の兵士よりもより細かく精密な制御を可能とする。


「しかし、無防備すぎるな……。」


 一見して、RGランナーギアの姿が1機すら見えない。

 既にこちらの接近は察知されているのだろうから、隠れて闇討ちをしかけようとしている可能性も否定出来ないが、それにしても無防備すぎて逆に罠の可能性を疑うほどだ。


「隊長、降下準備が整いました。」


 そう部下から連絡を受け、ホロウは頷く。


「各員警戒を怠るな、特に例の白蜘蛛ホワイトスパイダーはどこかに潜んでいるかもしれん。」


 白蜘蛛というのはサバナ解放軍側でのリガジオンの呼称である。

 蜘蛛の足は8つある事から、白い機体とFMA流体金属腕含めた手足が合計8つある事から付けられた。

 ホロウは通信を切り、着陸態勢に入る為の準備に入る。

 RGランナーギアと飛行ユニットは繋がっているがそれぞれが別々の機体であり、飛行ユニットを制御する際にはRGランナーギアを操作する事は出来ない。

 これが飛行状態で戦闘行動が取れない最たる理由である。


「隊長、見てください。」


 そう声に応じてホロウは敵基地の中央に目を見張る。

 地下のエレベーターから開き、地下から白い機体が姿を表す。


「出てきたか……白蜘蛛ホワイトスパイダー。」


 左腕は損失しているのか、付けられておらず、右腕には長身の銃砲が携えられている。

 狙うはこちらが着陸する前だろう。

 空対地の戦いにおいて、空からの攻撃が適わないこちらには不利がある。

 しかし、リガジオンの持つ武装はRGランナーギア用のアンチマテリアルライフルであった。

 対空兵器といったものが希少化している中で急場で選択された射程の長い武装なのだろう。

 リガジオンが背中のバックパックからFMA流体金属腕を射出する。

 射出されたゲル状の金属は硬軟自在の特性を活かし、地面に食い込み機体の姿勢制御を行う。

 その後、リガジオンは各部を展開させ、バイザーアイが開き3つの瞳がその姿を現した。


「各機散開、ランダムパターンも利用して着陸する。」


 そうホロウは指示を送ったと同時に、リガジオンが引き金を引き砲が火を吹く。

 ホロウは自機と味方機の状況を確認する。被弾機0。一息を吐く。

 距離が離れているのもあるだろう。RGランナーギア用とはいえ、対物ライフルでは上空5000kmまで弾が届くことはない。

 もし届いたとしても、そんなもので狙いが付けられるはずもないのだ。

 苦し紛れの策とホロウは断じる。

 着陸ポイントに近づき、一気に高度を落とし、着陸、その後多勢で強襲をかければ、白蜘蛛といえども適わないだろう。

 こちらにはあの白蜘蛛用に用意した特別な切り札もあるのだ。

 そうホロウは考えた。そしてそれは当たり前の発想だった。

 ――しかし、ホロウはその数瞬後、敵がその常識が通じない相手だと知る事になる。

 ホロウが最初に聞いたのは爆発音だった。無線越しに聞こえる爆発音と部下の悲鳴。

 理解が出来ない事態に思わずホロウは目を見張った。

 敵の狙撃を受けた僚機が爆破音を鳴らしながら墜落したのである。


(まさか――この距離を当てたのか!?)


 リガジオンは次弾の装填に入る。


「偶然だ、恐れるな。一気に近づき奴を奪るぞ。」


 そういってフライトユニットの操作を行う。

 リガジオンは再び銃口を上空に向けて引き金を引く。

 その数瞬後に、また別の味方機が爆発音を鳴らし墜落していく。


「馬鹿な……奴は狙って当てている……というのか……?」


 驚愕がホロウを襲う。そのような照準補正プログラムなどホロウの知識には無かった。

 そんなホロウ達の気も知らずに間切周介はリガジオンのコックピットの中で手に汗を滲ませながらトリガーを握っていた。

 素人である彼がこの高難度射撃を可能としているのには、一重にRE:Gaシステムの恩恵があるからである。

 RE:Gaシステムによってカオス理論すら踏まえた未来予測を行い、どのように撃てば敵に当たるかを想定。それに合わせて機械が自動的に照準補正を行う。

 周介が引き金を引くと同時に発射し、まるで予定調和のように一致して、命中。

 最初の一発を外したのが今手にもったライフルのデータがなかった、リガジオンが演算用の発射データを要求した為である。

 条件を揃えた後は、簡単な話で引き金を引けば、高い確率で命中させる事が出来る対空兵器として運用する事が可能になった。

 しかし、そんな状況の中で周介は焦っていた。

 1つは今扱っているライフルのリロードに時間がかかるという点。

 本来両手を用いて扱うはずの武装をFMA流体金属腕の補助で片腕で操作しているため、通常の使用よりより時間がかかる。

 敵がこの基地に到着する前に全機撃墜する事は不可能だろう。それどころか敵はすぐそこに迫ってきており、落とせてあと1機が関の山だ。

 敵は最初6機おり、その内3機を落とした所で素人の周介には不利な戦いになる事が容易に想像できた。

 しかし、もう1つ懸案事項がある。RE:Gaシステムの冷却時間だ。

 黒須杏とタブレットから受けた説明によればリガジオンの最大の特徴はFMAではなく、この未来を予測するRE:Gaシステムなのだという。

 このシステムを起動させた場合、機体の各部が展開するのも機体に搭載された様々なセンサーを露出する為である。

 このシステムは高い確率で当たる未来予測という意味ではまさに脅威のシステムであり、このシステムを起動すれば例え技量差があろうとも大きなアドバンテージ取れるシステムであるが問題点もある。

 機体側、特に量子コンピューターにかける負担も非常に大きいという点だ。起動させ続ければ量子コンピューターが焼け付き機体が全長18mの巨大な鉄の棺桶に成り果てる。

 その為、連続駆動は2分が限度と設定されており、それを超えると5分間の冷却が必要になるという事だ。

 いうなれば、このRE:Gaシステムはリガジオンの切り札であり、奥の手でもある。

 それを既に切ったのは敵の数が多かった為だろう6機も相手して勝つのはRE:Gaシステムがあったとしても困難だ。

 それゆえに比較的敵が無防備になりやすい今、この瞬間で確実に敵を減らすというのが天野太陽の立てたプランだった。

 弾丸の装填が終わり引き金を再び引く。

 敵の機影は大きくなっており、これが最後の一発になるだろう事は想定できた。

 周介は外れぬ事を祈って息を吞む。

 狙った内の1機の胸部に弾丸が命中し煙りを立てて墜落していく。

 それを見て安堵の息を吐く間もなく、紅の敵機が周介の機体に飛びかかるようにして、バイブレーションダガーをその手に襲いかかる。

 周介はRE:Gaの予測の手も借りて、ライフルを投げ捨てて機体を後方を飛ばす事でなんとか回避する事に成功した。


「くそ……。」


 思わずそう漏らす周介。

 それと同時に展開部が閉じ、機体が緊急冷却モードに入る。

 こうなってはRE:Gaは使えない。つまりはここからは周介の実力での勝負になる。


(ちょっとぐらい運がよくあってくれよ、僕よ)


 周介は手持ちの武装を確認する。

 ライフルを投げ捨てた今となっては主武装となるのは脳波コントロールで動かせるFMAだろう。

 他には右腕に内蔵された衝撃波射出口ショックウェーブバンカー、バックパックに装備され超振動刀バイブレーションブレードといった所だ。


「敵はあと、3機か……。」


 次々と降り立つ敵機達。

 紅のRGランナーギア以外のRGランナーギアは左右に別れアサルトライフルの銃口をリガジオンに向けた。

 ホロウはスピーカーをオンにしてマイクに向けて話す。


「まずは見事だったと言っておこう。対空兵器の想定をしていたが、あのようなもので狙撃されるとはな……想定外だったよ。新型というだけではないなFMA流体金属腕以外にも我々のあずかり知らないH.M.S.T最先端の機械技術が搭載されているという所かな?まったく我々には開発屋はいないのでね、そういうのは羨ましく思うよ。だが詰みだ。」


 周介は敵が語りかけてきている間、次の手を思案する。

 このまま襲いかかるというのは無しだろう。RE:Gaの補助もなく、数でも技量でも勝る敵に襲いかかるのは自殺行為だ。


「我々も仲間をやられ中々に気が立っているのだがね、それ以上にその機体は素晴らしい。おそらくは連合の持つH.M.S.Tハムスターを結集して作られた機体なのだろう。もし複製する事が出来れば来るべき戦いにおいてどれほど重要な戦力になるか予想が付かない。何が言いたいかわかるかね?投降したまえと言っているのだよ。その命は保証しよう。機体を受け渡せばね。」


 ホロウには欲があった、あの最新鋭機を自分たちのものにしたいという欲が……。

 それゆえに降伏勧告をするホロウ。その声は高くはあったが、口調に女性らしさは感じさせず男勝りなものを感じさせた。

 歴戦の女兵士、それが聞こえる声から感じた周介の感想である。タイプとしては黒須杏に近いものがあると感じた。

 周介はホロウからの提案に応えずに思案を重ねる。

 迷うまでもなく答えは決まっている。

 約束を果たす、その感情が周介に根付いている。その為には周介とシオンその双方が生きていないといけない。

 今、自分がここで投降すればシオンは死ぬ事になる。

 それならば、そもそもこんな所に出てこずに逃げればよかったのだ。

 その道は示されていた。

 ゆえに敵の提案は却下だった。


「沈黙は否定と受け取る。残念だ……。」


 そう告げて、ホロウは部下に指示を出した。

 すぐさまホロウの部下の2機はアサルトライフルの引き金を引く。

 周介はすぐにFMA流体金属腕に指示を送る。銀色の流体金属は膜のように広がりバリアとして機体を守る。

 そしてそのまま倉庫区へと機体を走らせる。


(守るだけならばこの腕があれば――)


 なんとかなりそうだと結論しようとした瞬間、身を守っていた右上部のFMA流体金属腕が文字通り吹き飛んだ。

 一瞬何が起こったのか理解出来ず、目を見開く周介。

 この間が周介をさらなる窮地に追い込む。

 弾丸が機体を叩く音が聞こえた。FMA流体金属腕の壁を抜けて敵の銃撃がリガジオンに着弾したのである。

 周介は慌ててペダルを踏み込んで、機体を横に跳躍させる。

 そのまま機体を走らせて、近くにあった建物の陰に身を隠した。

 ホロウの声が響く。


「エレキテルウィップといってね、君のFMA流体金属腕はナノマシンコントロールを使ってナノマシンがFM流体金属に微量の電気を通すことで延性と展性に変化をつけ、指向性を与えて誘導しているのだろう?ならば外部から電流が流されたらどうなると思う?命令系統が崩壊し硬化していたFM流体金属は柔らかい硬度に戻るんだ。」


 そう雄弁に語るホロウの話を周介は理解できなかったが、その紅の機体の持つ鞭はFMAを無力化が出来る事は理解した。

 となれば、紅のRGの間合いの外で戦う事が必要になる。

 だが、リガジオンには先ほど投げ捨てたライフル以外の遠距離武装らしい武装はなく、中距離の戦闘に関してはFMAがある為それに任せきりになる戦い方をしていた。

 それゆえに直感的に扱え攻防の要であるFMAがを封じられたのは痛い。


「くっそ、こちとら動かすのがやっとの初心者だぞ?なんであいつらあんなに殺す気満々なんだよ!」


 そう一人コックピット内で周介は愚痴を言いながら時計を見る。

 RE:Gaシステムの再起動まであとまだ3分もの時間がある。敵はすぐにリガジオンの逃げ場をなくすように回り込むように動く。

 このまま建物の後ろに隠れていれば、RE:Gaシステムが再度使えるようになる前に敗北する。

 その確信的な予感が周介にはあった。

 そもそも多少未来がわかった所で、白兵戦において素人の周介が絶対的な優位を取れるなどとは思ってはない。

 こちらが早く反応した所で数の優位を利用した不可避の攻撃というものは存在し、防御手段であるFMAすらも敵は無力化している。

 起動までこぎつけて、やっと少ない勝利の可能性が手に入るといった所だろう。

 だからこそ、ほとんどを機械任せで行える狙撃行動にRE:Gaシステムを使ったのだ。


「出来るならば、あと1機撃墜したかったな……。」


 そう思わず漏らすが既にその言葉に意味はない。そもそも3機撃墜出来ただけでも出来すぎた結果なのだ。

 そして現実は残る3機の敵がリガジオンと対峙している。


「くそ……考えろ、どうすればいい……。」


 周介の置かれた状況は絶望的という他なかった。

 数で劣り、技術で劣る不利な状況。

 機体は最初からダメージを受けていて、望みの武装も封じられている。

 絶体絶命とはまさにこの事で、限りなく絶望的な状況。

 周介自身死を予感し、体を震わせている。

 その中で――もし、この場で1つおかしい事があるとするならば、周介の口に笑みが浮かんでいた事か……。

 これは周介すらも無自覚に行っていた事だ。

 勝てる秘策があるわけでもない。

 天野達から支援を期待しているわけでもない。

 それは間切周介の生来から持っている一種の衝動である。

 既に記憶を失い、何故そのような呪いを獲得するに至ったか今の周介は知らない。

 しかし、記憶を失ってもなお、その根本は未だ変わらず間切周介という人間を構成するピースとなる。


「――どうしたら、あいつらを殺せるんだ。」


 今はまだ、自分の口にした言葉の意味を周介は理解してはいなかった。


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