SectionⅡ【Ⅱ+Ⅳ】
【ランクⅣ】
ランクIIIの訓練場の奥、彫刻の後ろに、次の訓練場への扉があった。扉といっても、滝のように水が流れ続けていた。試しに着ていた服の裾を通してみると、水に触れた面でスパリと切れてしまった。一体どんな水なのか謎だが、下手に潜らない方がよさそうだ。ランクIIIの訓練で手に入れた鍵は、金色のリング状をしていて、どこかにはめるのだろうということは想像できるが…。
僕は辺りを見回し、リングを嵌められそうな場所を探す。すると、真っ直ぐに扉の方を指す彫刻の人差し指を見つけた。
彫刻とはいえ指輪をはめるという行為に居心地の悪さを感じつつも、鍵をはめ込んだ。
ガチャリ
どこかで鍵の開くような音がして、扉のように流れていた滝が二つにわかれ、道を作った。
この訓練場も、何が起こるか分からない。監督がどんな人物か、どんな訓練が行われるのかが明確になるまでは油断できない。些細な変化も見逃すまいと、注意深く観察しながらゆっくりと次の訓練場に足を踏み入れた。
「ああー!!!!!」
突然の大声に心臓が縮み上がる。
声のした方に目をやると、3、4mはありそうな1本の太い柱の上に、胡座をかいて座っている少年が一人。
背は低そうで、深緑のつなぎを着ている。頭には少しデザインの凝ったゴーグルをつけ、豊かな表情を見せている。手には指抜きグローブをはめ、大きな瞳をきらきら輝かせ、僕を見ていた。
「君が噂の異くんかあ!待ちくたびれたよ!僕はテモーって言うんだ!よろしくね!」
元気で天真爛漫、その目には一点の曇も無い、そんな可愛らしい少年だ。
以上のことから、僕はすぐにこの少年が苦手だと悟った。
昔から復讐のことしか考えて来なかった根暗な僕は、こういった妙に明るくて希望に満ち溢れている人物を見ると、どうしても引け目を感じてしまう。
「……すみません、貴方みたいな人と関わると少し具合が……。」
「ええー!?今顔を合わせたばかりじゃないか!悲しいなあ!僕は君に興味津々だって言うのに!君ってば自分を僕達UCに効く毒にしちゃったんだろう!?そんな人間、僕見た事ないよー!レアだね!紛れもなく、唯一無二だよ!僕、珍しいものが大好きなんだ!!」
関わるなというのに、ころころと表情を変えながら、楽しそうに語りかけてくるテモー。UCという奴らはこれだから困る。
「分かった、分かったから少し声のトーンを抑えて下さい。」
「あ、ごめん!うるさかった?興奮すると大っきい声出ちゃうんだ!あはは!」
どちらかというとテンションの問題だ、この少年が次の訓練監督だなんて、やっていける気がしない。
しかし訓練をクリアしなければ父さんの行方も、この世界激変の謎も解けないままだ。僕は意を決してテモーに質問することにした。
「……それで…。この訓練は一体どういった趣旨なんでしょうか。」
「おー!いい質問だねえ!まあ、簡単に言えば、ここでは君の運を試すのさ!!」
「僕の、運……?」
「そう、運!といっても、具体的になにをするのか分からないと思うから、まずこれを見てもらいまーす!ジャッジャーン!!!」
僕の目の前に放り投げたのは、木製の古びた箱だった。よく映画なんかである宝箱を少し小さくしたような、そんな形だ。ただ、革製ベルトのようなものでしっかりと蓋を固定されている。
「これは。」
「凄いでしょ?僕が作ったんだよ!その名も『サプライズボックス』!!」
「サプライズ…ボックス…?」
「つまり、びっくり箱だよ!この箱の中にはね、世の中のありとあらゆる不思議な現象や生き物、その他諸々がたっくさん詰まってるんだあ。例えば、マンドラゴラの悲鳴とか、例えば神隠しとか、例えば殺人ナイトメアとか…開ける度に、何が出てくるか分からないんだ。箱は30秒で自動的に閉まるけど、自分で閉められる時は閉めてもいい!難しいけどね〜!殆どが危険なもので、本当は開けちゃまずいんだけど…、この訓練では、君の運を試さなくちゃいけないからね。ルールは簡単!今日からこの箱を7日間、1日1回開けて、生き残るだけ!!でも大丈夫!安心して!いくつか当たりも入ってるんだ!それが出るといいね!」
まさか、こんな命懸けの訓練が来ようとは。開けたら即死のものも中にはあるんじゃないのか?こんなロシアンルーレットを7回も?
僕が死んだら困るんじゃ無かったのか。
これはそういう訓練だから仕方ないとか、そんな緩い審判で僕の命の保証は揺らぐのか?
「それじゃあまずは一発目〜!開けてみよーっ!!」
そう言うとテモーは天井の扉を開け、「あとは監視カメラで見とくから、出てきたものの説明なんかはスピーカーの音声を聞いてね!!」と訓練場を出ていった。
…やるしかない。僕はサプライズボックスなる箱を厳重に閉じているベルトに手をかけ、拘束を緩める。震える手で外付きの鍵を回し、意を決して蓋を開く。
ギィ……
直後、美しい歌声が聴こえた。
宝箱の中に水が湧き上がってくる。あっという間に水は座っている僕の腰あたりまで溜まり、体はどんどん冷たい感覚に包まれていく。しかし……。
何故だろう、凄く心地がいい。この水の流れに身体を任せて眠ってしまいたい…。
「おおー!これはセイレーンの歌声だー!早くどうにかして正気を戻さないと溺れ死んでしまうよ!!」
なるほど、でももう、どうやって正気を戻せばいいのかも分からない。それに、どうでもいい。このまま身を任せていれば楽になれるんだろう。むしろ自分も一緒に歌い出したい気さえしてきた…。
僕は美しい歌声とメロディに合わせて、自らの口を動かし、歌い出す。
「ボエエェェエェ」
「わあああ!!?凄い音痴ー!!!??」
その途端、意識が戻った。
「は!?僕は今何を…!?」
自分の歌で何故か正気に戻った僕は、動転しつつも蓋から離していた手を再び戻し、力一杯に閉めた。
ガチャン
肩で息をしながらずぶ濡れになった衣服に目をやる。更に、髪も濡れていたことから水は頭の高さまで溜まっていたことがわかる。僕はもう少しで溺れ死ぬところだったのだと再確認した。
「……くそ、……危なかった……。」
「おめでとう異くん!一日目は見事クリアだ!君はある意味素晴らしい強運の持ち主かもしれないね!ほら、スタンプをあげよう!」
スタンプカードを渡され、よく分からない文字のスタンプを一つ、押された。これで喜ぶと思っているのだろうか。子どもから子ども扱いをされると癪に障る。
その日はもう休んでいいと言われ、ずぶ濡れの状態で訓練場から追い出された。
しかし、何故自分が歌った途端に正気に戻れたのかは、結局謎のままだった。
【図書室】
「はあ?図書室?」
「はい、図書室。」
「まあ、あるにはあるが、何故本なんか?」
僕は長時間何もしないことに慣れていなかった。命はかけるのだが、結局30秒で終わる訓練は、終了した後、手持ち無沙汰になってしまうのだ。如何せんやる事も思いつかず、ハイドロに図書室のような部屋は無いかと尋ねに来たのだった。
「…暇で。」
「まあ、そうか。」
ハイドロは、「図書室は6階の1番端だ」と教えてくれた。医務室と訓練場、食堂と自室は同じ階にあり、そこでの行き来しか殆どしていなかったのであまり意識はしていなかったが、この『箱』の中には階数がある。今まで僕が生活していたのは3階。
6階までは、エレベーターを使わなければならない。
エレベーターと言っても、紐と板に手すりの着いた原始的なものだが。
教えて貰ったようにエレベーターに乗ると、頭上から飛んでくる大きな影が一つ。
……全裸だ。
全裸の翼の生えた男が頭上から飛んでくる。
僕はすぐさまナイフを抜き、構えた。
「ジーザス!!物騒な青年だなぁ。」
「誰ですか貴方は。」
「俺はマリオさ。翼人だよ、ここのエレベーター安全性が皆無だろ?だから落ちるUCがいたら俺が助けてるワ、ケ。」
人助けの前に服を着ろ服を。翼人種、もといフリューゲルは大きく二つに別れる。人間と変わらないくらいの身長をし、飛行に特化した翼人型と、人間の4分の1程度の大きさまでしか成長しない魔力に特化した天魔型。後者は魔力に特化した分、筋力がなく、ゴーレム種などの他の種に依存して生きていることが多い。天魔型に逆らうと厄介だが、こいつはおそらく翼人型だ。飛ぶしか能がない輩なので、邪険に扱っても何の危険性もないだろう。いや、こいつが邪険に扱うしかない格好をしているのだが。
「あなたに助けられるくらいなら落ちます、結構です。」
「何でだい!?」
「自分の装いに聞いてみてください。」
「ああ、これかい?全く、そんなに気にすることじゃ無いだろう?みんな隠さないでありのままの姿を見せればいいのに…それが一番美しい姿なんだから。俺を見て君もそう思わなかったかい?思うだろう!」
「いいえ???」
「子どもには難しかったか……それで、青年は何階に行きたいんだ?」
「いえ、貴方に連れて行って貰わずとも大丈夫です。結構です。お構いなく。」
「いやいや、ここでは俺に階数を言ってもらって、特殊な合図で上に伝えなきゃ行けないのさ。」
エレベーターの周辺を見たが、確かにボタンやレバーらしきものは無い。しぶしぶ6階に行きたいことをマリオに伝えた。
「OK!6階だな!」
そう言うとマリオは上に向かって6回手を叩いた。
…上に伝えるだけならおそらく必要のない妙な動きを付けながら。
するとガコン、という音を立て、エレベーターが作動する。
……次からは自分でやろう。
僕は非常に疲弊した精神を癒すべく、図書室へ向かった。
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