第2召喚 魔女といえば……

「この鳥はなかなか俺に似合うナ」


 誰もいない召喚部屋で、魔王はこの前召喚したカラスを肩に乗せながら、姿鏡の前で格好良くポーズを決めていた。


「肩にカラスを乗せた不審者がいるっす」


 相変わらず、一国の主に対して言う言葉じゃない口調で声を掛けるのは、小柄な吸血鬼の少女。

 口調と外見からは全く想像が付かないが、こう見えても彼女は吸血鬼の中ではトップの存在である。オリジナル・ヴァンパイアと呼ばれる始祖の力を色濃く受け継ぎ、他の者の追従を許さない圧倒的な力。他の吸血鬼からは尊敬と畏怖の念を持って、少女を吸血姫ルルと呼んでいる。

 

「いつの間に来た? ……というか、いつからいた?」

「俺超カッコイイ、俺が俺に惚れてしまいそうだ。の、辺りからいたっす」

「いや、そんな台詞一度も言ってねぇよ。勝手にナルシスト魔王に仕立て上げるナ」


「なにやら楽しげなことをしていると思って来てみたが……ただの漫才だったか」


 別のところから声が聞こえ、二人は同時に声のした方へ顔を向ける。


 魔王と似た黒いローブ姿で、頭には黒い鍔広の三角帽子をかぶっている。落ち着いた口調で話すその姿からは、大人びた雰囲気を感じるが、ルルと同じくらいの小柄な体と、肩で切りそろえられた黒髪、やや童顔な顔付きが、外見を完全に幼き少女へと仕立て上げている。


「孤高の魔女アリシアか。自らの実験の為なら、数多の人間をも生け贄に捧げるという残虐の非道の代名詞。あまりの残忍さに同族すらも寄り付かず、故に一人を好み、近づく者には等しく死を与える――」


 魔王が見下ろしながらそう言うと、アリシアは待ったをかけるかのように片手を前に突き出して反論する。その勢いでバサリとローブの前が開ける。


「そんなことは一度もしとらん。協力してもらったことはあるが、その分の報酬はしっかり払っておる」


「!! ローブまくれたらやばいっすよ」


 頬を膨らませやや怒り気味のアリシアを制し、ルルが開けたローブを元に戻す。

 

「お、お前……」


 あまりにも魔族とは思えない言動にさすがの魔王もおどろ――


「な、中、何も着てないのか……?」


 驚いたのは別の所のようだ。


「今のマイブームは裸にローブだ。動きやすいし着替える必要もない、その気になればこのまま眠れる」


「不審者を上回る変質者っすか。履いてない女神を遥かに超える着てない魔族とか、上級者すぎてついて行けないっす」


 ルルがドン引きして二人から距離を取る。


「なぜ俺からも遠ざかる?」

「そんなことより、早く見せてくれないか? 出来るのだろう……異世界からの召喚を――」

 

 アリシアが魔王へと全てを見透かしたような、怪しげな視線を向ける。 


「さすがは孤高の魔女……やはり気付いていたか」

 

 魔王も目を細め、同じように瞳に怪しげな色を湛えてそれに答える。

 尚も見つめるアリシアの目は語っていた。

 ――早く見せろと。


「フッ、分かっている――」


 魔王の言葉にアリシアの眉がピクリと動く。

 自然と鼓動は高鳴り、次の一言を待ち受ける。


「どうして召喚するに至ったのか、この俺の崇高なる理論を聞きたいのだろう!?」


「違うわ!」


 自信満々に声を上げる魔王に、すかさず突っ込むアリシア。


「早く召喚して見せろと訴えたつもりなのだが?」

「魔王様空気読めないっすからね」

「お前に言われたくねぇよ」


 ジト目でルルを睨みながら、魔王は魔法陣の前へと移動する。


「ならば、そこで見ているがいい――」

「――この俺の華麗なる召喚術を! っす」


 いつも通り前髪を搔き上げるポーズを付けたところで、またしてもルルに決め台詞を取られて固まる魔王。

 無言でルルを睨みつける。


「わかってるっす。決め台詞取るなって言いたいんすよね」

「空気読めないくせに、心は読めるのかよ」


 大きなため息を一つ付き、改めて魔法陣の方に向き直る。


 魔法陣の前で両手を大きく広げる魔王。

 ルルとアリシアが固唾を呑んでそれを見守る。

 そして、魔王は力ある言葉を放つ――


「さぁ、我が前に姿を現せ! 闇の力纏いし異世界の戦士よ!」


 魔法陣が不気味な黒い光を放つ。天井に向かって黒光が立ち昇り、闇の柱を形成する。しばらくすると、それは何かの形を取るかの様に収束し、魔法陣の中央に異世界のモノを召喚した。


「こ、これは――ッ!」 


 召喚されたモノに動揺を隠せない魔王。

 なぜか既視感を感じさせるソレは、自分の存在を認識させるかのように一声鳴いた。

 

「ニャァ」


「なんで猫なんだよ……」


 再びの予想外の結果に落ち込む魔王とは逆に、ルルとアリシアはその愛らしい姿に笑顔を浮かべた。


「可愛い黒猫っすね」

「魔女といえば黒猫……これもらってもいいか?」

「……好きにしろ」


 目を輝かせるアリシアに魔王は力なく答える。


「名前はやっぱジジっすかね」

「それはまずい気がするぞ?」

「じゃあチトっす」

「それもアウトでしょ」

「なら五十六はどうっすか」

「もうそれ黒猫じゃないし」

 

 ルルの容赦も遠慮もないネーミングに、アリシアは律儀に全て突っ込み返す。


「まぁ、名付けは後にしておくとして……とりあえず、

 ――黒猫ゲットだぜ! っす」

「手に入れたのは私だがな」


 ――魔女アリシアは黒猫を手に入れた――

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