SectionⅠ【Ⅰ+Ⅱ】
「では異君、まず君の装備についてですが、君が持っていたこのナイフ、少々改造してもよろしいでしょうか。」
「は…?」
J.が持っているのは確かに僕が携帯していたナイフだった。そのナイフは父が昔愛用していたもので、いわば形見だ。改造するなどあり得ない。
「やめてください。改造なんて滅多なことを。」
「あ、いけませんでした?まいりましたねえ…。」
「何か…?」
そういえば何故こいつが既にこのナイフを手に持っているんだ。嫌な予感がする。
「もう改造済なんですよ…。」
J.は御茶目な動作をしながら申し訳なさそうに言う。
その動作も加勢して僕の殺気を煽った。
「なんだと…?」
「いやあ、申し訳ない。でもほら、とても役に立つと思うんです。」
この身体が回復した暁にはどうしてやろうかと考えながら、無言で話を聞く。
「すごいんですよお、少し痛いかもしれませんが、どうぞ持ってみてください。」
言われるがままにナイフを手にする。
ツキツキとした痛みが掌に広がった。
「いたっ…」
とその瞬間ナイフが赤く染まった。
「!?」
「どうです?君の血について色々調べさせてもらったところ、触れるだけでは特効性が無いようですが体内に入るととおっても厄介な様子でしたので…できるだけ血を無駄にしないためにナイフにコーティングさせてみたのです。敵に切り付ければ簡単に、且つ効率的に毒を体内に送り込めますよお。」
J.が愉快そうに物騒なことを吐く。しかし確かに、これは使えそうだ。この全身タイツは頭はおかしいが脳みそは上等らしい。形見のことについては無くなった訳でもなし、大目に見てやろう。
「…便利ですね、少し使ってみたいです。レンジくんをよんでもらえますか。」
「まだ目の敵にしているんですか。この箱の中のUCには危害を加えてはいけませんよ。」
「そんなことは聞いていませんが。」
「いやいや、ココにはおっかないヒトもいるんですよお?『ボスの右手』という方には気を付けてください。仲間に危害を加えられるとかなり憤慨されるので…。」
「ボスの右手…?」
よくわからないがUC同士にも仲間を大切にするという概念はあるのか。化け物にしては見上げた精神だ。
「ところで異君。君も晴れてUC側というわけですが、いくら猛毒を持っているといっても、それなりに身体能力は高くないとココでは生きて行けません。」
「…はあ。」
「なので、異君にはこれからキビシイ訓練を受けてもらいます。」
「訓練?」
はいとJ.は楽しそうに応える。一体どんな内容の訓練を受けろと言っているのか。
「ここの上層部のUC達の出す課題を消化していってください。」
続けるには、この箱の中には下層部、中層部、上層部、があるらしく、それぞれUCの力量により分別されているらしい。つまり、僕にUCの中でも特に強い者たちの訓練を受けろというのだ。それは確かに厳しい訓練であるに違いなかった。半強制的に同意させられ、残るは怪我の回復を待つだけという状況になった。枕に頭を預け、布団にとけるように横になると、J.が嫌がらせのようにぱんぱんと手を叩く。その数秒後、カーテンの間隙から青白い髪をした下牙が特徴的な男が現れた。
「犬のような呼び方はよせ。名前を呼べばわかる。」
「ではハイドロさん、この青年を頼みますよ。」
ハイドロと呼ばれる男は眉間にしわを寄せたまま眼鏡をくいっと上げる。
「どの程度まで回復させればいい?」
「完全治癒です。早急に願いますよ。」
ハイドロはその言葉を聞くと眉間の皺をより深いものにした。シーグリーンの瞳でJ.の顔を睨む。
「完全治癒だと!?貴様完全に回復させるためにどれ程のエネルギーがいるのか分かっているのか!」
はいはいわかっていますと言いながらカーテンの向こうに消えていったJ.にブツブツ文句をいいながらハイドロは僕に口を開くよう指示した。
「…あの、口を開いてどうするんです。」
「いいからさっさと開けろ。そして閉じるな。」
不機嫌そうに言うと、懐からメスを取り出し、自分の腕にきりつけた。そうして流れ出た血を僕に飲めと言う。気持ちが悪かったがあごをハイドロに抑えられ、身動きがとれない。
「要するに私はお前とは真逆だ。お前の血は最凶の猛毒らしいが私の血は最高の治癒薬というわけだ。」
血液とは思えないレモングラスのような爽やかな香りがした。
飲んでいるうちに傷口が熱くなり、おさまったころには綺麗に治っていた。これでいいだろう、とフラフラな足取りでハイドロは止血のための布を取りに行く。
「少し休んだらここを出て右に行くといい。おそらくJ.がまた指示を出すはずだ。」
弱弱しい声が少し遠くから聞こえる。治癒薬が身体に流れているため自らの血液も普通より早く増えるのだという。
しかしいかんせん、気の毒に思えた。
*
【ランクⅠ】
言われた通り、部屋を出て、右へまっすぐ進むと大きな扉の前でJ.が待ち構えていた。おそらく訓練所はあの扉の向こうなのだろう。J.はこちらに気付いて振り返り、軽く頷いて見せた。
「準備はよろしいでしょうか?」
「一晩は寝かせて頂きたいところですが。」
ハイドロの治療を受けたとはいえ、まだ精神的な疲労が癒えていない。J.は気色の悪い笑い声をあげた後、後ろの大きな扉を開けながら、さあお行きなさいと呟く。
「次にお会いする時を楽しみにしていますよ!」
いかにも愉快そうな声をあげるJ.を尻目に、僕は扉を閉めた。第一に僕の目に飛び込んで来たのは宙に浮いている不思議な気配を纏った少女だった。背中に甲羅をからい、手足は服に隠れて見えない。甲羅から察するに、彼女は玄武種だろう。東洋の亀の化け物の一種だ。改めて、未知の者達が実在し、復活したことを実感する。
「おお、やっと来たかのう。」
待ちくたびれたといった風情で少女は可愛らしく
「はじめまして…もしや、あなたが僕の…?」
「そうじゃよ。訓練を監督する者じゃ。何か不満でもあるかいのう。」
少女は眠そうに、しかし笑っている。少し
「いえ、失礼しました。よろしくお願いします、お嬢さん。」
ほほほっと少女は短く笑い、ゆっくりとまた口を開いた。
「お嬢さんか…そんなに若く見えるかえ?嬉しいような、むずがゆいような…。」
言い方から察するに『お嬢さん』という歳ではないようだ。まったくここでは見た目というものはあてにならない。
「まあよいよい、まずは名を名乗れ。」
彼女はすいっと僕に近づき、耳を傾ける。
「僕は…」
その時、医務室でのJ.との会話をふと思い出した。名を安易に名乗ってはいけない。
「…偽名は、まだありません。」
それを聞いた彼女の表情は一気に陰った。
「なんじゃ、入れ知恵された後だったかのう、いやはや、面白うない。」
ぷいと顔をそっぽに向けながら頬を膨らます。まるで風船のようだ。残念がっているところを見ると、名乗るのは正解ではなかったのだろう。
「それで、貴女のお名前は?」
彼女は少し考え込んでから、思い出したという風に偽名を口にする。
「わしはシムじゃ。」
「シムさん。単刀直入に聞きますが、訓練とは何をするのです。」
「おお、良い質問じゃよ、異。」
「!」
驚いた。名前を知られていたのか、これはまずいのではないか。
「ああ、安心せい、J.から
それを聞いて胸を撫で下ろす。と、同時にシムが説明に入った。
「わしが出す課題は単純じゃよ。なにせランクⅠじゃ。優に超えてみせよ。…と、その前に一つ、誤解を解いておくとしよう。」
「誤解…ですか?」
誤解と言われても、僕は自分が何についてどのような誤解をしているのか、そこから分かり得なかった。
「異、お主はUCの敵とは何だと思っておる?」
「…人間ですか?」
シムは鼻で笑い、またこう続けた。
「よくそこまで自惚れられたものよ。我々は人間のことなど羽虫程度にしかおもっておらんでな。」
UCを敵だと騒ぎ立てておるのは貴様ら人間のほうだけじゃ。と言われ、僕は少しへそを曲げた。そんなことにはお構いなしに、シムが話を続ける。
「UCの敵すなわち、UCじゃ。」
UCの敵がUC…僕は腑に落ちないままシムの話を静聴した。
「UCといっても、ここのUCのことを指しておるわけではない。別大陸のUC共じゃ。」
別大陸のUC、つまり他の5つの大陸にいるUCのことだ。シムは僕にUCしか知り得なかったことをいくつか話した。各大陸のUCのボスだけが手にしている謎の暗号のこと。その暗号を解くため、各大陸のUCが各大陸のUCを狙っているということ。その結果UC同士の戦争が勃発しているということ。
「これらはすべて、レンジが集めてきた情報と箱の中で得た情報を照らし合わせてわかったことじゃ。外にいたお主なら知っておるかと思ったが。」
「なるほど…この頃UCの大規模な大陸移動が勃発しているとは聞いていましたがそういうことでしたか。」
うむうむとシムは大きく
「それで僕は休む間もなく訓練へ駆り出されたというわけですか。」
「そういうことじゃ。つまりお主も別大陸のUCと戦うことを想定されているのじゃ。」
「迷惑な話です。」
「まあそう言うでない、これから訓練してやろうと言うのだ。」
実際今の身体能力では生き延びることが難しいだろう。大人しく従うほうがいい。
「良いか。我々UCは其々が其々に摩訶不思議な力を持っておる。それらのほとんどが一見何の能力を持っておるのか判断のつかない者じゃ。」
そこで、と言いながらシムは目を見開いた。
「UCと相見える中で必要となるのが洞察力と知識じゃ。可能な限り早急に相手の力を見極めねばならぬ。この訓練はその力を伸ばすことを目的としておる。」
洞察力と知識。得意分野であるがUCの能力は多様過ぎる。どこが単純なのだろうか。
「まずわしの能力を見極めてみるが良い。それ、サービスしてやろう。」
言いながらシムは背中に背負った甲羅から白い気体を出したかと思うと、それは別のUCの姿に変わった。『名前は本人から聞き出さないと効果は発揮しない。』数分前にシムが言ったことだ。では本人から聞き出すことに成功するとどうなる。おそらく甲羅から出てきたUCは名を名乗ってしまったUCなのだろう。そんなことを考えているとシムは「いけ」と甲羅から出てきたUCに指示を出す。
UCが僕に勢いよく迫ってくる。操られているように見えた。
「名魂呪術…」
向かってくるUCを避け、シムに叫ぶ。
「東洋でよく使われる術です、そのモノの名を知り、操る。それと似たような能力では?」
「ほほほ…あたりじゃ。ちとわかりやすかったかのう。」
シムは再び僕に向かってくるUCに「やめい」と言い、僕の前に降りてきた。
「けだし、お前はわしの能力が一つだと思っておるじゃろう。」
その言葉には一つではないという謂が含まれていた。
「…まだ何かあるのですか?」
「あるのう、大有りじゃ。お前が今言い当てたのはわしの玄武としての能力じゃ。」
「玄武としての…?」
「さよう。つまり生まれ持った特有の能力、『未知の者達』としての能力じゃ。もう一つの能力、というのは、『UCとしての能力』のことを言っておる。」
「UCとしての、能力ですか。」
「とはいっても、そう派手な能力でも無い。UCになって得る力といえば、簡単に言うと『元ある力を増幅する能力』なのじゃ。」
ほとんどのUCがこの能力なのだという。
「従って、能力を見極めるにあたって重要なことは、種を見極めることじゃ。またその種のもつ力の特性も把握せねばならん。」
「わしのもつ限りの知識をお主に伝授してやろう。その佳良な頭で覚えるが良い。」そういってシムは一週間を費やし、僕に膨大な量の知識を覚えさせた。今までほとんど知ることのなかった生き物達の習性、能力、特徴などを一から覚えるのにはさすがに骨が折れた。そろそろ頭が痛くなってきたころ、シムは僕に「合格じゃ」といい、次の扉へのカギを渡してどこかへ行ってしまった。
やけにあっさりした別れだった。
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