一話 02

 「きゃぁっ!」

ようやく声が出て、彼女はベッドから驚いて反身を起こした。

 寝起きは最悪だった。

とても怖い夢を見ていたはずなのに、息が荒れたり、冷や汗を掻いたりはしていなかった。

その冷静な体質のせいで、まだ、夢と現実の境目が分からないで、ボーとした感じが残る。

だた、遠くで鼓動が高く鳴っている。それを他人事のように感じていた。

反射的に枕元にいたぬいぐるみの一つを抱きしめた。

まだ、押さえつけれていた感覚が腕や足くびに残っているので、それが何とも尾を引き気分が晴れない。

 何だろうかあの夢は―

 ここのところ何度もあの夢を見続けるのだ。

 いつ、その夢を見始めたのかは数えていないので覚えていないのだが(実際は、覚えていたくはないので忘れてしまっている)おおよそ、二月前くらいなるのだろうか?

最初は、こんな悪夢を見ていたという感覚はなかったのだが、そのうちに急に赤黒い地獄の様な空間に閉じ込められ、何かを訴えかけるかのような行動をそこに溜まる気配が、

起こしては、襲うようなことを繰り返している。

それにこの夢の一番、気持ちが悪い所は、何か大切なものを失ったような感覚を残すのだ。

周りを見渡して一個ずつ触れてみる。

白いシーツ、ピンクの薄タオル生地の布団に白い掛け布団―

視界の端にある自分の長い黒髪を人差指に絡めて、見つめた。

・・・戻っていない・・・ 

安堵した気持ちが、本能的に湧き上がった。

窓際―。その窓に向かい合うように縦に設置されたメルヘンな白いベッド

前を向くと、手前のコンピュータをのせた机がまず先に、視界に飛び込む。それから、奥のほうへと視線を滑らせて、部屋出入り口のドアへと順を追って確かめていく。

外側だけが深緑色にカラーリングされた白い収納棚。次に机の隣の背の低い五段の棚、その上にピンク色のミニコンポ。

右側にある五段の棚より一段高い六段が二つ並び、その次に横並びにされて二列に積み重なった大きい口の十二段がその隣に並んでいる。その上にいろいろとカラーボックスやら、何かのグッズやらが並び、その壁には、好きなスポーツ選手?(と思われる。)(なんの競技なのか分からない)青色のボディースーツ姿の男性が滑走する姿が映っているポスターと丸刈りの顔にペイントがほどこされ、挑発したように指を立てる、厳つい男性アーティストのポスターが貼られていた。

それらが、きちんと一切の妥協もないように、整頓されている。

それとベッド側のぎっしりと中に資料や本などが入った、天井まで高さがある2つ組み合わさった大きな横広い本棚が壁を覆っていた。

室内は、長方形の間取りで奥行きはあるがあまり広くはない。

年紀を感じる壁紙。白が茶褐色に変色している箇所が見受けられる。

正直いってベッドとカーテン以外は男性の部屋のようにモノトーンなさっぱり感があって、飾りのない感じがある。

彼女は、念入りに部屋をチェックして、はっとした。

明かりをつけたように部屋の中が明るい。

ペパーミント色でレースがついた薄いカーテンを通して日差しが眩しく入り込んでいるのがわかった。

もう外の光が部屋に差し込んでいたのだ。

まだ、夢の続きのように彼女は眩しそうに、背中に射している日差しを見た。

そして、ベッドから這い出ると、カーテンを開けた。

四角い横に入った二つの格子を両断するように縦の格子が入った古そうなアーチ型の窓、恐る恐る両手をあてて覗いた。

いつもの、商店街の裏道が見えた。

人通りは朝一なので通っていなかったが、閑静ないつものビルと住宅が混在して立ち並んでいた。

「・・・・・・」

窓を開ける。

ピューと心地よい風が頬を掠めた。

今は5月の初め、だいぶ暖かくなったと感じる。でも、こうやってときどき、春を思わせる心地よい風が吹くのだ。これは悪幻ばかりの夢の中じゃ、絶対感じないものだ。

やっと実感する。

夢から覚めたのだ。

悪夢から逃れたのだ。

(戻(生還)れた)ようやく安堵出来た。

「ふぅ~」今度は安心した溜息が出た。

しばらく、風に当りながら外の景色を見ていたが、あることを思い出した。

今日は、大事な大会当日だ。

今年の春の大会は、日付の変更や改正されたルールの問題で、少し先延ばしされたが、まだかろうじて世間体としては春と言える月に行えることとなったのだ。

彼女はベッドを下りると綺麗にベッドメイクをした。

そして、歩いて右端の備え付けの嵌め込み式のクローゼットのスライド式のドアを開けた。

中には、女の子らしいフリフリのゴシックロリータ風の服がぎっしり入っていた。ピンク、黄色、赤など・・・色とりどりで鮮やかな乙女な色たちが溢れていた。

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