1章 欠陥少年 Load of the RE:Ga-Xion

1話 理不尽幻想カタストロフ

 焼け野原を呼吸が続かなくなりながらも、必死に走り続けた。

 既に足の感覚もなく意識も朦朧としていて何度も喉から咳がせり上がるのを堪えている。

 咳をする為に立ち止まれば、死ぬ。

 背後に迫るは機械仕掛けの巨大人型兵装ランナーギア。爬虫類を思わせるその眼は真っ赤に光り、騒音じみた足音と地響きで歩を進める。


 ――あれに捕まれば殺される。


 そういった危機感が本来、間切周介という16歳の少年が持つ身体能力の限界を迎えてもなお走らせ続けた。

 気が滅入り、何度も足を止めそうになるが、それを周介の手を引く銀髪の少女が許しはしない。少女は白いワンピースに身を包み、手には切れた手錠、首には鉄の首輪、口に猿ぐつわを噛まされ、涎を頬からこぼしながらも駆けている。

 少女は周介の手を強く引っ張りしゃがみこむように促す。周介は急な彼女の行動にバランスを保てず転んで頭を地面に打つ。

 それと同時に爆音が鳴り響き、地面がせり上がるようにして破砕し、土埃をあげる。


(――撃たれた?)


 赤黒いランナーギアが間違いなく、その銃口を周介達に向け撃ったのだ。

 一歩間違えば死んでいた。

 周介はその事実を目の当たりにし、手足が震えるのを感じる。

 ――助からない。少女は、そう萎縮し放心しかけるのを許さないと言うように周介の手を強く引っ張り立ち上がらせる。


「ぅ……。」


 拘束具の少女は近くにある倉庫に向けて首を向けた。

 あそこに逃げ込むと言っているのだろうか?

 再び周介達は遮蔽物になるべく身体を隠すようにして走り出す。


「はぁはぁ……。」


 周介の胸中は恐怖に支配されている。

 死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。

 自分達を追うランナーギアは世界で最も人を殺害したとされる殺戮機構である。

 それに対して自分は武器も何も持たず、出来るのはただ逃げるだけ…。

 怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 胸中を支配する感情。

 死ぬ、まだ何もしてないのに死ぬ。

 僕はまだ何もしてない。何も出来てない。何もなせていない。

 ダメだ、駄目だ、駄目だ。

 まだ、僕が死んでいい意味を見つけていない。


「――んっ……。」


 少女は声にならない息をして周介の手を強く掴む。

 それはまるで、動揺する周介の心を落ち着けるようにするためだった。

 周介はその少女の瞳を見て思う。

 双方、緑と赤の違う色の瞳。その奇異な相貌から周介は強い意志の力のようなものを感じた。

 周介達の目前に倉庫が迫る。

 その時背後で爆発音と共に衝撃が周介達が襲い吹き飛ばされ、そのまま二人は倉庫の中に入った。

 全身を打ち付けた傷みに耐えながらも周介は顔をあげる。

 そしてその目の前に入るものに周介は驚き、思わず息を呑む。

 そこには白い巨人が壁によりかかり足を伸ばして座っている。

 その身体の全てをメタルフレームで構成された鋼の巨人。

 第二災厄から兵器として運用されるようになり、今、自分達を追う世界で最も人を殺したとされる殺戮機構と同じもの。


「――ランナーギア。」


 周介は立ち上がって、白いランナーギアに近づく。

 その姿形は周介のよく知る競技用、工業用の物とは違い、兵器として洗練された鋭利さを感じさせる。

 近づいても機体は眠るようにして何も反応しない。

 周介は目をこらして機体を見る。

 鋭いバイザー状のカメラアイに背中搭載された大きなバックパック。中世の鎧を感じさせるようなフォルムだが、その姿は決して古さを感じさせず、全長も16m程だった他の機体に比べて2m程高いように見えた。

 その装いは威厳すら感じさせる程で、先ほど追ってきたランナーギアの歪さとは異なっている。


「この機体は…。」


 そう呟く後ろで再び発砲音が響く。

 先ほどまで自分達を追ってきたランナーギアが倉庫の中に入ろうと攻撃を始めたのだ。

 周介は再び、何かに手を引っ張られる。

 引っ張っているのは拘束具の少女だった。

 周介は少女の姿を見て、無事だったことに思わず安堵の息を吐く。

 二人は走って、白いランナーギアの胸部にたどり着いた。

 少女はすぐさま、白いランナーギアの胸部を手で触り、何かを操作するような仕草をする。

 そうするとランナーギアの胸部装甲が展開し、中から操縦席が現れた。

 少女は僕に中に入り座席に座るように視線で促す。


「――僕にこの機体を動かせって言っているのか?」


 こくりと頷く少女。


「ちょっと待ってくれ、僕が動かした事があるのはあくまで競技用のランナーギアぐらいで、こんな軍事用の本格的なものを動かした事なんて――。」


 それと同時に倉庫の扉が破れた。

 少女は周介を強引に押し込み、自分も操縦室の中に入る。

 そして何かを内部の端末を触り展開していた胸部倉庫を閉じさせた。

 それと同時にモニターに光が宿り、数式が遺伝情報のように駆け巡り機体が振動する。



 ―――機体コンディションを確認中…………

 ―駆動系問題なし

 ―制御系問題なし     

 ―バイオサイクル機関正常

 ―フロイドメタルアームリーダー動作確認

 ―RE:Ga登録パターンなし

 ―システムオールグリーン

 ―認証を行ってください


 少女はすぐにモニターに左指を当てる。

 モニタがスキャナーの光のようなものを発し、彼女の手の情報を読み取っていく。


 ――登録されたコードでは――


 そう表示されようとした文字列が止まり、その後画面にジャミ線が走る。


 ――緊急案件受理

 ――登録されたコードをS-1227と認識

 ――新しい搭乗者の登録を行ってください


 モニターに手形のようなものが表示された。

 これに手を合わせて、登録者認証を行うのだろうか?

 少女は周介の肩をたたいて、促すようにして周介の顔を見る。

 周介はそれを見て言う。


「動かし方を知っているのならば、君が動かした方が---」


 そう続けようとした途端、言葉に詰まった。少女の顔が真っ青になっている事に気づいたのだ。

 周介は自分の手が濡れている事に気づく。汗ではない。汗はこれほど粘性を持った液体にはならない。

 赤く、粘性を持ち、指でこすれば凝固する液体。


(――血?)


 周介には身体の数カ所打ち身に擦り傷はあったが、こんな大きな出血している所はない。

 ならば、何故このように大量の血が自分の手についているのか?

 思わず周介は少女を改めて見る。

 逃げるのに必死で気づかなかったが、よくみれば脇腹の辺りから白いワンピースに赤黒い。

 この血は今、彼女に押し込まれた際についたものなのではないか?


「まさか、さっきの吹き飛ばされた時…。」


 少女は少しバツが悪そうに片目をつむる。

 医学的な知識を持たない周介でも彼女が操縦出来るような状態ではないのは予想がつく。

 最初は彼女がこの機体を動かすつもりだったのかもしれない。

 しかし、彼女はそれが出来なくなった。

 だからこそ、可能性がある自分にこの機体を託そうとしているのだ。

 選択の余地は無い。

 少女は機体を動かす事は出来ない。

 このまま待っていれば、それは二人の死を意味する。

 ならば――だとするならば―――


「僕が戦うしかないのか……。」


 周介は少しの逡巡する。

 その後、息を少し深く吐いて意を決っするようにモニターに手を合わせる。

 スキャナーのような光が手の情報を読み取りる。


 ―登録者認証を終了

 ―バイオサイクル機関セーフモードで駆動

 ――RGX-01 RE:Ga-Xion起動準備完了


 目の前のディスプレイは立ち上がり終了の報告を告げ、周介の目の前に敵影を映した。

 こちらに歩を向ける赤黒いランナーギア。弾が切れたのか手に持ったライフルを床に捨て胸部に装備されたバイブレーションナイフを引き抜く。

 力なく座席の後部でよりかかるように座り込み自分の体をシートに固定する少女。

 少女は自身の体を固定した後、操縦席にある応急処置に使われるピストル型の治療用ナノマシンキット取り出し怪我した部位に打ち込んだ。

 そして、自分は大丈夫だと言うように、少女は周介に目線で合図する。

 猶予は刻々と削られ、悩んでいる時間など存在していなかった。

 周介は意を決して辺りを確認する。ペダルが二つに操縦用のレバーが2つ、タッチパネル式のサブモニターとカメラからの情報を写す大型スクリーン。あとは細々としたいくつかの計器とスイッチが操縦室にはある。

 これを見て、この機体の操縦系統が共通規格である事に安堵した。

 ランナーギアの操縦系統は基本的に共通規格で統一されている。

 これは新暦20年に世界連合が機体操作の多様化を極めていた。

 製造業者がそれぞれが異なった操縦系統を採用した事で搭乗者の習熟に機体を変える度に違う操縦方法を覚えないといけないという問題が発生、それを受けて企画され義務化されたものである。

 この共通規格は新暦20年以降に製造された機体は全てに採用する事が義務づけられている。

 もちろん機体によって各々の独自の操作がないわけではないが、基本的な動かし方だけならば、どの機体もさほど変わらないのである。


「といっても、こんなの動かせるかわからないけども…。」


 そうぼやくように言ってレバーを操作する周介。

 いくつかわかならいものはあるがとりあえず単純に動かす事は出来そうだ。

 こちらにゆっくりと歩を進める敵機。

 その動きには慎重さを感じさせる。この機体を警戒しているのだろうか?

 周介は息を呑んだ。

 例え動かせた所で、敵はおそらく戦闘訓練を受けた兵士がオペレーターをしている機体だ。

 戦闘経験差は圧倒的で周介が真っ向から挑んだ所で勝てはしないだろう。

 ゆえに周介に許された勝ち筋は1つ、虚を突くことであった。

 こちらに近づき、攻撃を加えようとする瞬間、そのタイミングを狙う。

 敵がライフルを失ったのは不幸中の幸いであった。もし敵のライフルに弾が残っていたのならば既に、この機体は動く前に蜂の巣にされていた事は想像に難くない。

 息を吐く。

 緊張で手が震えているのがわかる。

 失敗すれば死ぬ。

 その現実だけが周介の目の前にある。


「くそ、止まれ、止まれよ……。」


 こんなに震えていては操作ミスを起こしかねない。死がゆっくりとこちらに歩を進めている。

 しかし、周介の手はいっこうに震えを止めようとしない。

 死ぬわけにはいかない。

 その思いが周介の集中を乱す。

 恐怖。

 間切周介を支配するのはその一念のみ。

 何も無せずに死んでいく事への恐怖。何の意味を見いだせずに死んでいく恐怖。

 それは周介にとって到底受け入れられる事ではい。


(まだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。)


 その思いと共に深呼吸する。しかし、震えは止まらない。軽いパニック状態にあるようだ。

 無理もない話だ。つい、30分前まで自分がこのような戦場にたつなど想像だにしていなかったのだ。

 逃亡し、急にランナーギアに乗り、戦わなければならなくなった。むしろ、まだ、幾ばくかの冷静な思考を保ってられる程度のパニックであるのが奇跡的だといえた。

 だが、敵はそんなこちらの事情に構わずに近づいてくる。

 一刻も早く、自分を律し攻撃に備えなければならない。

 周介は腕を噛んだ。

 歯が腕に食い込み、痛みが周介の体に伝播する。口の中に広がる鉄の味。粘性のある液体を嚥下していく。

 その痛みを持って恐怖を押さえつけ、周介はレバーを握る。

 敵機は周介達の乗るランナーギアの前に立ち、警戒するようにしてその右腕に持ったナイフを構える。


(息を吐け…集中しろ、目の前のこと以外考えるな)


 不安を打ち消すようにして願う周介。

 レバーを握る手に力が入る。

 そうして敵機はそのナイフを振り下ろした。

 瞬きほどの時間、周介は緊張からか胃からせり上がるものを感じながらも敵の姿を凝視する。

 回避出来るギリギリのタイミングで回避し、不可避のタイミングで攻撃しなければならない。

 ランナーギアは1つの行動を入力した際に即座に違う入力を受け付けるには1秒ほどのラグが存在する。

 つまり攻撃を行った瞬間にこちらが行動を起こし、攻撃を回避すれば、数秒のアドバンテージを周介は手に入れる事が出来る。

 ゆえに見極めるしかないのだ、その瞬間を――

 ――ナイフが迫る。

 180度直上に掲げられた腕が楕円を描くようにして、振り下ろされる。

 その瞬間、その一瞬を観察し続ける。

 一瞬が永遠にも感じられる。

 まるで時間が凍結したかのような違和感。

 それをもって周介は呼吸を止め、


「――ここだ!!!」


 奮起するように声をあげて、レバーを前に倒して、ペダルを踏み込む。

 その操作に呼応して、周介達が乗る白いランナーギアの瞳に光が宿った。

 敵に向かって左側に体を飛ばすように動かす、これならば敵の右手から追撃を受ける可能性も低い。

 敵の攻撃が白いランナーギアの左をそれていく。

 周介は、回避の成功に安堵の息をつかず、すぐさま体当たりを敢行する。

 この機体がどのような武装を持っているか確認している暇など無く、武装の使用などしたことがない。ゆえに周介は一番慣れた機体制御で機体ごと敵に体当たりすることで敵機を横転させ、そのまま逃げようとした。

 戦闘となれば勝利の可能性は低いが虚をついて逃げるだけならば、自分でも可能性があるという周介の自己の能力を鑑みた上での判断だった。

 不可避のタイミングでの体当たりで迫る。

 敵機は振り下ろすモーションの間であり、すぐに回避行動をとることが出来ない。

 戦闘経験がない周介が考えられ出来ることをした最善の策だと言える。

 敵に右肩をあげて迫る周介のランナーギア。そのカメラが捉えた映像に周介は戦慄する。

 映るのは敵のランナーギアの左手に握られた短銃の銃口。


(まだ、そんな――!?)


 それを見て周介は機体を射線から外す為に横転する。

 横転によるGと衝撃、機体に内蔵された重力制御装置によって軽減されているとはいえ、周介は大きな負荷を受ける。

 その中で周介は響くであろう発砲音よりもはやく銃撃を回避する事を願った。

 しかし、発砲音は響かない。

 敵はすぐさま機体を立て直して横に飛んで倒れた機体に飛びかる。

 周介はその時、敵の行動がフェイクだった事を知った。

 ランナーギアの装甲は厚い。30mm機関砲の豪雨のような射撃に晒されても20秒は耐えうるほどだ。

 それほどの装甲を果たして、短銃の一発で貫く事は出来ただろうか?

 答えは否である。

 ダメージは負った可能性は否定出来ないが、それでもあのまま周介のランナーギアが突撃していれば、目論見通りに敵を転倒させる事は出来たかもしれない。

 しかし、周介は勝手のわからぬ戦場で、向けられた銃口に本能的に危機を感じて回避行動を取ってしまった。

 これは相手の経験と練度が成せる技であり、実戦経験が無い周介に失策と責めるには厳しいだろう。

 敵機は瞬く間にマウントポジションをとり、優位を得る。


「――くそ……。」


 目頭が熱くなるのを感じながら、あまりの悔しさに言葉を漏らす。

 ただ、敵が何枚も上手だった。それだけの話である。

 敵機の外部スピーカーから男の音が漏れる。


「―――くか―――」


 その声は、どうしようもなく憎悪に狂っていて、


「――くかかかか―――」


 声が連続的に漏れる。

 笑い声。笑わずにはいられなかった声、それでいて泣き叫ぶような狂喜の声。

 その声と共に敵機は右手に捕まれたバイブレーションナイフが振り下ろされる。

 自身の体に刺さる前に動く手で敵の腕を押しとどめようとするが、敵に上を取られている事もあり押し返しきれず刃の切っ先が少しづつ機体の胴部にめり込んでいく。


「――くかかかかかかかかかかかかか――」


 どのようにすればこのような声を人間が発するようになれるのだろうか?

 その声に恐怖し、周介はその状況から逃れるようにレバーとペダルを踏み込みなんとか機体をこの状況から抜け出させようとする。

 しかし、それは叶わない。

 腹部にかけられた敵機の全重は決して機体が起き上がる事を決して許さない。

 モニターに大量の警報が発せられる。

 損傷報告、機体の危機を伝える。


(――何か、何か手はないのか……)


 周介は機体を操作して武器を探す。

 この組み敷かれたこの状況で脱出は望めない。

 しかし、機体の単純なパワーではこの状況を脱する事は出来ない。

 武器が必要だ。

 この状況を打破する武器が…。

 ナイフが火花を散らし、装甲にその装甲を埋めていく。

 時間はない。

 死の一瞬は刻々と近づいている。

 その中で、モニターを見つめる周介の目は大きく見開いた。


「これなら!」


 そういって周介はすぐさま機体をモニターを操作する、

 それに呼応して、ナイフを押さえる右の掌にある円状の溝が発光し始める。


ショックウェーブバンカー衝撃射出構射出!」


 レバーを引くと同時に機体の掌から咆哮のような音と共に衝撃波が放たれる。

 その衝撃で敵機の体は揺らぎ体制を崩した。


「左手!!!」


 言葉に反応して、左掌のショックウェーブパルサーも起動する。

 そのまま、だめ押しの一撃を加え、その衝撃を元に敵機を押し倒して立ち上がる。


(今なら、逃げれる!)


 周介は座席後ろの少女を見る。

 少女は痛みに顔を歪めながらも、周介に頷き返した。

 白い機体は敵に背を向け倉庫の扉へと向かう。

 追うように立ち上がる敵機。

 倉庫のような閉所ならともかく広い場所に出れば、ランナーギア競技経験のある周介にも逃げ切る可能性が出てくる。

 しかし、その可能性は最初から無かった事を倉庫から出た時に周介は知る事になった。


「ほんと、なんていうか……。」


 周介は機体のカメラからモニターに送られてくる映像を見て、顔を引きつらせる。

 そこにはアサルトライフルを持った別の敵機が2機たたずんでいた。

 2機の敵機はすぐさま銃口を向け、引き金を絞る。

 腕を盾にしてコックピットを守るようにしながら、近くにあった別の倉庫の裏に身を隠す。

 モニターに被害報告が表示される。


(左腕が……。)


 今の攻撃を受けた際に左手に多くの弾を受け、半壊もはや腕として機能しなくなっている事をが示されていた。


「何か、何か無いのか……他に使えるものは……。」


 操縦者の練度の不利、数の不利、武装の不利、機体の左腕の欠損。

 この4つの不利は周介達の生存を限りなくゼロだと告げている。

 倉庫から先ほど押し倒した敵機も現れる。

 これにて3対1の構図となり、既に万策尽きた状況が出来上がる。

 それでも、間切周介はモニターから何かを手を探すのを止めなかった。

 見苦しいと人は言うだろう。もはや手は無いのならば諦めるべきなのだと…。

 アラートと同時に怒号のような銃声が響く。

 すぐさま回避行動を取り別の建物の裏に隠れるが、この際に左膝に衝撃。

 直撃は避けられたが、バランサーに損傷を受けたようで、それは走る事が出来なくなった事を示す。

 また回避をするときに頭を打ったのか、額から血が垂れていた。


「くそ、何かないのか、何か、何か……。」


 手は震えている。汗は止まらなくなり、目頭が熱くなるのを感じる。

 胃からせり上がるものを感じ、それを口に出さずに飲み返す。

 喉が焼けたような感覚。死が近いと本能が告げる。

 それでも、周介は目に涙を堪えながらもモニターを操作し続ける。


「まだだ……。」


 生きる可能性がある。

 それは0に限りなく近いのかもしれない。

 けれど、それはまだ確かにあるのだ。それがある限り諦めてはならない。

 暴れ自暴自棄になり、全てを諦めたくなる感情を雁字搦めに縛りあげ、緊張でパニック状態に中でわずかな冷静な部分だけをかき集めて自身の本能に抵抗する。

 それはある意味、間切周介という個人に母親からかけられた呪だ。


「くそ、落ち着け、落ち着けよ……死ねないんだ……。」


 そう自己暗示のように呟く周介の手の震え続けている。

 その時、周介の体に何かが触れた。

 柔らかく、優しさを感じさせる温かい感触。

 それが周介の体を抱きしめるようにして包む。

 周介は思わず後ろを見る。

 猿ぐつわを噛まされた少女は、優しい表情で笑う。

 額から汗を垂らし、怪我を負った状態で戦闘機動に入った為、顔も真っ青だ。

 それでもその腕からは、周介を心配し落ち着けようとする少女の優しさを感じられた。

 少女はもっと酷い状態にあるというのに、そんな風に人に構っていられるような状態じゃないというのに、自分を庇ったせいでそんな怪我をしたというのに、それでも周介を励ますようにして抱きしめた。


「ありがとう……。」


 周介は何かを思い出すようにして、頬を緩ませる。

 モニターを操作する手の震えは止まっていた。

 そうして周介の手が止まる。


 ―Re:Gaシステム 未登録

 ―使用者の登録を行ってください


 モニターに表示される文字列。


「リガ……システム?」


 内容を調べようと操作するが情報がない。

 ただ、あるのはオンオフを付け替えるコードだけ……。

 アラートが鳴る。

 敵の銃口が向けられた事が意味している。

 周介はすぐさま状況を理解する。

 二機の別方向からの銃撃に、それを回避された場合、最後の一機のとどめを刺すようにして襲いかかる三段構え。

 これを今の周介が、回避しきる手段はない。

 迷っている時間は無かった。

 周介はリガシステムの起動を行う。


 ―――――――認証中

 ――審査…………………………精神的欠落の疑いあり、適正者と認定

 ――脳波パターンを量子電脳に焼着………完了


 銃声、周介は機体を後方をと片足で後ろに飛ぶように跳躍させて銃撃を回避する。しかし、その無理な機動で片足のバランサーを失った機体は仰向けに倒れ込んだ。

 後詰めで迫る、最後の1機。

 バイブレーションナイフを振り上げ今度こそトドメを刺そうと迫る。

 回避する手段はもうなく、先ほどのショックウェーブバンカーによる不意打ちももう通じないだろう。


 ――機体とシステムの接続………完了

 ――オートマチックウェポンセレクト……接続

 ――各部センサー展開


 モニターに羅列される文字列。

 それと共に周介の乗る機体の頭部のバイザーが開き、その中から3つ電子眼が姿を現す。

 それに連動するようにして肩、腕、腰、脚といった様々な部分が展開する。

 機械仕掛けでありながら、有機的なグロテスクさを感じさせる3つの電子眼は辺りを見渡すようにそれぞれが違う方向を見る。


 ―予測演算シュミレーター構成

 ―人工衛星ヒューイット3……接続

 ―ソナーマッピング…………完了

 ―温度、湿度、風向、計測開始

 ―カオスロジックシュミレーター起動

 ――RE:Gaシステム起動準備完了


 そう羅列された文字の後に最後の言葉が続く。


 ―あなたの欲しい未来はなんですか?


 周介はその言葉に思わず息を吞んだ。


「僕の欲しい未来……。」


 噛み締めるようにして周介は言う。


「そんなのこの場から……。」


 逃げ出す未来が、と繋げようとして…言葉につまる。

 逃げる……逃げるとは……何なのか?

 たとえ、この絶望的な状況から逃げれたところで問題は解決しない。

 それはその場しのぎに過ぎず、事態を解決する事にならない。この場を凌げたところでさらなる追撃に晒される可能性もある。

 ならば、望むべきは何なのか?この場合、間切周介という人間は何を望む事が出来るのだろうかと考える。


「僕は……」


 思わず喉から漏れそうになる言葉に周介は震える。

 それは願っていいことなのかと?と自問自答する。

 おおよそ人として言ってはならない禁忌、決して許されない罪がそこにある。

 ――けれど


「そうだ……僕はもう―――」


 思い出し苦笑する。己が何者なのか、それを間切周介は知っている。

 だから間切周介は、1つの願いごとしか願う事が出来ない。

 それを知っていて、それでも己がどのような物か知っているから、それ以外は願えないのだと知っているから、決意を胸に機体に願う。


「僕は……あいつらを殺せる未来が欲しい。」


 ――創我の世界へようこそ


 その願いに呼応するようにして機体の3つの瞳が赤く光った。




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