SectionⅡ【Ⅱ+Ⅱ】

【神の目と悪魔の目】


 さて、イドラの参戦により、ヴェロニカの攻撃を避けつつ、戦い方も分からないイドラとやり合うことになった。


「さあ、ここからが本当の訓練だよ、異くん。はじめに言ったように、この訓練は集団を相手にした時の立ち回り、そして機転を効かせる練習をする場だ。今からは私とヴェロニカ、二人でかからせてもらうから、頑張って突破してくれたまえ。」


「言われなくとも。今日は約束のですから。」


「はは、まだ十分に策も練れていないだろうに、殊勝だねえ。」


 僕がリングに向かって走り出すと同時に、イドラが両腿から二つの拳銃を抜いた。

 構える暇もなく、すぐさま弾丸が発射される。

 動きはヴェロニカほど速くない。拳銃なので加速の心配もないし一直線にしか進まない。


 しかし


「っーーー!」


 一つの弾丸を避けた先にヴェロニカの攻撃が繰り出され、それを避けた先にはまた弾丸が送り込まれる。おまけに、流石はイービルアイの超視力と言ったところか、弾が僕を追ってくるかのような正確さだ。

 雨のように絶えず浴びせられる攻撃はまさに集団を相手にしているかのようだった。


 ーこれは、体力がもたない。ただでさえヴェロニカとの苦闘で疲労していた身体は悲鳴をあげていた。


 しかも、どこかおかしいのだ。


 何故こんなにも弾丸が矢継ぎ早に撃ち込まれるんだ。およそ二つの銃口から発せられたとは思えない数の弾丸が迫ってくる。避けることもままならず、ナイフで弾いて凌ぐが、それも難しくなってきた。

 弾の装填はどうなっているのかとイドラの持つ銃をよく見てみる。


「!」


 上下二連式の拳銃だ。だが普通なら一つであるはずの引き金まで二つある。それぞれの銃口から好きなタイミングで発射出来る仕組みになっているようだ。つまり僕は今、計四つの銃口から狙われているのと同じ状況下に置かれているということである。休む暇が無いのも頷けた。

 考えているうちにも次々と攻撃は繰り出され、僕の身体には少しずつ傷が刻まれていく。

 早く打開策を見つけなければ。しかし避けることに必死で考えがまとまらない。


「ほらほら、約束の三日目なんだろう!しっかりしてくれよ!このままでは死んでしまうんじゃあないのかい!」


 イドラの鬱陶しい煽り声が頭に響く。

 しかしそれを聞いた途端、今まで壮絶な攻撃を続けていたヴェロニカの動きがぴたりと止まった。長いツインテールをなびかせてイドラの方へ振り向く。


「イドラ…殺しては、いけないのでは。」


 小さな口ではっきりと尋ねた。


「ばっ、言葉の綾だって!ジョークさジョーク!ほら、早く続けるんだっ!」


「…はあ。」


 妙な空気のまま、また怒涛の攻撃がはじまったが、一瞬でも身体を休め、呼吸を整えることができた。


『殺してはいけない』


 そうか、よく考えればこいつらは飽くまでも訓練として戦っている。僕はUCP研究所の場所を知っている重要人物。僕を殺せばこの「箱」に閉じ込められているUC達は困るわけだ。ついでに言えば、僕の血もあまり流したくは無いはずだ。貴重なサンプルであるし、凶器にもなりうる。

 そして、落ち着いて向かってくる弾の軌道を見てみると、確実に身体を狙っている弾と僕の動きを操作しようとしている弾がある。

 おそらく細身の銃身から出ている弾は小さく、殺傷力が低いのだろう。身体に当てても死にはせず、動きを鈍らせることができる。

 対して太い銃身から出ている弾は大きい。身体に当たった場合、重症となる。当たらないよう僕が避けられるギリギリの位置に撃ち込まれ、僕を誘導している。


 そう考えると、自分はこれだけ苦戦しているのに相手は随分手を抜いていたのだと分かり、捌け口のない腹立たしさが込み上げてくる。しかしこのハンデを利用する他はない。


 ひとまず僕は大きな銃弾の方へ当たりに行く事とした。


「!」


 キィンッー…


 予想通り、僕の頭に銃弾が当たる寸前でヴェロニカがそれをはじいた。


「…」


「…なんの真似だい。異くん。」


 片眉をぴくりと動かし、僕に問うイドラ。


「いえ、少し弾の狙いがそれていたので、合わせてあげただけですが。」


「……だれのために、ぶち抜きたいのを抑えてあげてると思ってるんだい…?」


「さて、何のことでしょうか。」


 ジャコンという音を立ててイドラが拳銃の弾を装填する。


「はは、そんなに痛い目をみたいのなら仕方がない。お望みのままに当ててあげようじゃあないか…。ヴェロニカ。」


「…はい。」


「脚を狙え。」


 直後、凄まじい速さで狙われる僕の脚。


「ぐっ…!」


 咄嗟に避けるも、妙な避け方をしたせいでバランスが崩れた。

 そこへ例に漏れず打ち込まれる弾丸が、綺麗に大腿部を貫通する。


「いっ…!」


「まったく、お姉さんは青年に意地悪をする趣味は無かったんだけど、本人からのリクエストとなればなあ。」


 イドラが近付きながらまた銃を構える。


「っ…。」


 その言葉はどうにも白々しかったが、「今までの戦いは弄ばれていたに過ぎない」ということは事実だろう。殺さずに効率よく動きを止めるとなると、やはり狙うのは脚。すぐに終わらせようと思えば簡単に終わらせらることはできたはずだ。


 それでも彼女達がそうしなかったのはおそらく、この訓練が訓練としての意義を失わぬようにだろうが、あえて煽ったのには理由がある。


 二人の意識を脚に集中させたかったのだ。

 更に言えば、僕の手元から意識をそらしたかった。


 二人が僕の脚に集中している間に、やっておきたいことがあったからだ。


 それは、橈骨動脈とうこつどうみゃくを切ること。


 悟られないよう、痛がる振りをしながらしゃがみこむ。そのまま二人の死角でナイフを手首に深く突き立て、皮膚を縦に裂く。


 大量に出血するが、イドラとヴェロニカの角度からなら大腿部の怪我によるもののようにしか見えないだろう。

 僕はゆっくりと二人に近寄り、ナイフを振りかぶるように見せて血を浴びせようと考えていた。狙うのは目や口内。

 僕の血液は体内に入ればUCにとって猛毒。目や食道などの薄い粘膜に付着するだけでも生命の危機に繋がる。大きく動揺することが期待出来るだろう。

 その間にリングの鍵を取りに行けばこの訓練はクリア出来るはずだ。


 しかし


「!!ヴェロニカ、目と口を閉じろ!!」


 ー気付かれた…?


「馬鹿なっ」


 すぐさま大量に出血した腕をヴェロニカとイドラの方へ向けて振り、血を浴びせる。

 思ったよりもイドラに気付かれるのが早く、距離が十分縮まっていない。うまく狙えているかは分からなかった。


「っ!!」


「…」


 ヴェロニカには目と口を閉じられたものの、顔に直接浴びせることができた。戦闘不能には出来なかったが、少なくとも血液が乾くまでの間、もう目は開けられないだろう。

 しかし、問題はイドラの方だ。

 イドラの方が少し遠く、事前に腕で防がれたため、血液は片目にしかかかっていなかった。


「姑息なまねをするじゃないか、異くん。」


「…心外ですね。そちらこそ、さっきの死角での動きを見とるなんて、ただの超視力にしては、勘が良すぎるんじゃあないですか。その目、普通じゃないですね。」


「ええ?人聞きが悪いなあ。勝手に君が『普通は超動体視力を持つイービルアイ』だと思い込んでいただけだろう?」


「…目を縫ってまで、何を隠しているんです。」


「はは、少しでも賢いなら自分で考えて当ててみなよ。この目を見て薄目でもしてると思ったのかい?」


 正直、動脈を切っていたことを見抜かれた時から薄々気付いてはいた。これまでは目の動きを周囲から見取られないようにするために、ほとんど目を閉じた状態で少しの隙間から覗いているのだと思っていたが、そうではない場合、イドラの能力は…


「…透視能力。」


「あはは、うん。半分、正解だな。」


「半分?」


「君、あれだけ速く、的確に、大量の弾丸を打ち込むことが、透視能力だけで出来ると思っているのかい?」


 そう言ってイドラは血液のかかっていない方の眼を開いて見せた。


「…な」


 そこにあったのはプロビデンスの目だった。

 僕と同じ灰色の瞳。その中で特徴的に光るトライアングル。


「悪いね。左右不揃いなんだ。」


「何だ、それは…。」


 つまり、イドラは自分がイービルアイ種のオッドアイだと言っているのだ。

 しかし、そんな前例はどの文献にものっていなかったし、シムの話にも出ては来なかった。しかも片方は透視能力、もう片方はプロビデンスの目…一体どんな見え方をしているのか見当がつかない。


「あ、ヴェロニカ、君は目が見えない状態で暴れられると私まで殺されかねないからそこで休んでなさい。」


「は、い。」


「さあ、知りたがりな異くんのためにサービスもしてあげたところだし。ここからは私と異くんの真剣勝負ということだね。」


 混乱している僕を置き去りにしてイドラがさくさくと話を進めていく。


 一旦、今の状況を整理しなければ。


 まず、ヴェロニカのことはもう心配しなくてもいい。ゴーレム種は視力以外の五感は大して良くないので、目を使えない今は大人しくしているだろう。


 次にイドラ。血液のかかっている方の目が透視能力を宿した悪魔の目、もう片方が僕と同じ超動体視力を持つプロビデンスの…神の目。つまり彼女は片目に血液がかかった状態でも何不自由なく戦える。


 そして僕。大腿部の怪我と橈骨動脈を切ったことによる大量出血で長くはもたない。重ねて、戦い続きだったために疲労が溜まっている。しかし、昨夜ハイドロに輸血してもらった血液の効果か、普通よりも数倍回復が早くなっている。


 だが、総じて考えると今は僕の方が不利だ。何よりイドラとの戦い方に見通しが持てない。闇雲に突っ込んだとて脚を数発撃ち抜かれて移動不可になる未来が見える。

 しかしここまで来て諦めたらまた一からだ。同じ手は使えなくなる。何としてでも打開策を考え、約束通り訓練を終わらせなければならない。


 必死に呼吸し、血に酸素を含ませ、脳におくる。普通では無いものには、普通で無いなりの弱点がどこかにある。考えろ、探し出すんだ。


「異くん、いつまで悠長に突っ立っているつもりだい?どんなに優しい私でも、流石にもう待ってられないよ。」


 4発の弾が発射され、僕の方へ向かってくる。例のごとく正確な弾。それに続いて更に打ち込まれる弾丸を僕は必死の思いで避ける。まだ脚が回復していないため、横に転げて無駄に大きく避けてしまった。イドラにも近く、弾を避けにくい位置だ。体力をあまり消耗するのはまずいのだが…。

 そう考えている間にも、絶え間なく攻撃は続く。


 と、その時、僕は何か違和感を感じた。


 イドラの放った弾が、4発中、一番端のものだけ少し的外れな方向へ飛んでいるのだ。今まで漏れなく完璧な軌道を描いていたのに、何故だ?単なる疲労やミスだとは考えにくい。

 追い詰められた僕は、その違和感にすがるような気持ちで答えを探した。


「ー…まさか」


 僕はまた、あの大きく転げる避け方をしてみた。

 するとまた、一番端の弾だけが変にズレている。


 なるほど。考えてみれば確かにそうだ。イドラには二つの能力があるかわりに、二つの死角があるのだ。

 つまり神の目と悪魔の目の両方でとらえることの出来る領域と、神の目だけでしか見えない領域、悪魔の目だけでしか見えない領域がある。

 くわえて僕は、イドラの背後に周る事は出来なくとも、この死角の中には入ることが出来たという事だろう。

 そして先程、プロビデンスの目の死角に入った時の弾の様子を見るに、悪魔の目は透視能力を持つだけで、動体視力は神の目に劣るということも分かった。


 これを利用しない手は無い。


 リングまでの距離はあと10m。

 イドラとの距離は5mと言ったところか。

 僕が大きく避けたことで、イドラは少し体を傾け、プロビデンスの目で僕を捉えようとしていた。

 そこで、もう一度大きく転げ、プロビデンスの目の死角に入ると同時に、床に落ちていた小さな瓦礫を素早く上に投げあげる。透視能力だけの悪魔の目では追えないような小ささと速度だろう。

 イドラもまだ気付いていない。


 そして、その瓦礫の落下先にあるのはリング。


 大きく放物線を描きながら彫刻の手のひらに乗っているリングへと落ちてゆく。

 狙うはリングの端。それも手前側だ。彫刻の手のひらの角度を利用して、うまく当てることができればこちら側にリングが跳ねかえるだろう。


 この視力を持った今、空間把握能力も今までとは桁違いになっている。角度と重量、速度等を計算すれば、あとは正確に投げるだけだ。

 多少の誤差はあれど、不可能では無かった。


 カァンッ…


 瓦礫は計算通りリングの手前端のあたりに直撃し、リングは回転しながら跳ね上がる。


「…なに?」


 異様な金属音に気付いたイドラの目が空中を舞うリングを捉える。

 彼女は間髪入れずにリングに銃を向けた。

 彼女のことだ、その確かな腕でリングをうち、軌道を逸らそうとしたのだろう。

 だがリングに目と銃を向けたということは、僕から目と銃をという事だ。

 僕はこれを待っていた。リングが音を立てて跳ね上がった時から、僕が向かったのはリングの落下地点では無く、イドラが居る方向。


 ドッ


 蹴りを入れた。

 イドラの視線と銃がリングに集中した瞬間、彼女の後頭部に。


「ふがっ…」


 女性らしさの欠けらも無い声を出し、イドラは倒れた。


 カンッ…カラカラカラ…カラン


 リングの鍵が、金色の光を反射しながらゆっくりと足元に転がってきた。


 何があっているのかも分からずにくつろいでいるヴェロニカを横目に、リングを拾い上げる。

 こうして僕は、無事ランクIIIの訓練をクリアする鍵を手に入れることが出来たのだった。


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