SectionⅡ【Ⅱ+III】

【イドラとヴェロニカの過去】


 ランクIIIの訓練をクリア後、いつの間にか疲労と出血により倒れてしまった僕は、幾度運ばれたか分からない医務室の中にいた。

 ハイドロが慣れた手つきで僕の包帯を変えながら、口を開く。


「もういっそここに住んでいるかのようだな。」


「良いんですか?住んでも。」


「お断りだ。」


 訓練をクリアした安堵からか、くだらない冗談が口をついて出る。


「ハイドロさん、今回訓練を無事クリア出来たのも、貴方のご協力があってのことと思います。本当に、ありがとうございました。」


 ハイドロにはこれまで何度も助けられてきた。少しずつ心を開いている自分もいた。


「…ふん、今日はやけに素直だな。外はきっと雨が降っているんだろう。」


 ハイドロは優しく微笑みながら僕の頭を撫でた。


「撫でられて喜ぶ歳ではありませんよ。」


「そうは言つつ、振り払おうとはしないんだな。」


 と、その時、隣のベッドの方からとてつもない奇声が聞こえてきた。


「ぎぃぁぁ!やめ!やめて!誰か助けて!」


「…この声は。」


「…ああ。イドラだ。お前と一緒に倒れていたんだ。後頭部を強打したようで気を失っていたので、起きたら教えるようヴェロニカに言っていたのだが。」


 そう言いながらハイドロが隣のベッドのカーテンを開ける。

 そこには、ヴェロニカに顎をつかまれ、湯気のたっている熱々のお粥を口に流し込まれそうになっているイドラの姿があった。


「あ!ハイドロくん!助けて!この馬鹿力を止めて!!」


 必死でハイドロに助けを乞うイドラ。


「ああ、そういえば起きたら粥でも食べさせておけとも言った気がするな。すまないヴェロニカ、一旦離してやれ。」


「はい。」


 いつものように無表情なまま、ヴェロニカは言われた通りにイドラをはなした。


「はぁ、はぁ…ま、全く、イービルアイの感覚は鋭敏なんだ、お粥はせめてぬるめに頼むよ…。」


「悪かったな、料理長に言うのを忘れていた。」


「え!これはエクサーsecondが作ったんじゃないのかい?」


「当たり前だ。お前らはもう役目を果たしたからな。」


 その言葉が放たれた瞬間、ヴェロニカの大きな瞳から大量の涙が流れた。


「役目を果たした」、つまり、僕がランクIIIの訓練をクリアしたので、この二人にはもう用はないという事だろう。僕の訓練監督をしている間だけ、エクサー右手様の料理が振る舞われるという話だったので、それがもう食べられないことが悲しいようだ。


「くうう!そんなぁ!酷く短い夢だった…。」


「イドラが、もっと、かしこければ…。」


「な、なにー!?かしこさを君に指摘されたくはない!されたくはないなあー!?」


 ヴェロニカとイドラの、責任の擦り付け合いを静かに見ていると、ふとイドラがこちらに気付いた。


「ああー!異くんじゃないか!君ねえレディに対して後頭部に蹴りを入れて不意打ちなんて紳士のやることじゃないからね!?お姉さんビックリしたよ!?」


「レディは後頭部に蹴りを入れられて『ふがっ』という声を出しながらカエルがひしゃげたような姿勢で倒れ込みません。」


「つまりもう1戦交えたいってことでいい?」


 まあまあとハイドロとヴェロニカが間に入り、いったん場は収まった。


「もう終わったことだし、クリアはクリアだ。イドラも訓練監督らしく、何か手向けの言葉でもかけてやれ。」


「ぐう…そうだね。ここは大人の私が譲ろう。といっても、手向けの言葉と言ったって、上手いこと思い付かないんだ。そのかわり異くん、何か聞きたいことはあるかい?何でも答えてあげるよ。『イドラさんの美貌の秘訣は?』とか、『イドラさんの強さはどこから?』とか〜。」


 まずその自信がれどこから湧いてくるのかを問いたい気もしたが、もうひとつ、僕は気になっていた事があった。


「…貴女のその、は、一体どうやって手に入れたんですか。」


「…」


 一瞬、イドラとヴェロニカの間に妙な空気が流れた気がした。


「うーん、面白い話でも無いけれど。」


「何でもと仰ったのは貴女です。」


「まあ、そうなんだけれども。」


 イドラはヴェロニカをちらと見たあと、ハイドロに言った。


「ハイドロくん、ちょっとヴェロニカと一緒にぬるーいお茶をいれてきてくれないかい?もちろんお湯から沸かして、冷ましたものを頼むよ!香りが違うんだ香りが!」


「は、はあ?」


「さあさ、早く!ヴェロニカは不器用だから心配なんだ!」


 腑に落ちない様子のハイドロとヴェロニカだったが、イドラに背中をおされ、無理やり部屋の外へ閉め出されてしまった。


「ふう。…じゃあまあ、話そうか。」


「はあ。」


「あー、まずは私の生い立ちの話からになるんだけど…実は私、貴族の家系の一人娘でね。」


「ははっ、またまた。」


「いや本当なんだよ!!!?真面目に聞いてくれない!?」


 発汗量や視線の動き、仕草を見る限りでは、嘘をついているようには見えなかった。嘘だろ。


 *


 私の家はゴーレム種の育成、売買を行って栄えた貴族の家系で、裕福な家だったけれど両親は子宝に恵まれなかった。

 そして唯一生まれた一人娘の私が、透視能力の異能で、しかも片目は弱視だった。


 昔から双眼型のイービルアイ種にも異能は稀に生まれていたけど、身体が弱かったり、どこかが欠損していたり、すぐ死んでしまったりしていたらしい。


 両親は一人娘の私をよく可愛がってくれた。


「お前はシャンクド家の跡継ぎになるんだ、誇りに思いなさい。」


 これが両親の口癖だった。私もそれを誇らしく思っていたし、両親の期待に応えられるよう、人よりも数十倍努力した。周りも認めてくれたし、片目が弱視であることなんて誰も気にしていなかった。


 ある日、父がシャンクド家の経営するゴーレム種の養成所に連れて行ってくれた。

 洒落た煉瓦造りの大きな建物の真ん中に、シャンクド家のシンボルが大きく刻まれている。

 養成所にはいくつかの棟があり、それぞれの棟で専門的な教育が適性のあるゴーレム達に施されていた。

 ある棟では舞踏教育、ある棟では執事教育、またある棟では戦闘教育と、教育の種類も様々だ。ゴーレム種は容姿端麗で力も強く、知能指数が低いため扱いやすい。どんな形であれ最後には共存関係にあるイービルアイ種やフリューゲル種の奴隷として売買される。

 そうやって商品として出すために、しっかりと仕込みをしているのだという。


「次が最後の棟だ。ここは適性が見つからず、まだ調教が必要なゴーレムが教育されている棟でな。お前もいずれこの養成所を管理することになる。もうそろそろ、ゴーレム種の調教について学んでおくべきだろう。今回連れてきたのはその練習台として、ゴーレムを一人選ばせるためだ。」


「…はい。任せて下さい、父さん。」


 実はこの時とても不安だった。元々私はゴーレム種を奴隷として扱うことに少し違和感を感じていた。彼ら、彼女らは、あの生活が幸せなのだろうかと、度々そんなことを考えてしまっていた。


 棟の中に入ると、叫び声や激しく壁に何かを打ち付けるような音が響いていた。

 ある部屋では拷問のような教育が行われ、ある部屋では気が狂ったように檻を殴り続けるゴーレムが居た。

 私は初めて、自分がシャンクド家の跡を継ぐという事実から逃げ出したくなった。

 父は、少し怖気付いた私に気を遣ったのか、「今日もここの子達は元気がいいな」と的はずれな言葉を選んでいた。


 父の服の裾を握ったまま、歩いて一番奥の部屋まで辿り着いた。

 恐る恐る薄暗い部屋の中を覗き込んだが、その部屋は今までの部屋とは打って変わって、どこか静かで、どこか寂しげだった。


「もし。…誰かいるかい?」


「…」


 返答は無かったが、私は自分の透視能力で部屋を見回し、奥で静かに息を殺している少女の姿を見つけ出した。

 その顔は今まで見てきたゴーレムの中でも妙に整っていて、尚且つ表情が無かった。


「…」


 少女は固く口を閉ざしたまま、赤い光を孕んだ瞳でじっとこちらを見つめている。

 …まるで縄張りを見張る獣のようだと思った。


「父さん、あの子。あの子がいいです。」


「ああ、やっと決めてくれたか。しかし、あの大人しさじゃあ、練習になるのか分からないが…まあ良いだろう。おい、あの大人しい子どもを頼む。」


 父が職員と思われる男に声をかける。

 少女は抵抗もせず、言われるがままに身支度部屋へと連れていかれた。


「お待たせしました、お嬢様。」


「…」


 部屋から出てきた少女は、ストロベリーブロンドの長い髪を二つに結い、赤いリボンで飾っていた。白いブラウスに真っ赤なプリーツスカートを纏い、太腿まである丈の長い靴下を履いている。首には銀色に光る首輪。

 首輪はゴーレム種が他の種族と隷従関係を結ぶ際の証としてはめられ、最も契る力の強いものだ。契約を解くことは己の命か、肉親の命を賭してでなければ許されない。あるいは、契約者の口より解除の呪文を言い渡されるか。そんなことはほとんど無いけれど。

 契りの強さとしては、指輪、ピアス、首輪の順で強くなっていく。

 いきなり最上契約の首輪の証をはめられるなんて、不憫な少女だ。選んでしまって悪いことをしたかもしれない。


「えっと、私はイドラ。君、名前は?」


「…」


 少女は名前を聞かれても視線一つ動かさずに、ひたすら黙っていた。


「おい、このゴーレム、言葉は?」


 父が職員に尋ねる。


「は、はい。申し訳ありません。養成所入学前の検査では知能指数に問題は無く、言葉も覚えてはいるようなのですが、何分、自分から話そうとせずに…。」


「ふむ…まあいい、イドラ、取り敢えずそのゴーレムと会話をすることを目標に調教してみなさい。」


「は、はい、父さん。」


 それから私は何ヶ月、いや何年も彼女に語りかけ続けた。それでも彼女は心を開こうとはしなかった。命じられたようには動くが、一切何も話そうとはしなかった。私は彼女の過去に思いを馳せ、勝手に同情していた。きっと彼女は辛い過去があり、悲しい経験をしたのだと。


「…ただいま。今日は変な天気だね。曇ってたり、晴れてたり、夜は雷が鳴るんだとか。」


「…」


 決まったように、彼女は何も話さなかった。今までは話さないことに対して触れることはなかったが、もう随分時間が経っていて、私もどこか焦っていた。


「…君、昔何かあったんだろう。辛いこととか…わかる、だから私なんかとも話す気にならないんだろう。わかるよ。でも、私は君にもっと一生を楽しんで欲しいんだよ。できればその横に私もいれば幸せだと思うんだ。」


 少しでも、心を開いて欲しい、耳を傾けて欲しいという一心で、彼女に思いの丈をぶつけてみた。

 すると彼女はゆっくりとこちらに目を向け、透き通った、落ち着いた声で話した。


「…分かりはしない。親も無い、家も、故郷も、愛していたもの全てを、うばわれた、うしなった。貴女は、全部持っている。分かる、わけない。」


 それは、私が初めて聞いた彼女の怒りの声だった。彼女はすっと礼をした後、部屋を出ていった。


「ー…最悪だ。」


 初めての会話がこんなものだなんて。分かっていない相手の「わかる」という言葉がどれだけ相手を傷付けるかなんて、知っていたはずなのに。それも、仇から言われたら、そりゃあ怒る。

 親も、家も、故郷も亡くしたと言っていた。

 私自身がどれだけ自分のことを特別だと、他とは違うと思っていても、彼女にとっては皆同じ、仇なんだろう。


「最悪だ、私は。」


 彼女が消えていったドアの向こう側をじっと見る。まだ、私の部屋近くの階段を降りているところだ。私は思わず追いかけた。

 彼女に謝りたいが、どんな顔をして彼女に話しかければいいのかも分からない。

 そうしている間にも彼女はどんどん地下の方へと降りていった。彼女は、いつも地下の相談室前の静かな階段下で一人うずくまっていたから、そこにまた行くつもりなのだろう。


 階段下へ着いたころ、私は意を決して彼女にもう一度語りかけようとした。

 その時だった。


「何だって!?」


 相談室から、父の大きく狼狽する声が聞こえてきた。耳を済ませると、何かの商談中らしかった。


「ですから、シャンクド家の経営する養成所や販売所ですが、最高責任者のシャンクド・ギンプ様が、お兄様のシーハ様に次の最高責任者を継がせると仰られたので、その他諸々の機関の管理者もシーハ様のご子息、ジキルハイド様に継がせるとのことです。」


「そんな、めちゃくちゃだ!それにジキルハイドはまだ生まれたばかりの赤子だろう!?何故父上はそんな事を!?」


「…あー、薄々気付いておられるのでは?貴殿のご令嬢は、でしょう?」


「…!」


 


 片目が弱視、または盲目の者に対する蔑称だ。つまり商談相手が言っていることは、私の片目が弱視であるから、爺さんが後継者を私ではなく、父の兄の息子、ジキルハイドに託したということだ。


 …一つ目が後継者になると、一族の恥であるから。


 私は滲む視界の中で、ふとヴェロニカの方を見た。

 心なしか、いつもより大きく目を開いて、こちらを見つめていた。


「っ…。」


 私は走って自室まで戻り、声も出さずに泣いた。今まで散々努力してきた。片目であることを感じさせないほどの成績も出したし、明るく振る舞って、常に様々な期待に応えてきた。


 それでも、生まれ持ったこの足枷は軽くなかった。選んで生まれてきたわけではない。好きでこんな目をしているわけじゃない。

 怒りとも、悲しみともつかない大きな感情に、押しつぶされそうだった。


 更に、その日の夕食で父さんからこんな提案をされた。


「プロビデンスの目を、手に入れてみないか。」


 プロビデンスの目。私は書物でそれについて調べたことがあり、よく知っていた。高確率で死ぬが、もしかすると神の目が手に入るかも知れないという、博打めいた代物だ。


「ああ、三日に一度だけ不思議な光を発する神器でな。その光を目に入れると、ちょっとしたリスクはあるのだが、神の目を手に入れることが出来るらしいんだ。」


 外で雷が夜空を裂いた。

 雨音が重く私にのしかかる。


「ちょっとした、リスクって?」


「な、なに、少し目が痛む程度さ。」


 嘘だ。父さんは嘘をついている。

 ともすれば死に至るというのに、目が痛む程度?私はもう、どうでもよくなった。

 結局、父さんは私を大切にしていた訳では無い。が大切だったんだ。跡継ぎになれない私は必要ない、死んだって平気なのだ。

 それならいっそ殺してやろうと思った。跡継ぎの私なんて。

 私は精一杯の笑顔で父さんにこう応えた。


「分かったよ、父さん。」


「おお、そうか、じゃあ今夜10時にでも!地下に来なさい。」


「はい、父さん。」


 それから私は自室に戻って、身辺の整理をしていた。すると、ゴーレムの少女が何を思ったのか、部屋の中に入ってきた。知能は高くないので、私が置かれている状況は理解出来て居ないだろうが、もしかすると私や父さんの様子から何かを感じているのかも知れない。


「そうだ」と私は話しかけた。


「今夜、私は死ぬかもしれないんだ。跡継ぎの私は。君の首輪、今外してあげるよ。これで君は自由の身になれる。そこに荷物をまとめてあるから、それを持って逃げなよ。」


 私はヴェロニカの首輪を指でなぞりながら、契約解除の呪文を唱えた。


「…っ、…。」


「あはは、心配しなくても、君は強くて綺麗だから、生きていけるさ。」


 彼女は黙ったままだった。いや、何か言おうとしていたが、私が聞かずに部屋を出ていった。何故か、彼女からどんな言葉をかけられたとしても、今聞くとおかしくなってしまいそうで。


 ゴォーン…


 時計の鐘がなった。約束の時間だ。私は地下、相談室の扉を開けた。そこには父親とエルフが居た。先の商談で同席していたエルフだろう。エルフ種は最上位の種で、すぐ下の上位種であるイービルアイ種とフリューゲル種達が謀反を企てないよう、商談の際には同席するのだ。おそらく、プロビデンスの目の時計なんて神器を提案したのも、このエルフだろう。エルフでなければ、神器などを所持できるわけがない。

 薄暗い部屋の真ん中には机があり、その上に小さな三角柱の置物が置いてある。机の近くにある椅子は、いつも母さんが絵本を読んでくれる時に座っていた大好きな椅子。


「さあ、よく来たな、イドラ。」


 いつもの優しい笑顔をつくり、父さんは私を椅子へと誘った。私が椅子に座ると、父は部屋を出ていった。エルフも私の身体や四肢、目にいくつかの魔法をかけ、私を動けなくしてから、部屋を出ていった。

 そうしないと自分たちまで死んでしまうかもしれないから。


「はは、ずるいなぁ。」


 あ、そう言えば、まだあの子に謝って無かった。そんなことを考えながら、死を待っていると、三角柱の置物の縁を金色の光が囲った。

 私は目を瞑ったところでなんの意味も無いことは知っていたが、せめて目を開けた間抜け面のまま死なないように、笑顔で、目を閉じて光に身を任せた。


 気付くと、光は止み、私は生きていた。


 恐る恐る扉が開かれ、暗い表情の父さんが入ってきた。そして生きている私を見た途端、予想が覆ったと言わんばかりの驚いた顔をして泣きながら、私を抱きしめた。


「イドラ!イドラ!良かった、ああ、これでイドラは…!ああ、本当に良かった…!」


 私はこの時ばかりは笑顔をつくれなかった。エルフの固定魔法ももう解けていたけれど、父さんを抱き返すこともできなかった。

 父さんのこの涙、この喜びは、が生きていたからではない。が生きていたからだ。

 どうして死ななかったんだろう。そんな奇跡、今は要らなかった。跡継ぎの私なんて死んだ方がマシだった。


 その時、部屋の扉が何者かによって乱暴に破られた。


 薄暗い砂埃の中から現れたのはあの子。

 私がまだ謝れていない、あの子。


「イドラ」


 あの子が私の名前を呼ぶと同時に、私は彼女の方へ走った。彼女は私をおぶると、呼び止める父の声を無視して階段を駆け上がり、外へと飛び出した。


「君、どうして。」


「ヴェロニカ。」


「え?」


「名前、ヴェロニカ。」


「ヴェロニカ…ヴェロニカって言うのかい。」


 私をおぶって走り続けながら、コクリと頷くヴェロニカ。今まで何度も聞いたけど教えてくれなかった名前。


「どうして今、名前なんか教えるのさ」


「死んだ、んでしょう。あとつぎの、イドラは。だから、あたらしいイドラに、名前、教えなきゃ。」


 跡継ぎのイドラは死んだ。

 だから新しいイドラに自己紹介?


「ぷっ、あはははは、ヴェロニカ、君って、面白いやつだったんだな!」


「…。」


 そうだ、確かに。もう死んだ。跡継ぎのイドラは殺してきた。もう私は自由の身。でも、ヴェロニカはどうして…。


「どうして、逃げなかったんだ?首輪、解除出来てなかった?」


「…。」


「私が可哀想になっちゃったのかい?」


「…。」


 一時、彼女は考え込み、走るのをやめた後、口を開いた。


「謝ってなかった、から。ひどいこと、言った、から。ごめん。」


「え…。」


「あのあと、すぐ下にいった、でも、エルフ、強かった。動け、なくて、たすけられなかった。それも、ごめん。」


 あの後、助けに来てくれてたのか。そこをエルフに魔法で押さえつけられていたようだ。


「謝ってなかったことって、あの、分かるわけないって言ってたこと?」


 また、コクリと頷くヴェロニカ。


「は、ははは。」


 いきなり笑いだした私にヴェロニカは戸惑っている様子で、頭を撫でてきた。


「はは、いや、違うんだ、頭がおかしくなったわけじゃない。ただ、私も同じこと思ってたんだ、ああ、デリカシー無いこと言ったのに、謝れてなかったなって。ごめんね。」


「…。」


「んじゃあ、これでお互い仲直りだな。よし、握手だ。」


「………あく、しゅ。」


 ぎゅう


「いだだだっ!!」


 ヴェロニカと力強い握手を交わしてから、私たちは旅に出て、晴れて自由の身になった。


 *


「と、まあ、そんな感じさ。ま、今は閉じ込められるわ後頭部に蹴り入れられるわで踏んだり蹴ったりなんだけどね!!」


「なるほど…。イドラさんって昔、眼鏡をかけてたんですか?」


「うん?人の話聞いてた?いや、まあ眼鏡はかけてたよ。片方度は入ってなかったけど。」


 プロビデンスの目の時計から発せられる光をうけ、弱視で生き残ったものがいて、盲目で死んだ者がいるというのはそういうことか。眼鏡をかけているだけでも生き残る可能性はあるようだ。


「ありがとうございました。スッキリしました。」


「あのさ君、この感動ストーリーをスッキリの一言で終わらせるかい?普通。」


 イドラの小言を聞き流していると、丁度ハイドロとヴェロニカが医務室に戻ってきた。


「ああ、おかえり!遅かったね!!」


「お前が冷めた茶を持ってこいと言ったんだろう!」


 ハイドロがイドラに茶をかけそうな勢いでティーカップを渡した。その後、何かを思い出したかのように僕の方へ視線をやった。


「ああ、そうだ、異。」


「はい?」


がそろそろ待ちくたびれたと、退屈していたぞ。」


「テモー?」


「ああ。次の訓練、ランクⅣの訓練監督だ。」


 ランクⅣの訓練監督。もう次の訓練に進まなければ行けないのか。たしかに、身体はいつの間にか回復し、準備は整っていた。

 次はどのような訓練が待ち構えているのか、不安しかないがやるしかない。


 僕は身支度を整え、次の訓練場へと歩を進めた。

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