二話~試合~

メガネ型のウェラブルコンピュータ(小型化されて、身につけるコンピュータの事)を顔に装着し、カチューシャ風にバンダナを巻いた、天然パーマの黒い長い髪に、よく鍛えられた型体の大きな男、橋輪谷 五郎(はしわたに ごろう)は大会の控室にいた。

背の高いロッカーが立ち並ぶ場所で、ベンチに座って、何か悩みでもありげに憂鬱そうに俯いていた。

五郎はあることと葛藤していた。

(ううううう~)

なぜか知らないが、腹が痛い。しかも朝からっ!!

何か嫌な予感がする前触れか? そう思えるくらいの不愉快な痛みだ~・・・なんて、カッコつけられない、痛い、痛いっ!

どうしたものだろうか、この腹痛は収まる様子をちっとも見せない。

急に○○に・・・(お腹の急降下)なってしまったわけでもない。さっきから、○○にふさわしい、白い形のものが幾つも置いてある場所に行ってみたが、まるで効果はない。

皆無だ。誰かが代わってくれるというのなら、喜んで差し上げたいものだ。

―病悩している五郎

これは死闘と言えるくらいの痛みだ。 出来たら、他の奴らには、知られたくはないな・・・

弱点は絶対、敵に見せてはいけない。

それに、また冷やかされて馬鹿にされたら、腹が立つしなっ!

今、この腹の痛みは、敵に取ったら完全な相手の弱点になってしまうんだ。

どうしたら落ち着くのだろうかと、下を向いて考え事をしていたら、急に、上から声がかかった。

「・・・橋輪谷・・・さん?」

自分の腹痛をかまっていたので、いきなりの事で、内心動転してしまった。

一瞬思考がおかしくなった。

こんがらがってしまった全思考をあわてて束ね必死でコントロールし、五郎は精一杯の元気な顔を作って、声をかけた相手を見る。

驚いた様子の男性が、五郎を見ていた。

長袖に黄色いジャケット、黄色いつなぎの腰から足首にかけて緑のラインが入ったものを穿いていた。緑のラインの所にはここのスタッフを表す言葉が書いてあった。そう彼はここの選手誘導員なのだ。

彼は、五郎と視線が合うと一瞬仰天するように一歩下がったが気を取り直して、また前に一歩詰める。

五郎は、元気だがクールを装う(?)ために、わざと渋い声を出す。

「・・・何か?」

彼は一瞬目を白黒させると

「あの・・・」

黒いボードで口元を隠して、声を絞り出した。

五郎は、それを頑張って見つめていた。正直、腹が痛いから早くしてくれと思っていた。

言いたいことがあるなら早く言えと思いながら見詰める・・・

「そろそろお時間のほうですが・・・あの、大丈夫ですか?」と五郎の表情を見て、恐る恐る聞いた。

うん?と五郎は思った。妙な反応だな・・・なぜだ?と・・・

完璧に、自分の体調が良くないことを隠せていると思い込んでいた。

まさか自分が痛みを堪えているあまり、恐ろしいような滑稽に見えるようなバカみたいな表情になっているなんて思ってもいなかった。

「別に問題はないが?」あくまでも渋くクールに答えた。

「・・・・・」

しばらく表情を見定めた後

「は、はいっ。分かりました。」と、とってつけたような明るい声で返事をした。

彼は、一瞬にして判断したのだ。これは、言っても無駄だと、だから開き直ってしまったのだ。

「それでは、ご案内します」

言うと掌を出入り口に向けた。

案内を受けた五郎は、不自然な姿勢で歩き始めた。直立不動―

係員が開けた、出入り口。鉄のただ頑丈そうで、何のおしゃれの施されていないドアへと向かう。

それを見た係員は、五郎が出て行ったあと、気づかれないように溜息をついた。

五郎は直立不動で誘導されながら、廊下を歩く。

途中、Bブロックの対戦が終わった、彼の知り合い。坂木 梅夫(さかき うめお)がベンチで休憩しているのを発見した。

彼はドリンクを片手に取り、飲のんで置くと。顔をタオルで拭いた。

一様、ライバルなので横目で見たら、梅夫は五郎を見て、あきれたように溜息をつた。

かなりのやれやれ感がある溜息に少しムッとした気持ちになった。

何だ、あいつ!以外と余裕だな~。控室で休めよ!

実は、梅夫。控室の五郎のとてつもない重い空気に耐えきれなくて、対戦が始まる前に控室を出てこっちで休むことにしたのだ。

ルール上はここまで選手や係員は立ち入ってもいいことになっていた。

梅夫は五郎のせいで、(対戦前は、コンディション、緊張感、などが大切だから、五郎といれば自分のペースが崩れるし、下手にいると変な緊張感を持ってしまうから―)控室から追い出された形で、ここにいたのだ。

五郎はそんなことは一切知らず、勝手にムカついていたのだ。

誘導員の彼は、ボードのタッチ画面を指でめくりながら、やれやれと思った。

どうせ、五郎は緊張のあまり、腹を壊したに違いない。

本当ならば、あまりに選手の傷や病気のひどいときは対戦の辞退を促すか、本人が棄権するかになるが、ほとんどの選手の場合自ら棄権の意思を示さないので、周りにいる係員やスタッフ、コーチやマネージャーの判断で決まるのだが・・・

係員は、は~と溜息を吐く。

(まっ、相手が“あたる”だからいいか・・・)

そして、白い低い策が続く廊下を歩いて行くと、突き当たりに黄色いラインが床に引いてある場所に付いた。

そう、ここからが戦う選手以外は立ち入ってはいけない場所になる。

「どうぞ」

係員は、五郎に先に行くように手で軽く合図した。もう投げやりだった。

五郎はその軽い感じが気に障って「おいっ」といつもの調子で言いかけてやめた。

そして、手を差し向けられるまま、道を歩き始めた。

係員は、五郎の後ろ姿を見送りながら思う。

(どうせ、すぐに終わる―)

 

五郎は、大きな鉄の重たい扉の前で立ち止まり控えた。

ここで、合図を待つのだ。

そうこれから、Cブロックの対戦が始まるのだ。

いつの間にか腹の痛みは治まっていたが、得体のしない何かの違和感を覚え始めていた。

なんだ、この違和感。背を這い蹲るような不快な悪寒は―

五郎は少し不安を感じ、自分の両手に目を落としてみた。

デバイスを操縦するために、装着した深い紺色の特殊な手袋を見て、(大丈夫だ。自分を信じれば―)

すると、重い扉が開き、名前が呼び出され 橋輪谷 五郎は、レスラーのように紹介された。

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