SectionⅠ【Ⅰ+Ⅳ】

【覚醒】


 国元が『監視役』とやらに戻ってから、私は自室に一人きりとなった。一息つくと、安心したためかどっと疲れがおしよせる。側にあったベッドの真っ白なシーツに顔を埋めると、やはり無機質な香りがした。


「これから私は…どうすればいいんだ…。」


 いきなりお前は人間じゃなくなったんだと言われ、理解はしたが気持ちが追い付かない。これからどうするべきかもよくわからないのだ。そう先の見えない未来を思って途方に暮れていると、突然ドアが開き、二匹のUCが部屋の中に入って来た。そのうちの一匹は先に見た黒と白のツートーンの髪をした鬼人だった。目元をゴーグルのようなもので隠している長身の男に首根っこを掴まれている。小さな鬼人は手足をばたつかせ、それに抵抗していた。


「こらエクサー!離さんか!この、馬鹿力め!」


 エクサーと呼ばれる男は無表情且つ無言のまま鬼人から手を離した。


「ちっ、何故我がこやつの面倒を見らねばならんのだ!」


『こやつ』というのはおそらく私のことなのだろう。面倒など見なくていいから今すぐ帰って欲しい。

その後もわめき散らす鬼人を言いくるめるように、エクサーが口を開いた。


「お前が国元を監視に送ったのだろう。世話役を辞退させたのならばお前が責任を持って代わりに役目を果たせ。」


「滅茶苦茶だ!我が国元を監視に戻させたのは侵入者がおったからだ!現に国元を送っていなかったら煙竜は危なかったと言うではないか!」


「たとえそれを差し引いたとしても貴様はどうせ自室に引きこもってばかりだろう。少しは仕事をしろこの怠け者め。」


「ぐう!」


 ぐうの音ぐらいは出たようだなと言ってエクサーは部屋から出て行った。その後鬼人は少しの間悔しそうにドアを睨み、それから諦めたといった風情で私の方へ振り返る。白くたなびくマントがばさっと音を立てて私に威嚇した。そんな彼の足と床の間には空間があり、つまるところ彼の身体は宙に浮いていたのだ。髪と同様に、白と黒の対比が特異的な目が私の姿をとらえる。


「おい。」


「は、ははは、はぃ!?」


 突然鬼人に話しかけられ声が裏返った。それを見て鬼人はまたこう続ける。


「我は誇り高きレオンハルト様だ。」


 先程までエクサーに首根っこを掴まれて間抜けなことになっていたというのに、胸を張って『誇り高き』などという修飾語を使われても普通は説得力に欠けると思うことだろう。

 しかし私の臆病な性格と彼の自信のある態度が手を組めば、その言葉はいやに説得力があるように思われたのだ。レオンハルトは私より高い目線の位置を保ちながら「貴様は」と問う。


「あ、わ、私は、元人間のグルーチョです。」


「我は人間が大嫌いだ!」


 くい気味にレオンハルトは叫んだ。私はもう人間ではないというのに今すぐ消えてしまいたい気持ちになった。その後十分は沈黙が続いたように思う。その間ずっとレオンハルトは私を睨んでいた。よく表情筋が疲れないなと感心するほどに険しい顔をしている。そしてまた数分後、レオンハルトは固く閉じていた口を開いた。


「我は元々人間だったUCも気に食わん。」


 こうも嫌悪感を露わにされる経験は貴重なのだろうが、例え貴重だとしても経験したくはなかった。空気が重く私の上にのしかかってくる。レオンハルトの放つ威圧感に押しつぶされそうになるのを必死に耐えた。それからレオンハルトは睨み飽きたのか私から視線を逸らし、語り始めた。


「貴様はUCが個々にを持っていることは知っておるか。」


「は、はい。」


「流石にその程度は国元に仕込まれていたか。ならば話は早い。取り敢えず貴様は自分のの大きさを把握するが良い。」


「私の…?」


「そうだ。我の戦闘力は現在この『箱』の中で、残念ながら上から三番目の強さなのだ。ちなみに、先程出て行ったエクサーは二番目だ。」


 思えば、私は先程からレオンハルトに対して敬語を使っていた。それは本能的に彼の力の強さを感じ取り、おそれていたからなのだろう。


「そして認めたくはないが、おそらくこの箱の中で最強の力を持っているのは…」


 私は息をのみ、彼の言葉に耳を傾ける。それほど恐ろしい力を持っている者など、想像もできないほど凶悪な奴に違いないのだ。きちんと名前を聞いておいて極力関わらないことにしようと思う。しかし、次にレオンハルトが発した言葉は非常に信じがたいものだった。


「お前だ。グルーチョよ。」


「…へ?」


頓狂とんきょうな声がでた。

 全く訳の分からないことに、レオンハルトは最強は私だと、そういったのだ。


「つまり貴様が我々の『ボス』なのだ。」


 彼が言うには、私はUCになった時、USの核から直接エネルギーを受け取ったため、膨大な力を持っているのだという。今こそ力が覚醒していないが、おそらくこれからなんらかの形で覚醒するというのだ。私は信じられなかった。自分の身体に変化など全く感じていないし、予想もしていなかったのだから。その証拠にといってレオンハルトは鏡を取り出し、私の顔の前に突きつけた。私の顔で、ここに来る前と一つ違っていたことは右目を貫くようにして一本の縦線が入っていたのだ。その線のすぐ下に黒い点もある。


 私はこれが何の証拠になるのかといった顔でレオンハルトの方を見た。


「マヌケな顔で我を見るな。これが証拠だ。全大陸のボスが持っている暗号の一つなのだ。」


 暗号?私は何の暗号なのかと問うた。彼は分からないと答えた。


「だが一つ、噂されていることは、この暗号を全て把握し、意味を解き明かした大陸のUCだけが、全てを知ることができるという。」


「あるとすれば、知りたくはないか?USというものが突然現れ、このような膨大な力を我々に与えたからくりを。」


 確かに、そんなからくりがあれば知りたい。ただ知りたいだけではない、もしかするとその謎がとければこの荒れ狂う世界を元の平和な世界に戻せる手立てが見つかるかもしれない。


 できるならばあの平和な世界を取り戻したいと思った。

 私が真剣な顔をしていると、レオンハルトはどさっとソファに腰かけて話を続けた。


「まぁ、それにはまず、貴様のその『御力』を覚醒させなければならん。」


「私の力…あの、私は一体どのような力を持っているのですか。」


「知らん。人間からUCになった者が持つ力の共通点は未だ分かっておらんのだ。一人は視認できなくなったり一人は触れたものを腐食させたりと様々だ。」


「はぁ…」


 やはり私や国元の他にも元人間のUCは何匹かいるらしい。

 しかしどうしたものか。覚醒と言っても、どうすれば良いのかとんと見当がつかない。


 レオンハルトはそのうち覚醒するだろうと無責任な捨て台詞を吐いて、私の部屋から出て行ってしまった。

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