SectionⅠ【Ⅰ+Ⅹ】

【神器の謎】


カリカリと紙にペンを走らせる音が暗い廊下に溶けてゆく。何かを書き留めているようだが、こんなわずかな光量で文字を書けるとはよほど夜目が効くらしい。おそらく、は夜行性のUCなのだろう。


おまけにかたい共通語を流暢に、発音良く話していたことから、そこそこの知能を持った者だと推測できる。僕を今後のランクで担当するUCか、もしくは…。


いくつか予想を立てつつ、話を聞いていない様子のUCに質問を重ねる。


「あなたは?」


その言葉にやっと書き記す手を止めたようで、廊下はふたたび静まり返った。


「お前はまだそれを知る必要は無い。」


パタンと手帳を閉じる音が会話の終止符をうった。あまりにも淡白な返事に苛立った僕は、むりやり話を繋げようとする。


「…失礼ですが、どこかでお会いしたことでも?」


「対面したのはこれが初めてだが、お前のことはよく知っている。名は希裕異きゆうこと、身長170cm、体重67kg、血液型はAB、18歳、男性、未婚、交際経験なし…」


必要以上の情報をつらつらと唱えあげる彼に言葉をかぶせ、慌てて止めに入る。


「ああ、あー、分かりました。結構です。どこから仕入れた情報なのか気になりますが、貴方は僕のことを十分ご存知のようだ…。であれば、僕だけ貴方のことを知らないと言うのも不公平な話ではありませんか?」


「つい先程、まだ知る必要はないと言ったはずだが。」


あくまでも正体を明かすつもりは無いらしい。しかし、「まだ」ということはいずれ分かる事なのだろう。今はただでさえ余裕が無い、これ以上これの相手をして睡眠時間がけずれるのも癪だ。

僕はため息を吐き捨てた後、きびすを返し、自室のドアを開いた。


「待て。」


一言はなたれた言葉にピタリと足を止め、無言で耳を傾ける。


「ヘイドに話を聞くつもりならば明日の早朝に食堂で会えるはずだ。心得ておけ。」


「……はあ。」


何故こいつは僕がヘイドに会おうとしている事を知っているのだろうか。いつの間にか思考が口から漏れていたのか、読心術か、はたまた僕の現状を知ることのできる身分でなおかつ切れ者のUCなのか…。

そんな思考を巡らせながら動揺を悟られないよう呼吸を落ち着かせ、「それでは」と一言おいて自室に身を納めた。



翌日の朝、あのUCの言っていた通り、まだ誰も居ない早朝に食堂へ向かうと、ヘイドが一人、キッチンの手前に立っていた。


「ばかな…。」


半信半疑だった僕は、本当にヘイドがいた事への驚きと、顔をあわせた久しさのあまり、そんな短い言葉しか発することができなかった。


「何です。久しぶりに顔を見たと思えば、その奇妙なものでもみたような間抜け面は。」


ヘイドが相変わらずの苦々しい物言いで僕に詰め寄った。


「いえ…、すみません。会ったは良いが、かける言葉も見当たらず…。しかし、お聞きしたい事はあるんです。」


「まったく、失礼な人だ。会って早々、君の師匠であるこの僕に問い詰めようだなんて。」


「貴方に弟子入りした覚えはありませんが。それに問い詰めるだなんて人聞きの悪い…、僕はただ貴方から頂いた例のものについて聞きたいだけです。」


「例のもの…?ああ、アレの事ですか。そういえばあんなものもあげていましたね、君なんかに勿体ない事をした。あの時の僕はどうかしていたのかも。」


「あれはもう僕の物です、返しませんよ。そしてこれからする質問にも答えて頂きます。」


「…まあいいでしょう。善処します。」


おや、と拍子抜けするような違和感を感じた。あの捻たヘイドがすんなりと話を受け入れ、素直に聞く姿勢を見せているなんて。

驚いた表情をしている僕を見てか、ヘイドが「勘違いしないで頂きたい」と言い放った。


「君の実力を高めるためにできる限り尽力せよとの司令があっての事です。そうでなくてはわざわざこの僕が君の相手をする時間なんてとるものですか。」


「ああ、なるほど。良かった、貴方はそういった態度の方が安心します。あまりにも奇妙で鳥肌が立ってしまった。」


「君ね、このまま知らぬ体を装って立ち去ってしまってもいいんですよ。」


胸をなで下ろす僕を見て悪態をつくヘイドだったが、ひとまず近くの椅子に腰をかけ、話を聞く形を取ってくれた。


「それで、プロビデンスの目についての質問ですって?」


ヘイドが目を細めながら話を切り出した。僕もいよいよ本題に入る。


「はい。聞きたいことは色々あるんですが…まず、あのプロビデンスの目の時計をどこで手に入れたんです?」


「…それを聞いてどうするんです?」


「そんなことはどうだっていい。僕の質問に答えて下さい。」


「はあ、相変わらずワガママなんですね。あれは僕の祖父が砂漠に住む原住民から拝借したもので、僕はただそれを受け継いだだけです。同様に僕が受け継いだ物は他に何千とありますが、あれは特に謎めいた代物でした。」


砂漠に住む原住民…シムの話の中でも聞いた記憶がある。やはり砂漠が関係しているのだろうか。


「他に…他には何かありませんか?お爺様がお話されていたことでも、何でもいい、教えてください。」


「…そういえば、祖父が原住民から拝借した際に、彼らは酷く怯えており、『サティノータム』という言葉を唱えつづけていたという話を聞きました。なんでも、今はもう失われた言語で『砂を絶やすな』という意味なのだとか。それ以外のことはすみませんが、何も聞いていません。」


「『砂を絶やすな』…?それは、どういう意味ですか、砂が無いとダメなのか?」


「…さあ、僕に聞かれましても。」


「そう、ですか。分かりました、お忙しい中お時間を取らせてしまいすみませんでした。」


そろそろ朝食の仕込みが始まる時間だ、UCも増えてくるだろう。僕も食事をとって訓練へ向かわなければならない。詳しくは分からなかったが、プロビデンスの目の時計には砂が関係していることは確実と言っていいだろう。これ以上食い下がって怪しまれても面倒だ。

この辺りが引き際だと判断し、「それではまた。」と言ってヘイドから離れようとしたその時だった。


「君、神の目を得ようとしているな?」


僕とヘイド、二人しか居ない静まり返った食堂にヘイドの一言が響いた。


「は、ははは、ははははは!」


次に、不気味な笑い声が広い室内で反響する。


「君ならやると思っていましたよ!あの神器をプレゼントしたのもそれを狙ってのことだ!いや、しかし、はは、面白い。まさかこんなに早くアレを使おうとは!命知らずもいいところだ!」


やはり、こいつはまだ僕を殺そうと目論んでいたようだ。自分の手は汚さずに、言い訳にも困らない方法で。なんて狡猾で汚らしい奴なんだ、このエルフは。

しかし、そんな嫌悪感とは裏腹にこの狡猾さに感謝している自分がいた。

僕は机に手をつき、ヘイドの四つの瞳をまっすぐ見つめ、顔の距離をつめた。


「…何です?また殴り合いでもするお積もりですか?」


「いいえ、滅相もない。もしこの賭けに勝ったなら、僕は一回りも二回りも強くなれる。そうなればそれは貴方のおかげです。先に言っておきましょう。。」


「…どういたしまして。」


笑みを浮かべたヘイドの眉が一瞬つり上がったように見えた。しかしこれは当てつけでも嫌味でもない、僕の本音だ。僕にはこの賭けが必要だった。そして勝たなくてはならない。そうでなくてはイドラとヴェロニカの訓練を突破することは出来ないし、もし突破出来たとしてもこの世界で長くは生きられないだろう。

その意味では、そんな僕に希望の光を与えてくれたヘイドには心から感謝の念を抱いていた。


プロビデンスの目が開くまであと1日。

神器の謎はまだ解けない。

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