未知の者達

王水

SectionⅠ【Ⅰ】

『地球には亜人種や幻獣などのが存在していた。しかし、絶滅などが原因で現在の地球上には見られなくなってしまった。』


 ある専門家はそう言った。


 また別の研究者は


『絶滅したわけではない。人間が彼らに干渉し過ぎたため、彼らが人間から身を隠せるよう進化したのだ。したがって彼らは、未だ地球上のどこかに生きている。』


 と力説した。


 数百年前、地球の地中深くより、今迄いままで発見されていたどの生物にもあてはまらない謎の化石が大量に発掘された。それらの異様さを挙げると枚挙に暇がなく、いつしか、亜人種や幻獣が地球上に存在していたのではないかと謳われる様になった。そして今ではその不可解さから、人はそれらを『未知の者達』と呼んでいる。



【プロローグ】


 どれほど歩いただろうか。


 靴は擦り切れ、足の感覚はなくなり、全身が痛みだした。古びたステッキに体重をのせ、土を重く踏みしめる。

 この森に入り彷徨さまよって十数時間は経ったように思えたが、一向に日が差す気配はない。それどころか森に茂る木々は月を遮蔽しゃへいし、あたりを包む黒色は濃くなるばかりで、足元は完全に視認できなくなっていた。身につけている白いスーツとシルクハットも墨をこぼしたように跡形もなく闇に溶け込んでいる。


 私ももう四十代前半といい大人であり、一人の成人男性であるが、目の前の計り知れない晦冥さを前にして勇気を欠き、立ち止まる。


昔から私は意気地のない臆病者だった。


一寸先は闇の中、退路を断たれた私はその場に崩れ落ち、未だ見ぬ神を心の中で呪った。私が何をしたというのだ、ただ手品を披露し質素に暮らしていただけじゃあないか。

 そう絶望に打ちひしがれていると、一点の光が私の目に留まった。重い身を乗り出し、仔細しさいにその光を眺める。

 大きさからして数十メートルは先にあるようだが、その光に向かうほかはない。私は疲れを忘れ無我夢中に光のほうへと走り続けた。草木が足に絡まり、転倒すると同時にしげみを抜ける。


 辿り着いたそこにあったのは、小さな泉だった。


 人や家屋の存在を期待していた私は少々落胆したが、泉の澄んだ水とその美しい有様は私の心身を大いに癒してくれた。大きくはない泉にも関わらず、木葉はその上を避けるように蔓延はびこり、水面が月明かりを燦然さんぜんと反射させている。

 しかし、いつまでも眺めているうちに今この光景が不気味さを孕んでいるように感じ始めた。この全く現実味を感じさせない静けさがその感覚の原因だろう。このように大規模な森、しかも泉の近くだ。獣の鳴き声や虫の羽音などがしてもいいものだが、この森はかたくなに沈黙を守っている。


 先ほどまでは自分の足音や呼吸音であまり気にはしていなかったが、いざ静止してみると、この森閑とした空気は明らかである。

 嵐、いや地震、となんらかの災害の予兆かとも考えたが、次第に恐ろしくなり、私は考えることをやめた。


「今日はこのあたりで野宿しよう。」


 わざと声を出す。自分の声であっても、空気の振動が鼓膜を震わせたことに少し安堵した。明日目覚めるころには日が昇り、視界が光に満ちていることを祈って私はまぶたを閉じた。


 *


 目が覚めて泉のほとりで顔を洗う。泉は未だ周囲とは対比的に発光し続けていた。

 どうしたことだ、何故まだ明るくなっていないのか、起きるのが早すぎたのか、はたまた寝すぎてしまい翌日の晩になってしまったのか。あるとすれば後者のほうだろう。歩き続けで随分疲労がたまっていたのだ。丸一日寝過ごしてもおかしくはない。

 しかしそうなれば、またこの長い一夜が過ぎるのを待たなければならない。それは気弱な私にはかなりの苦痛であった。涙腺が緩む。情けないことに目から涙がこぼれおちる。せめてだれか側にいてはくれまいか。そんな切実な思いを私物の熊のぬいぐるみを抱きしめることによって紛らわす。はたから見ればさぞ気色の悪い光景だろう。四十代男性が泣きながら熊のぬいぐるみを抱きしめる図。だがわかってほしい、人の目が全く無い今、自重する余裕など持ってはいないのだ。


 その時、追い打ちをかけるように、不穏な音が周囲に響き渡った。

 地響きのような音が空から降ってくる。雷のそれではない。もっと暴力的な、質量を持ったような音だ。不自然な風が吹き荒れ、音は徐々に大きくなり私の頭上まっすぐに向かってくる。

 それと同時に泉の光も消えていく。

 私はただただ暗闇の中一人たたずみ、自分の身に何が起こっているのか、その得体のしれない恐怖に怯えながら意識を失った。



【始まり】


 私が気を失ってどれほどの時が流れたか。呼びかけてくる男の声で目が覚めた。

 久しぶりの光に目は焼ける様に痛むが、必死に辺りを把握する。

 以前いた場所とは似ても似つかない無機質な白い壁に囲まれていた。


「おっさん、平気か?」


 男のくせに可愛らしくヘアピンをした青年が私に声をかけた。

 色素の薄い毛髪は柔らかに波打ち、透き通るような瞳の色は目まぐるしく変色していた。


「あ…へ、平気だよ、ありがとう。痛みも無いし…」


 台詞を言い終わる前に気絶する直前の出来事が頭をよぎった。


「そう、そうだ…私の頭上からなにかが落下してきているようだった、な、何故私は無事なんだ!?どう考えてもただ事ではなかった!無事で済むはずはなかったんだ!」


「落ち着けやおっさん。J.はんからの受け売りやけど、アンタに起こったことは説明したるさかい。」


 取り乱す私をなだめるように青年は言った。


「わ、私に起こったこと…?」


せや、と青年は訛りの強い言葉で相槌を打つ。東洋のあたりの訛りだろうか、あのあたりの者は共通語が苦手だと聞く。


「まあ率直に言うと、アンタは隕石に直撃しくさったんや。」


 その言葉を理解するのに数秒かかった。訳の分からない訛りもそうだが、行成いきなり出てきた『隕石』という単語に思考が追い付かない。呆気にとられた私を見て、青年が更なる説明を試みる。


「つまり、おっさんの倒れる前、何かが落ちてきてたー言うてたやろそれは隕石が落下してたっちゅう…」


「ま、待ってくれ、それでは、私の頭上から落下してきたのは隕石で、私は隕石に直撃し、尚も無傷でいるというのか?」


「んー、まぁ簡単に言えばそういうこっちゃ。」


「そんなことがっ…」


「まぁ話は最後まで聞けやおっさん。」


 私の反論を冷静な声がさえぎる。


「ここからはちと長ったらしくなるさかい、楽にして聞いたってな。まずはおっさんが直撃した隕石のことから説明したるわ。」


 言いながら青年は部屋の端にあった白いソファに腰を下ろした。


「数年前、地球の大気圏上になんやようわからん隕石が6ついきなり現れおって、地球上の6大陸にひとつずつ降り注いだんやけど…その隕石はただの隕石やあらへんかった。そいつらはを中心に構成されとる、固体とも液体とも、気体ともつきひんもんで、全体の99%は地球上では発見されていない未知の物質やったんや。」


青年は一息に吐き出した言葉に更に付け加える。


「人間はその物質をUnknown Substance未知の物質…USと名付けた。」


 わかったか?と青年は聞く。わからないと答えた。青年の説明が分かり辛いと非難したわけではない。話を聞く限りとてもうつつとは思えないことが起きている。そのことに関して、理解に苦しむという意味で言ったのだ。男はごもっとも、という顔をしたものの、私の返事を無視して話を続けた。


「まぁ、そういうふうにして人間にとって訳のわからん物質が降り注いできたんや。問題はこっからやねん。」


 問題はここから…まだ何か問題があるというのか。今までの話でも既に大問題だというのに。


「そのUSっちゅう物質やけどな、人間にとって悪夢の権化のようなモノやったんや。」


「あ、悪夢…それほどまでに恐ろしいものなのか…。」


「はははっ、恐ろしいなんてもんやないで、USのおかげで地球は地獄に一変してしもうた。」


「地獄!?」


「USは生物、非生物関係なしにモノを『侵す』。自分ら人間はもちろん、未知の者達すら侵食しくさったんや。」


 青年いわく、『侵す』あるいは『侵食』というのは、あるモノを構成する原子とUSが融合することを指し、USに侵食されたは全て、膨大な力を持つようになるという。それ以外の人間や普通の野生生物は大抵USの侵食に体が耐え切れず、死に至るらしい。


「そんで、USに侵されたを人間は『Unknown Creature未知の生物(UC)』と呼んで恐れとる。怪力、超視力、念動力、魔力、どいつもこいつも人間には歯が立たへん力を持ったもんばっかりや。その上連中は人間のことをゴミか何かとしか思っとらんさかい、人間にとっては余計都合が悪いわな。」


 『未知の者達』…それはかつて存在したとされるエルフやら、妖精やら、お伽噺とぎばなしに出てきそうなイキモノだが、本で見たことがあるだけで、実際に視認したことはない。化石が発見されたというだけで、今はもう絶滅しているという説が有力であったはずだ。そのため、どうにも現実味に欠ける話だった。私は半信半疑で青年に問う。


「その、未知の者達は、まだ地球上に存在していたというのか。」


「そうみたいやな。確か、希有玲きゆうあきらとかいう学者がそんな説を提唱しとったみたいで、UCが出てきた頃に、『USの影響での姿が我々にも見える様になった』とかなんとか鼻高々にほざきおったなぁ。」


 その話は空言にしては複雑で、事実にしては非現実的だった。しかし気を失う前にこの身に起こった事と青年の真剣さが妙に真実味を帯びさせる。


「では、私達も危ないのではないか?君も見たところ人間だろう、ここは何処なんだ、安全なのか!?」


 その台詞を聞き、青年は一瞬驚いたような顔をした後に、あぁそうかといった納得した顔を見せた。


「よっしゃ、来てみ。」


 返答をしない青年に釈然としないまま、連れられて行く。白い部屋を出ると、独特な雰囲気の廊下が広がっていた。廃病院のようでもあり、路地裏のようでもある。ただし、決して窓が無い。

 しばらく歩いていると、開けた場所に出た。まもなく私は声も出さず腰を抜かす。


「おっと、気ぃつけぇよおっさん。」


 言いながら青年は私を支えた。


「い、一体、どどど、どういう事だ、ここは…なんなんだ…」


 そこに居たのは数々の亜人種と、奇妙なモノ達。つまりは。一癖も二癖もありそうなモノ達。そんなモノ其々が其々に、食事をしたり、喧嘩をしたりしている。テーブルゲームをしている者もあれば、談笑に耽る者もあった。


 青年が耳元で囁く言葉が脳に入り込む。


「ここにおるのは全部UC。おっさん。さっきの話の続きや。」


 驚愕し、口を開けたままの私へ畳みかける様に青年は話を続ける。


「USに侵食された人間の中にも例外はおった。UCとして生き延びる人間がおったんや。」


 嫌な予感がする。やめろ。それ以上は聞きたくない。


「わいとおっさんはその一人」


 やめてくれ。


「つまるところ…」


 頼むから。


「UCっちゅうわけや。」


「…………」


 私は絶句した。私はもう人ではなかった、『US』とやらに侵食された『UC』になってしまったのだ。




 【自覚の果て】


「おっさん!ええ加減にせえよ!そろそろ出てこいっちゅーねん!」


 ドア越しにあの青年の声が聞こえる。


「一人にしてくれ…今気持ちを整理しているんだ…。」


「アホ!気持ち整理すんのに何週間かける気や!まだ話さなあかんこと仰山あんねんぞ!」


 もう何週間も用意された自室に閉じこもっている。部屋から出ると変なものがうじゃうじゃいるのだ。誰が好き好んで出るものか。


「わかったわかった、出てこんくてもええ、せやから俺くらいは部屋に入れたってや」


 ドアを叩く音がうるさいので仕方がなく部屋に入れた。疲れ果てた様子で青年が部屋に上がり込む。少し申し訳なくなり、すまないと小声で謝った。


「ああ、ええねん、わいもちっとばかし脅かし過ぎたな、すまんすまん。」


「そ、それで、話というのは…えっと。」


「おう。そういえば自己紹介まだやったな、わいは国元透くにもととおるや。よろしゅう。」


 クニモトトオル。聞き馴染みの無い名前だ、やはり東洋から来たのだろうか。目を細めてにっと笑って見せた国元の歯は、鮫のようにとがっていた。少しおっかない。


「私は、グルーチョだ、よろしく。」


 おずおずと手を差し出すと、国元は力強く握り返した。


「おっさん、この前広場に行った時、『ここはなんなんだ』言うてたやろ。その答えを教えたるわ。」


 広場、というのはあのUCの巣窟そうくつとなっていた場所のことだろう。


「ここはユーラシア大陸の隕石落下地点や。」


「隕石…」


 思い出した。そういえば各大陸にUSをまとった隕石が落下したという話もしていたな。そして私はその隕石に直撃した不幸という言葉を体現したような男だ、私がここにいるということはここが隕石落下地点だというのも当たり前の話だろう。


「しかし、それにしては、建物が建っていたり、妙に綺麗だが…」


「それや。まずそこから説明せなあかんな。」


 国元はソファに腰かけ、話し始めた。よく喋るものだ。


「まずここ、わいとおっさんが居るこの建物は、檻みたいなものなんや。」


「檻…?」


 続けるには、この建物は『箱』と呼ばれており、人間がUCを閉じ込めるために造った物だという。


「人間にとってUSとUCは不利益なものでしかないっちゅう話はしたな。そこで、人間も馬鹿やあらへん、UCへの対策を考え始めたんや。」


「対策?」


「せや。UCを一から殺し回ることは効率が悪いし、正直不可能、USの侵食も続く中、人間はどうしたかっちゅーと…。」


 国元は何かを捕まえるようなジェスチャーをして見せた。


「閉じ込めることを思いついたんや。」


「閉じ込める!?そ、そんなことを、どうやって…。」


「USに侵食されたモノは、核に近づけば近づくほど力が強まるらしくてな、力を求めて核に集まってくるっちゅう習性がある。人間はその習性を利用しようと考えたんやろな、UC共が核に集まってきたところををガバーっと閉じ込めおったんや。」


 閉じ込める…それはとても無謀なことに思えた。閉じ込めるためにはそのUCが溢れんとばかりに蔓延る核周辺に、なり近づくことを強いられる筈だ。それに、集まっているとはいえ、随分と広い範囲をかこわなければならないだろう。し閉じ込めることができたとしても、相当硬い壁で無い限り容易に蹴破られるのではないか。


「危険だ…リスクが高すぎる。」


「まぁ、普通の装備と壁で挑んだとしたら、な。」


 その物言いから察するに、普通ではないものだったのだろう。


 毒。彼はそう言った。どうも人間は『UCP-01』という毒薬を開発したらしい。それは我々UCは触れただけで体が融けはじめ、死に至るほどの毒だという。その性質を一言で表すと『USの浄化』だそうだ。USを含む全ての物を溶かし、無効化する。その際に、我々UCの体細胞も一緒に融けてしまうようだ。


「その『UCP』を含有した丈夫素材でできた装備と壁で核に群がったUC達を一気に閉じ込めたっちゅうわけや。けったいな光に包まれたかと思たら突然上からどでかい天井が降ってきて、地面から壁が生えてきおった。連中、地下で壁を造ってたんやろな、きっと。…まあそれも、人口が他の大陸より多いユーラシア大陸やったからこそできた技やろな。閉じ込め損ねたUCに人間の方も相当やられたっちゅう話や。もう十年も前のことやけどな。」


 ユーラシア大陸だったからこそ、ということは、他の大陸では成功しなかったのだろう。元凶とも言えるUCの一人である私が気の毒だと思うことはおかしい話だろうが、元人間の身からするとやるせない気持ちになった。


「わいも人間やったわけやし、複雑やけどな。」


 苦笑しながら私の気持ちを代弁するように彼は言った。


「その後、閉じ込められたUCで脱出しようと四苦八苦したんやけど、壁はそう簡単に壊れへんかった。触れなければいいわけやから、木やら岩やらで壊しにかかってみたらしいけど、木も岩も砕けてまうし、UCが生成した武器は融ける。UCの魔力は浄化される。引火もしなければ劣化もせん。アホくさい程どうにもならんかった。地中にもいつの間にか壁が埋め込まれとったもんで…脱出は諦めて、ここで如何に快適に暮らすかを考えるようになった。そんで出来たのがこの内側の内装や。」


 まあ、出られるやつも一応おるんやけど…。国元は少し苦い顔でそう呟いた。


 その時、恐ろしい剣幕でUCの一匹であろう者が私の部屋に入って来た。


「国元!侵入者だ!お前見張りはどうしたのだ愚か者!さっさと監視してこぬか阿呆が!」


 頭に響く大声で国元をまくし立てたUCは黒と白のツートーンの髪色をした小さな鬼人のようだった。


「なっ…わいはJ.はんに頼まれておっさんに説明しよったんや!監視は代わりを頼んどったはずやで!?」


 うろたえながら言い訳をする国元を尻目にいいから早く行けと怒鳴り散らし、そのUCは去って行った。

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