三話 宇治コトリは空を飛ぶ。
空を飛びたい。
それが私の夢だった。
正真正銘、紛れもない夢だった。
ミュージシャンになりたいとか、漫画家になりたいとか、学校の先生になりたいとか、小説家になりたいとか、そういう類の夢である。
私の夢は空を飛ぶことであり、それを人生のゴール地点として定めていた。
それが最終目標だった。
なんとなく、物心がついた時からずっと、空を飛ぶことに憧れていたのだ。
それは私の名前が「コトリ」だからなのかもしれない。
もしかしたら、空を飛べるようにと願って両親がそう名付けてくれたのかもしれない。
そう思って小学生の時、両親に聞いてみたことがある。
両親は、産まれた時の泣き声が小鳥みたいで可愛かったから、って言ってた。
そっちかよ。
とにかく私は空を飛びたい。
両手を全力で羽ばたかせてみたり、思いっきりジャンプしてみたりしたことはあるけど、全然飛べる気配はなかった。
まあ、人生の最終目標がそんな簡単に叶ってしまったら、生きる理由が無くなってしまう。
それでいいのだ。
と思っていたら、この間、修学旅行であっさり叶ってしまった。
飛行機という乗り物に乗ったのだ。
私はいとも簡単に空を飛んだ。
私は夢を叶えた。
同時に、夢を失った。
生きる理由を失った。
私は何を目標にして生きていけばいいのか分からなくなった。
それ以来、学校の給食をトイレの個室で食べている。
今だってそうだ。
便座に座って、膝の上にお盆を載せて、生きる理由を探している。
だけど、見つかりそうも無かった。
私にとっては、空を飛ぶことが全てだったのだ。
それを達成してしまった今では、大好きだった給食の肉団子も味がしない。
私は大きくため息をついた。
すると、個室の扉が開いた。
扉を開けられるほど大きなため息がつけるようになったのかと驚いた。
これならため息で空が飛べるんじゃないだろうか。
そう思ったけど、違った。
扉の向こうには、同じクラスの
「やっぱりここにいた」
ミサキちゃんは見とれるほど綺麗な笑顔を浮かべていた。
「何を悩んでるの?」
「生きる理由がなくなっちゃって」
「空を飛びたいんじゃなかったの?」
「飛行機乗った時、叶っちゃった……」
「え!?あれでよかったの!?」
ミサキちゃんは驚きながら笑っていた。
「えっ……」
「コトリちゃんは、自分の力で飛びたいんだと思ってた」
――あ、そうか。
そうだった。
飛行機は、私の力じゃなかった。
私は私の力で飛ぶのが夢だったんだ。
だから両手をバタつかせたり、ジャンプをしたりしてたんだ。
私はまだ、自分の力で飛んでいない。
よかった、私の夢はまだあった。
生きる理由は、まだあった。
「ミサキちゃん、ありが――」
夢を取り戻してくれたミサキちゃんにお礼を言いかけた時、私は急に手を引っ張られ立ち上がった。
膝の上のお盆と食器が落ちた。
「まっ、もう叶っちゃたならいいか」
「え……いや、待っ――」
ミサキちゃんは私を持ち上げるとトイレの窓から放り投げた。
反射的に手をバタつかせる。
「ほら、飛べたでしょっ」
横を見ると、ミサキちゃんが手をバタつかせて飛んでいた。
私も同じ高さで飛んでいた。
私は夢を失った。
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