SectionⅠ【Ⅰ+IX】

【出会い】


 僕は医務室で怪我を完治させた後、訓練の時間も過ぎていたため、真っ直ぐ自室に向かうことにした。足はまだ完治したばかりで、少し熱を持ちもつれやすくなっている。慎重に進まなければ。


 廊下に立ち、足の裏で床の硬さを確認する。曲がり角を照らす少しの灯りを頼りに、手探りで壁を伝った。というのも、ここには日の光を確かめるための窓は無いわりに、昼はさやかで晩は暗いという概念はあるらしく、12時以降はほとんど全ての灯りが消え失せるのだ。UCの中には夜行性のものも多く、この時間帯はもっぱら彼らの活動時間となっていた。



 そんな何とすれ違うかも分からない中、ひやりとした手元がやけに現実的で不安感を煽った。医務室で見たプロビデンスの目が脳裏に焼きつき、離れない。


 これについて知ったのはほんの半年前、シムとUC世界の四方山話よもやまばなしに花を咲かせていた時のことだった。


 *


『神器というものを知っておるかえ?』


 シムが小さな口で語り始めた。


『神器?神をまつるための道具の事ですか。』


『人間の間ではそのような意味も持つようになったようじゃが、本来、神器とは大層な力を持った神の遺物のことを言うのじゃ。』


『遺物…まるで神が死んだような言い方をするんですね。』


『現として、お主らが創り出した神はもう滅んでおる。…いや、堕ちた、と言うべきか。しかし、ここで言う神はそれとは違ってまことの神ではない名ばかりの神のことじゃ。そこに在る力の強いものを我らがそう名付けただけのことよ。』


 その言葉の真意はよく分からなかったが、その後に続けるには、神は多く存在し、命をひとつしか持たぬ者もいれば、不死の者もいるらしい。また、何度も死に、何度も生まれる者もいて、そんな神々が生死の境に立った際、彼らは時に自分の体の一部を落としてしまうのだそうだ。

 それが神器だという。


『神器のひとつとして有名なものがプロビデンスの目の時計じゃ。』


『プロ、ビデ…?』


『プロビデンスの目は、神の全能の目、万物を見通す目とも呼ばれ、はじめにそれが発見されたのはエジプト、砂漠の地であったと言われておる。』


 言いながらシムはどこからか本を喚び出し、何千貢もありそうなその中から一頁を開いて僕に見せた。

 そこには実際のプロビデンスの目の模写と思わしき図が載っていた。大きさは手のひらに乗るほどのもの。妙に写実的に描かれたそれに不気味な印象を抱いた。


『砂漠…あれほど広大な砂の海の中、よくこんな小さなものを見つけたものですね。』


『いいや、これは本来このようななりをしていたわけでは無く、見つかった当時は燦々たる光を放つ神の眼球そのものじゃった。砂漠の夜で旅人に見つかっても無理は無かろう。』


 しかし、とシムが続ける。


『それを発見した者は多くいたようじゃが、その光を見た者は触れることすら出来ずにつぎつぎと死にゆき、その周辺は旅人の死体で埋め尽くされたと言う。』


『それなら、どうやってそんな物がこんな三角形におさまったと言うんです。』


『ほほ、そう急くな。順を追って話してやるゆえ…まず、第一にプロビデンスの目を手に入れた者は弱視のまじない師じゃった。』


『呪い師…。』


『その呪い師は光を目にしても尚生き続け、プロビデンスの目の力を封じると共に脅威的な視力を手に入れたのだそうじゃ。まあ、その封印も三日分の光しか抑えきれず、三日毎に解けてしまう不完全なものであったようじゃが…そこは流石神器と言わざるを得んのう。』


『なるほど…でも、その呪い師はなぜ光を見ても生きていられたのでしょうか。』


『そこについては弱視であるのが条件だとか全盲の死者の例もあるとか、様々な仮説が立てられているものの、まだ解明はされておらん。なんでもそのプロビデンスの目の時計自体が行方不明で実際に確かめることができんようじゃ。過去に保有した民族によって独特な儀式を用いて祀られていたという話もあるのじゃが、今では一部のエルフが保有し管理しているという噂も流れておるのう。』


『民族にエルフ…謎を解くにはまだまだ時間がかかりそうですね。』


 聞き入って真面目に答えた僕の言葉を聞いて、シムはコロコロと笑った。


『ほほほ、お主にはそう関係のない話じゃろうて。杞憂きゆうも程々にせい。』


 *


 ―――思いきり関係あったじゃないか。


 それどころか、生きるか死ぬかの問題にまで至ってしまった。

 しかし、思い返せば噂の保有・管理しているエルフというのはヘイドの事だったのか。そう考えると、奴は思ったより力を持ったエルフなのかもしれない。ただのクレイジーサイコホモだと侮っていたが、やはりUCに油断は禁物らしい。

 いつかプロビデンスの目の時計について問いただそうとは考えていたが、こうも早く機が訪れようとは思ってもみなかった。あと二日のうちになんとしても会って情報を聞き出さなければ。


 そんなことを考えながら壁をつたっていると、いつの間にか自室の前まで来ていた。


 そろそろ足元も安定してきたかと、試しにその場で跳ねて脚の具合を確かめる。

 特に問題の無いことを確認し、一息ついてそのまま部屋に入ろうとした時、ふと背後に何かの気配を感じ、僕は足を止めた。


「…誰だ…?」


「ふむ、この距離にならないと気付かないか…やはり五感を鍛える必要があるな。」


 低く深みのある声が歯切れよく放たれた。

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