五話 永月トウキは走る。

 俺は足が速い。


 走るのが速い。


 誰よりも。


 何よりも。


 足が速ければ、みんなに見てもらえた。


 認めてもらえた。


 走っている時だけは、俺の存在に気がついてもらえた。


 足の速さだけは誰にも負けたくなかった。


 だから俺は走った。


 毎日毎日、学校中を走り回った。


 誰よりも速く、何よりも速く。


 廊下を、教室を、図書室を、屋上を――。


 ひたすらに走り続けた。


 もちろん先生に注意された。


「廊下を走るな」


「教室を走るな」


 嬉しかった。


 注意されるということは、注意を向けられているということだ。


 注目されているということだ。


 俺は走ることで、注目された。


 だから――もっと走った。


 もっと速く、もっと早く。


 誰よりも、何よりも。


 速ければ速いほど、俺への注目は大きくなった。


 まだだ――もっと速く、もっと早く。


 もっともっと、俺のことを見てもらうために。


 俺は走った。


 誰よりも速く、何よりも速く。


 音よりも、光よりも速く。


 ――――。


 俺は誰にも見えなくなった。

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