~聡~
「おうう~、わわああ」
内心、驚くほど強い力で引っ張られ、訳が分からずに廊下を叫び続けながら、梅夫に引きずられていくように歩いていくと
「聡は、もっとひどい状況だぞ。」
一つの扉の前で立ち止まった。
メディカルルームと書かれた両開きのドアの前。
梅夫が、そのドアを軽くたたく。「入っていいですか。」
「どうぞ。」と若い看護師が扉の片方を開けて顔を出して、中に入るように促した。
梅夫たちは、案内されて、白いカーテンに仕切られた一角に入っていった。
中に入ると、そこには若い男性が、腕と足を吊って仰向けに横たわっていた。
彼の顔色は少し青白く、具合が悪そうに目を閉じていた。
あの子犬のような雰囲気で、戦うときは男らしい彼が・・・
今は、その生き生きさも、男くさい強い覇気も失った表情で寝込んでいた。
五郎は、あまりにも痛ましくて目を見開いたまま棒立ちになった。
さっきの戦いで、聡は日渡あたると対戦し、攻撃が跳ね返された衝撃でドームの壁がはがれおちて、けがをしたのだ。
反則ではないかと思うが、故意にやられたわけではない。
日渡あたる自身が悪意を持って壁を損傷させて、相手にけがを負わせれば、それはまぎれもない反則なるが、今回の場合故意ではないし、勝敗が決まった直後で、しかも、かばったのは‘テレサ’だった。
最初、聡は大きな破片を見て驚愕した。そして、彼のデバイス、‘アイリス’を焦って再度呼び出し動かした。
‘アイリス’は動くことはまだ多少できたが、テレサにつけられた傷がひどく、破片を切り刻んだのはいいが不十分で、そのままそれが聡に降り注ぎそうになった。そこに割って入った‘テレサ’が破片を切り刻んでことなきを終えたが、聡は間に入られたことで驚いて、派手に転倒してしまい怪我をしたのだ。
[あれだけ]の事をされたあとでは、もはや恐怖の対象としか‘テレサ’が見えなくなるのも無理はなかった。
梅夫に、聡を起こさないように注意して奥へ入れと促され、動揺しながら丸椅子に座る。
五郎が、首を伸ばして、様子をうかがう。
かすかに瞼が動いて、聡が目を覚ました。
目を覚ました直後、五郎は首を縮めて、普通の長さに戻した。まるで亀だった。
すっと、ピントがあったのかこちらに視線を向けると、苦笑いを浮かべた。
「はははは・・・やってしまったよ。カッコ悪な、無様な姿・・・」と冗談めかして弱々しくそう笑った。
わざと明るく振舞おうとして、無理に笑っているのが分かって、気を使うはずの自分たちが逆に気を使わせてしまったのが不甲斐無くて恥ずかしくて、痛烈にあまりに痛々しくて、五郎は俯いてしまった。
何かを堪えているような聡、辛いよな・・・。
「聡、大丈夫か?」梅夫が聞く
うん、うん、と肯いてから「だいぶ痛みは引いたんだけど、しばらくここで休まないといけなくなっちゃたんだ」
怪我をしていない手でゆっくりと首から吊した腕を撫でる。
仲間を気遣って、笑顔を見せているが、とても悄然としていて声は全然明るくない。
そう聡が気を使うので、わざと明るく振舞う。
彼の声のトーンが落ち込んでいるのは、単に怪我をして元気がないだけでないことを分かっているからだ。
「そうか、でもよかった…」と梅夫が本当に安心した声を出す。
「俺、担架で運ばれてかなり酷いとか聞いてて、正直気が気でなかったんだ~」
そう心底安心したとわざと後ろに体を反らしてリアクションを取る。
背もたれがないので、エアー背もたれに寄りかかるになったていたが、彼の気耐え抜かれた強靭な背筋がそれをピタリと押さえ、安定した姿勢を保たせていた。
本当は怪我だけですんで良かったな!何て能天気な労りの言葉が思い浮かんだが、アスリートにそんなことを言えばそれは完璧な皮肉になってしまう…
だからあえて当たり障りがないように細心の注意を払って言葉を選んでいた。
「いや~、思ったりよりひどい状態じゃなくて良かったよー」
わざとオーバーリアクションを取って、聡の作ったノリに乗る梅夫とは対照的に、一言も言葉を発することなく。顔を真っ赤にして小刻みに五郎は震えていた。
しばらく何かを堪えていた五郎だったが、絞り出すように言う。
「それにしてもひどい奴だな、“日渡あたる”謝りにも来ないで―」
憎たらしいと我事のように怒り、拳を膝の上で作って握りしめる。
真っ赤に泣きそうになりながら、そんな怒ってくれる友人に対して、聡はやはり優しい笑みのまま首をゆっくり横に振る。
「いや」と五郎の言葉に確かな声色で否定すると、「入口の所まで来たんだけど、なんか 会う気がしなくて帰ってもらった・・・」と言葉を濁す。
「ぞうだよな…」梅夫はそれに声のトーンを低くして、同情するように同意の言葉を口にする。
それにつかさず、聡が相手への配慮を付け加える。
「まあ…。確かに、僕は会う気しなかったったけど、それは体調の面であって、彼女のせいでとか逆恨みして、嫌悪している訳じゃない」
そうはっきり言い切る。
「僕が勝手に転んだだけなんだ…」
友人の自分の代わりに怒ってくれる思いやりには感謝していたが、対戦相手が故意にやったわけではなく、寧ろ助けてくれたことを告げたのだった。
「……」「グウッ!」優しすぎると五郎は聡の思いやりに思わずこらえきれずに男泣きする。
腕で目を押さえて俯いた。
それを見て、苦笑いをする聡。
嗚咽する五郎を無視して、梅夫が眉根を寄せて、何であんなやつ庇うんだと言わんばかりに、少し抗議の色を含んだ声をあげた。
「案なに冷酷非道なことをされた後だと、選手である自分の身にも危害が加えられるのでは?って恐怖になるよ!」
「あいつは、デビルクラッシャーだからな!」
「フェアプレー無視の野獣だから!」
「何処が美の女神、"テレサ"だよ!!」
猛抗議で批判する梅夫に、聡は大笑いする。
「梅夫は昔から変わっていないね…」「彼女の批判に抜かりがない」
「だけど、彼女は僕を助けようとしてくれだんだ…」「確かに、いきなり割って入って来たから驚いたけどさ、それでも彼女は冷酷非道なクラッシャーじゃないよ」「人として親切心のある暖かみのある人だよ」
皮肉な言葉を聞き、そこだけを切り取った梅夫が不貞腐れたように頬を膨らませる。
「あいつの批判に抜かりないのは、当たり前だ!」「アンニャロウ~をぶっとばして、スカしてすました顔を屈辱に歪ませるのが俺の目標。そして夢はコードマスターさ!」
しかめ面をして、アンニャロウ~とねちっこく言って、高らかに宣言する梅夫の言葉に、また大笑いして…
それから、呟く。
「コードマスターか…」「たま遠くなった…」
遠い目をして痛めている腕を庇いながら寝返りをゆっくり打つと天井を見上げてまた呟く。
明らか声を無理して明るくしていたトーンを急に下げながら、うわ言のような口調でぼんやりと言う。
「怪我で棄権した…。"あたる"との対戦の後の敗者復活戦を出場できていない…」
「僕は上位、20位以内だったから、それに出場できないと順位の降格は免れない…」
「…悔しいよ、ランク落ちちゃったな…」と言ってから軽く自嘲し、
「どれくらい、順位が下がるのかな?怖いなぁ…」
ヘラヘラと笑い飛ばしては、どんどん生気を失い青白い人相になっていく。
「恥ずかしいな…」
ポロリと言った、間切れもない彼の本音。
そして心中で燻る彼のアスリートとしてのプライドだった。
それを聞くと二人は、ちくりと針に弱い部分を刺されて沈痛な気持ちになった。
そうなんだ。彼がここまで元気がない理由は、これなんだ…
「確かに、恥ずかしいなんてさ。泥臭いことをしてまでも戦うアスリートが何言っているんだ!何て思うだろうけど…」
「負ければ、悔しいし、恥ずかしくなるんだ…」
「ここまで血ヘドを吐くほどの努力と削りながらの精神を鍛え抜いて、ここに来たんだ。勝たなきゃ意味がないんだよ…」
「怪我さえしなければ…」
急に気分が落ち込んだので、いや、単に気丈に振舞うことをやめてしまったのだ。今の彼の本当の気分は、今見せている気持ちは、紛れもなく本当の気分だったのだ。
しばらくして、笑い飛ばしていた聡だが、やっぱり、順位が落ちることは確実だと自覚しているため、それが心に引っ掛かって、耐えれなくなったのか、ついに、
怪我をしてないほうの手で顔を抑えると
「ごめん、一人にして・・・」そう、聡が二人に告げたのだ。
やはり、彼には耐えれないことらしい。いや、この大会の参加者全員が思うことだ。順位は今の自分の地位を表しているのと同じなのだ。それが一桁違うだけで大きく世間では扱いが変わってしまう。それに、いきなり降格してしまえば、何か裏があるのではないのかと変な勘繰りを受けたり、ダーティーなイメージに取られかねなかった。
コードファイターとしては、棄権での順位の降格は絶対避けたいことだった。
聡は、怪我をしていないほうの左手で顔を覆って堪えている。
「・・・・・・」
二人はそれを見て居た堪れなくなったが、今はどうすることも、何もしてあげられないと悟り
「・・・じゃ、お大事に・・・」
「元気に、早く元気になれよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます