一話 03
その服たちを見て一瞬、誰かの感情が掠めた。
今でも思い出す―
遠い昔の忘れたはず、あのとてつもない恐怖の対象―
まだ、拭えないあの男の影が―
ざっくりと冷めたナイフで背中を一刀両断に切られた思いがして、頭を振った。
忘れなさい、忘れなさい、いやな気持。すぐに忘れたいのに、尾を引くように、後からでも思い出してしまう。一つのトラウマ―
もう嫌だな、いつまでも引きずって、こんな風に支配され、振り回されるのは・・・
なぜ振り払って一瞬して忘れることができないのかと、少しイラッとした気持ちが、自分自身に向かって上がってくる。
彼女は、そんな気持ちを打ち消すかのように、洋服を手に取った。
サーとスライダー式の戸の後ろに隠れていた備え付けの鏡を引き出すと、選んだ服を胸に当てる。
真黒いピッチリとボディーラインが見えてしまいそうな短めのワンピースに短パンのセットだった。
この服は、二つしか持っていない・・・
戦い―勝負の時は必ずこれを着るのだ。
黒は誰の色にも染まらない。そんな色だからだ。自分を信じ、ここまで来た自分を支えてくれる人たちに一矢報いらなくてはいけない。
彼女はきっと顔を上げて、鏡に映った自分を睨んだ。
ライバルは自分自身―
強くもなし、弱くもない― ただ、負けたくない
それだけ・・・
倒して、コテンパンにやっつけたあいつ・・・
起き上る気力を失っていても、顔をだけを懸命に上げ、恐れに満ちた瞳をこっちに向けて、『バケモノ』と呼んだ。
声は出ていなかったが、確かに口元がそう呟いていた。
私はただ、負けるわけにいかなかった。だから倒したんだ・・・
それだけだ・・・
でもあいつは、私をこの世のものとして例えず『バケモノ』と呼び、恐れたのだ。
普通だよ―
私、私は私―
鏡に映る自分自身を睨むように、見詰めた。
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